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カイラスが張ったオージェ村近くの野営地には、オージェ山脈にしか咲かない白百合が群生している場所があった。
被害状況の確認のために、オージェ村近隣を視察のために回っていたときに、カイラスがたまたま見つけた場所だった。
白百合の花言葉 「無垢」はルリにぴったりだと思ったし、カイラスに白百合は、ルリのしっとりした美しい雪肌と、凛とした佇まいを思い起こさせた。
ーどこにいても、ルリのことを思い出してい るとは...
カイラスはどうして、こんなことになってしまったのか自分でも理解出来なかった。
その胸のなかに、いつも、ルリへの愛おしさが住みついて、美しい景色を見れば、ルリにも見せたかったし、オージェ村の人びとが供してくれた地方料理や素朴だが美味しい食事を口にすればルリにも食べさせたいと思う。
ルリを迎えるまえの自分には、もう戻れそうにもない。
ルリと離れて、カイラスは、初めて、亡くなった母を大切にしていた父の気持ちが、少しだけ理解できたような気がした。
父とは、あの忌まわしい事件のあと、疎遠となり、王都が遠いことを理由にして、ヴァスキュラに留まったまま、もう何年も会っていない。
その代わり、マリィが頻繁に、王城には報告をしているので、こちらの事情は、あちらも把握しているはずだ。
あの日、あの方が、王城の執務室から私の後ろ姿をずっと見ていたのは知っていた。
ヴァスキュラに赴いたあの出立のとき、決して振り返らないと決めていたのに、心弱さから、一度だけ、そう、一度だけ、王城を仰ぎ見た。
表情は見えなかったが、あの方が、身動ぎもせずに立つ姿が小さく見えた。
母だけではなく、父との温かな子供時代の記憶も、すべて胸の奥に沈め、ヴァスキュラの領主としての役目を果たすことだけが、カイラスを生かしていたのだ。
ルリがカイラスの人生にいきなり現われたことで、思いもしなかったが、「父と母のようになりたい」と思うようになった。
ー母のもとに訪れたあの方は、よく笑っていた。
もう思い出すことなどないと思っていた、悲しくもあり温かくもある母と父の姿が浮かぶ。
ルリの飾り帯を見ると、父が母が織ったタペストリーを大切にしていた気持ちがわかる。
それは、ふたりを繋ぐものなのだ。




