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落ち込んでも仕方がないと、瑠璃は自分をはげましてマリィに聞いた。
「カイラスのために、私が出来ることはある?」
遠く離れたカイラスのために、なにか、少しでも、出来ることはやりたかった。
それが、自己満足だったとしても、カイラスの力になれたら。
マリィが思案顔で、しばらく考えたあとに口にしたのは、ヴァスキュラと領を隣にするロプノールにある神殿で祈願をすることだった。
「今回の長雨を収めてもらえるように、雨と風の夫婦神であるバルサとバルーンの神殿にお詣りに行かれるのは、いかがでしょうか。
ルリ様の殿下のために力になりたい、という気持ちを双神も聞き届けてくださるかもしれません。
夫婦神は天候安定の神でもありますが、家内円満の功徳も授けると言われてますし。一石二鳥ということで。
泊まりには、なりますが、そのくらいは問題ないでしょう」
マリィの手配により、その日のうちに瑠璃もブラックウォードを発ち、ロプノールを目指すことになった。
用意された馬車のなかで、瑠璃はマリィに聞いたのだった。
「城にいなくて、大丈夫なの?
マリィまで、一緒に来たりして」
「殿方の世界である表を支えるのが、奥の仕事でございますが、今は、祈ることくらいしかできませんもの。殿下や、災害救援に向かった方がたが、その任を果たし、無事に戻ることを」
ールリ様のことを、殿下に任されたものとして、ルリ様から離れるわけにはいきませんもの。
マリィは、心のなかだけで、つぶやいた。
ブラックウォードを午前中に発ち、途中、二度ほど休憩をはさんだが、馬を走らせ通しでロプノール領に着いたのは、夜もかなり、更けてからだった。
瑠璃は知らないうちに、うとうとしていたようで、マリィに起こされて、ようやく、夫婦神が祀られている神殿に着いたことを知った。
「今夜は西の神殿に泊まります。
明日の朝、沐浴してから、神官とともに神殿奥の祭壇に向かうことになるので、今日は、もうおやすみになられてください」
神殿の入り口には、壮年の男性姿の大きな彫像が配置されていた。
どうやら、西の神殿に祀られているのが雨を司る男性神 バルサのようだ。
神殿は、宿泊施設もあり、瑠璃に与えられた部屋は寝台と机のみの簡素なものだったが、窓を開けると、庭に面しており、その奥には森が鬱蒼と繁っていた。
ちょうど、満月に近いので、月あかりだけで、庭を散策できるくらいではあった。
庭には、小川が流れており、月明かりを写して、キラキラと時おり、その光を反射して、どこか、現実感を伴わない感覚を呼び起こした。
馬車のなかで、眠っていたせいか、マリィに早く休むように言われたにもかかわらず、瑠璃は目がさえてしまって、横になる気もせずにいたので、そのまま、小川を辿ることにしたのだ。
小川を辿っていくと、部屋から見た繁った森の更に奥に進み、時おり、月の光も差し入らないようになった。
ゆっくりと、ただ、進んだ。
そのうち、滝でもあるのか、水音が激しくなりつつあった。
その音をたどり、足を進めると、清水を湛えた池が現れた。水底から水が湧き出ているのか、水が流れ入れている気配はなかった。
瑠璃が、水に映る月をぼんやりと眺めていた時だった。
ふいに、瑠璃を咎めるような力強い男の声が瑠璃の背後からかけられた。
「そこで、なにをしている?」
気配は感じなかった。
驚いて、固まっている瑠璃に、再度、苛立つように言葉が飛んできた。
「なにをしている、と聞いた」
恐る恐る瑠璃が振り返ると、ひとりの男がいた。




