7ー5
突然、ルリが「あっ!」と声をあげたかと思ったら、カイラスとつないだ手を強くひき、人混みの、その先を急ぎ始めた。
一瞬、カイラスを、ルリが振り返る。
ルリが目線をくれた先に、老女が座り込んでいるのが、カイラスにもわかった。
ルリの手を離し、距離を置いて警護にあたっている数人の警守の姿を確認する。
ルリには、黙っていたが、身辺警護のものたちは、万一のことを考えて、配置させた。
ルリに市場に行くと伝えた翌日、執務室で、ルリが言っていた「視察」にならないように、計画を立て直すことにした。
「私が求めているものと違う」
ルリの求めているものが、カイラスには、わからなかったが、バルク・ロザとしてではないカイラスと出掛けたいと思っているようすは、感じ取れた。
急ではあったが、城下の商業組合に、市場には、お忍びで行くので、見て見ぬ振りをするように伝えたのだった。
まだ、正式にルリが貴妃であることの通達は出していない。
金環を授けたので、ルリの姿を見れば、貴妃であることは、城下のものたちには、すぐに知れるのは、カイラスもわかってはいるが。
王宮には、ルリを城に迎えてから、すぐに知らせはしたが、ハイラルとの交渉事が終わらなければ、どちらにしろ、身動きがとれない。
ルリが屈みこんで、老女を助け起こそうとしていた。
「大丈夫ですか?」
老女の顔を覗きこんで、心配そうだ。
老女は「ええ。人にぶつかった拍子に足元がおぼつかなくなってしまって....。」と言おうとして、ルリに目をやり、しばらくルリに見入ったあと、目に入ってきた金環に驚いた表情だ。
追いついて、ルリの後ろに控えるカイラスに気づいて、声をあげようとしたので、カイラスは口元に人差し指をあて、黙っていてくれるように、目だけで指図した。
老女は、分かったというように、カイラスに向けてコクコクとうなづき返し、満面の笑みを浮かべて、視線をルリに戻し、ルリの手を握りしめた。
「長く生きてると、いいことってあるものだね。どうか、末長くお幸せに、ね」
と、つけ加えながら。
老女の言っていることの意味がさっぱりわからないという顔をした、ルリがカイラスを振り仰いだ。
カイラスが老女に手をかして立たせると、老女が「早くお世継ぎを、私たちにみせて下さいませ。長生きしようっていう気が、俄然、して参りましたよ」と、耳打ちしてきた。
「努力はする」と、カイラスが応えると、嬉しそうな笑顔をカイラスにみせて、何度も頭を下げながら、老女は、人込みのなかに消えていった。
耳ざとくルリが聞いていたようで、
「努力はするって、なんの話?」
と、尋ねてきたが
「まぁ、それはおいおいの話で...」
と、誤魔化した。
「なんか、いつもと違って歯切れが悪い言い方よね」
と、怪訝な顔を向けたが、それ以上は追求されなかった。




