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金環を授けられながら、逃げることの意味がオビ人の私には理解出来ずにいると、殿下が金環を授けた時の状況を説明してくれた。
エルシアで、殿下の身に起きた出来事、またまだ見ぬ貴妃様に起きた出来事は、まさに、私にとっては、子どもの頃にワクワクしながら聞いた御伽話のような話で、人間の男はたしか、出会った女神に恋をするはずだった...と、思い起こしていたのだ。
「ルリという名しか、知らぬ。
笑い顔も一度しか、見なかった。
自分でも、おかしく思うが、わたしの前から姿を消したルリに...また、会いたいのだ。」
オビでは、結婚する前に、殿方にそういう感情をもつことは恥ずべきことだと教育されるので、私はまだ知らないけれど、それは、その気持ちこそ、恋慕だろう。
まだ、殿下自身も、その感情の名を知らないようだが。
殿下が生まれた時に、母に連れられて王宮に上がったあの日。
母とともに、その高貴な生まれの赤子が寝かされたかわいらしい寝台をのぞきこんだ。
母に促されて幼い自分が、
「殿下、これから、一生、私は殿下のそばにお仕えします。」
と、あいさつを述べると、赤子は笑んだような気がした。
そして、マリィの小さな指を、それは約束だとでも言うように、小さな小さな手で、ギュッとしっかり掴んだのだ。
長子として、甘やかされて育ったせいか、大人しくて、気弱く、泣き虫だった。
母を亡くしてからも、しばらく泣いていたが、ある日を境に変わった。
母を亡くしたことで、大人になり、バルク・ロザ・オビの自覚をもったのだろうと、その深い胸の内は、推察するにとどめた。
もともと人の気持ちに聡くて、慎重な性格なので、長じて、あまりまわりに人を置きたがらなかった。
そのカイラスが、求め、生涯をともに過ごすことを誓った貴妃の姿を想像した。
政略結婚の必要がないとはいえ、後ろ盾のない異国人の娘であれば、愛妾とするのが倣いだというのに。
マリィは、動揺を上手に、その表情の下に隠し、それでも、殿下がしあわせならば、と、心を尽くして、まだ見ぬ貴妃に仕えることを決めたのだった。




