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王宮での事件のあと、後見もない王太子をかばうものはいなかった。
権勢誇るレイエス家の長姫が生んだ王族男子を王太子にという声が王宮内で出始めた頃、回復したダリウスにより、ほんの一握りの側仕えのものたちと、まだ幼いカイラスはエルシアの地に送られることが決まった。
カイラスの側仕えとして、すでに女官見習いとなっていたが、マリィは、父の命令で、エルシアには行くことが出来なかった。
ー今でも、あの時の後悔が私の心に棘のように刺さってしまっている。
母に連れられて王宮に上がった日の殿下とのたしかな約束。幼い自分に正妃が、赤子を抱かせてくれた時の、赤子の温かさと乳臭い匂いをかいだ時の心の内に広がった愛しさに似た感覚。
ロンブレン家は中立を保つことに決めたようで、この事件のことの成り行きを見守っていた。
王宮の警護や、王族の近衛として士官している父や兄たちの不手際も取り沙汰されているなか、事件を起こした王太子を擁護など出来るはずもなかった。
エルシアの地に、大国オビの将来の王に似つかわしくない出立のさまで、見送るものさえいないさみしいものだった。
王太子は、一年経てば戻ってくるのだと父に言い聞かされて、自分を納得させた。
たしかに、一年経ってカイラスは王宮に戻ってきた。
しかし、その一年で、別人のようになっていた。
甘やかれて育ったせいで、大人しく気弱く、泣き虫だった少年はすでにそこにはいなかった。
慎重にひととの距離を測り、その表情は動くことなく、内にあるものは隠された。
マリィは、カイラスの側を離れたことを後悔した。
漏れ伝わるエルシアでの生活は、王宮での生活とは雲泥の差があり、周りの女官たちが口にする「禊ぎなのだから、仕方ない」という言葉の意味は、カイラスを一目見て理解した。
エルシアから戻りはしたが、カイラスの置かれた状況は微妙なまま元服を迎えた。
ヴァスキュラの領民たちから新たな領主を迎えたいと訴えがあったのを、これ幸いに、王宮から離れた辺境の地ヴァスキュラを治めるように命じられた。
マリィは、女官として、カイラスとともにヴァスキュラに赴くつもりだったが、ヴァスキュラにはカイラスひとりで、と、カイラス本人から側に仕えるものたちに命令が下った。
そのころだった。
近衛師団をまとめる父の部下にあたる男 リアードとのお見合いをさせられたのは。
ロンブレン家当主の父に逆らえるはずもなく、お見合いをしたが、マリィは迷っていた。
このまま、家庭に入り、カイラスをひとりにさせて良いのか。
自分の迷いを確かめないまま、時間だけが過ぎてしまい、カイラスが明日、ヴァスキュラに発つという前日。
カイラスの母 ラナの部屋に灯りがついているのに、マリィは気がついた。
ふだん、主を無くしたその部屋は閉じられ、誰ももう訪れることはない。
マリィがいぶかしんで、その扉をそっと開けると、そこには、カイラスがいた。
「殿下、どうされたのです?」
カイラスは振り向くことはなかった。
マリィの声かけに、カイラスはしばらく応えなかった。
決心したように、硬い声音でカイラスが口にした。
「王宮には、もう戻れないかもしれないから
母の部屋を、最後に見ておきたかった。
マリィ、お前に、礼を言っておきたい。
王宮に戻ったわたしに、"おかえりなさい"と笑顔を向けてくれたのは、お前だけだった。
お前の笑顔が、ここでの、わたしを支えてくれた。
マリィは王宮を辞して、家庭に入ると聞いた。夫君は近衛のリアードと。
マリィなら、良い妻、良い母となろう」
「その話をどこで?」
誰にも話していないことだったので、カイラスが知っていることに驚いた。
「ロンブレン家当主エイルマーが、わたしにしばらく前に告げにきた。わたしも、そのほうが良いと思うとエイルマーには伝えた。
マリィ、もうしばらく、こちらで、ひとりで過ごしたい。
側仕えのものたちには、わたしが戻るのを気にせず、先に休むよう伝えてくれ」
その背中には、それ以上、マリィと話すことはないと拒絶の色が滲んでいた。
「御前、失礼いたします」
と、カイラスがひとり佇む部屋を辞した。




