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注意一秒、異世界一生

1ー1


瑠璃は、朝から何度目かわからない溜め息を吐き出した。


溜め息の原因。

それは、いつも通る通学路で瑠璃が見たことがない女生徒と笠井賢一郎が親しげに歩いている姿を見かけてしまったからだ。


ー賢ちゃん...とうとう彼女作ったのかな...


瑠璃が心のなかだけで「賢ちゃん」と呼んでいる笠井賢一郎は、瑠璃が小中学生のときの同級生だった。笠井家は地元の名家として 昔から知られた家ではあったが、公立の学校に賢一郎は通っていた。


同級生と言っても、とりわけ親しいわけでもなかったし、高校から瑠璃は私立の女子高校に、賢一郎は県立高校に通い始めたので、家から駅までの通学路の途上でときおりその姿をみかけることがあるくらいでしかなかったが。


瑠璃の家は、市役所に勤める父と保育園で保母をしている母と、茶道などを自宅で教えている祖母の4人家族で、地元の名家-笠井家とは、まったくもって接点がない。


そんな瑠璃と賢一郎をつなげるたったひとつの接点も、瑠璃が飼っていたブチ子が3ヶ月前に死んだことでなくなってしまっていた。


「ブチ子が死んじゃってから、会う理由もなくなっちゃったもんね。」


瑠璃は、いつのまにか癖になっている瑠璃のイニシャル「R」のペンダントトップに触れた。


そのネックレスは笠井賢一郎が瑠璃に贈ってくれたもので、瑠璃の宝物になっている。


ブチ子が死んだあと、しばらくしてから笠井賢一郎が「小笠原さんのおかげで、ブチ子は幸せだったと思う。ありがとう。感謝してる。」という言葉とともにくれたもの。


賢一郎はただの感謝の気持ちとして贈ってくれたことは痛いほど承知していたが、瑠璃はただただ嬉しかったのだ。


「う、うん。」


あまりのことに短く返事を返すことしかできないくらいに。


瑠璃と賢一郎をつないでいた接点。


それは小学校に入学して半年したころのことだった。

出席番号で小笠原、笠井と前後の席に座っていたので、当初は瑠璃も話しかけたりしていたが賢一郎は必要最低限しか返事を返してこなかったので、クラスに親しい子ができるにつれて、あまり話さなくなっていた。


仲良しグループができていくなかで、ひとり静かに教室で本を読む賢一郎はいつしか「空気」のような存在として扱われはじめ、瑠璃も「空気」として接していたのだ。


その日ー

友達と公園で遊んだ帰り。

普段は見かけることがない賢一郎の、それもなにかを必死に探す姿が瑠璃の目に入った。


しかし、いつものように「空気」として無視しようと決めて公園の出口に向かって歩き始めた。


賢一郎の必死な様子が瑠璃の気にかかり、迷ったけど、けっきょく、公園にいる理由だけでも聞くことにしたのだ。


「あの?笠井君、どうしたの?」


瑠璃は賢一郎に声をかけてみた。


振り返った賢一郎は顔を強張らせるばかりで、なにも応えない。


答えない賢一郎に、瑠璃はもう一度だけ声をかけた。


「あの?どうしたの?」


その言葉に、どう答えてよいものかわからない顔をした賢一郎がしばらくしてから、意を決して答えた。


「犬が...」


先を促すように瑠璃が「犬が?」と繰り返す。


瑠璃が賢一郎の答えを待っていると、賢一郎の瞳に、みるみるうちに涙が盛り上がってきて、その頬に涙が零れ始めた。


「犬が捨てられちゃって...、と、父さんが...」と、言いながら、賢一郎の涙は止まらなかった。


賢一郎のその姿が瑠璃が学校で見る姿とは違っていたため、瑠璃は自分でも思いがけず


「一緒に探そう。」と口にしてしまっていた。


瑠璃の顔を見つめた賢一郎は、なにも言わず頷く。


しばらくの時間、公園内をふたりで探したあと、瑠璃がほかの心当たりの場所を探したほうがいいんじゃないか、と感じ始めた、まさにその瞬間に、両眼に黒いブチがありお世辞にも賢そうとはいえない面相の犬がひょこりと瑠璃の前に姿を見せた。


瑠璃から少し離れた場所を探していた賢一郎に向かって、


「笠井君!犬!犬が、いたよ!」


と大声で告げた。


走ってきた賢一郎を見たブチ犬は貧相な尾を目一杯振って体で出会えた喜びを表していた。


「うん。うん。」とブチ犬の頭や体を撫でながら、頷く賢一郎。


そして、賢一郎が瑠璃のほうを振り向いて鮮やかに笑ったのだ。


その瞬間、瑠璃の心がぎゅっとなって、瑠璃は賢一郎の笑顔にくぎ付けになった。


自宅で習い事を教えている祖母は、動物が苦手な生徒さんもいるからと連れて帰った犬を見て渋い顔をしたが、祖父が助け船を出してくれて飼わせてもらえることになり、その日から-ブチ子-は小笠原家の一員として迎えられた。


それから、ブチ子に会うために、賢一郎がときおり瑠璃の家に訪れるようになったのだった。


学校では、親密に話すこともなく、賢一郎が瑠璃の携帯に「ブチ子に会いに行ってもよい?」と用件だけのメールを送る。


別の高校に進んだあとも、ブチ子に賢一郎がときおり会いにくるのは変わらなかった。


賢一郎がブチ子に会いにきて、少しだけ交わす会話も昔から変わらない。


瑠璃は、いつしか賢一郎に対する自分の気持ちに気づいてはいたが、ブチ子と無邪気に遊ぶ賢一郎の笑顔を見ることで満足して、また、自分の気持ちを告げたら、ふたりの関係が変わってしまうことを恐れて、なにも言えずに10年ものの片思いをしていた。


その片思いも、ブチ子が老衰で死んでしまって、ふたりを結びつけるものがなくなってしまい、寂しく思っていた矢先。


今朝の光景を思い出して、また、落ち込む。


「あの子、小さくて可愛かったな。」


瑠璃は賢一郎との会話を思い出していた。


「小笠原さん、また、背が伸びた?」


瑠璃は小学生の頃から背が高かった。

祖父が大柄なので、隔世遺伝したのか、女の子なのに、賢一郎よりも背が高い。悲しいが目線は、いつも瑠璃のほうが高いときている。


「あ〜、うん。

このあいだ測ったら173あった」


どうしても渋い顔になる。


笑顔を向けながら賢一郎が、


「運動部から勧誘されるでしょ?」と聞いてきたが、運動部になんて入ったら、ますます背が伸びてしまいそうで、その恐怖から、瑠璃は部活には参加していなかった。


「いろいろ勧誘はあるけど、放課後はおばあちゃんのお稽古があるから。」と曖昧に答えた。


「高校入ったら、小笠原さんより高くなると思ったんだけどなぁ。」と、賢一郎が手で瑠璃との差を確かめる。


「私なんて、大きいだけで可愛げもなにもないよね」


瑠璃は落ち込みを隠しもしないで言ってしまった。


賢一郎の視線を感じて、瑠璃が顔を上げると


賢一郎はしばらくじっと瑠璃をみたあとに、


「小笠原さんは...。

可愛いって言うより、きれいだと...思う。」

と、口にして瑠璃の好きなはにかんだ笑顔を見せた。


あまりの恥ずかしさに顔が赤くなるのがわかり「えっ、えっ⁈」という言葉しか出ないではないか。


「ぼくの高校で、小笠原さん、なんて呼ばれてるか知ってる?」


瑠璃の頭のなかは?マークでいっぱいだった。瑠璃は長身だが細身でスタイルが良かった。また癖のない艶やかで豊かな黒髪を腰まで伸ばしている。切れ長のすっきりとした大きな目元を長く濃い睫毛が縁取り、白く透き通った雪肌をしていた。それに加え、祖母に仕込まれた所作の美しさがあった。


瑠璃本人は、背が高いことにコンプレックスを抱いているので、自分の容姿を美しいと思うこともなかったが、たとえるなら凛と咲く白百合のような瑠璃を振り返ってみる異性は絶えなかった。


「姫って呼ばれてる。

付き合いたいって男も多い、かな。」


唐突に、その質問はされた。


「小笠原さんは...

彼氏とか、好きな人とか...いる?」


好きな人とかって!

今、私の目の前にいるあなた!あなたが!

あなたが、好き...です!


瑠璃は心のなかで、賢一郎に告白したのに

実際には勇気が出なくて


「えっと、えっと

好きな人はいるかも?」


なぜか、疑問系でやっと小さな声で答えた。


瑠璃の大好きな笑顔のまま賢一郎が、

「そうかぁ。」と短く言った。


最大限の勇気を振りしぼって瑠璃も、聞いてみた。


「笠井くんは?

付き合ってる人とか、好きな人とか。」


あまりの恥ずかしさに、聞かなければ良かったかな、と後悔した。


賢一郎が体を掻いてやっていたブチ子から瑠璃に視線を移して言葉を発しようとしていた。


一瞬の間が空いて、賢一郎が口にしたのは。


「ふふ。

内緒。」


内緒ってー。

その答えを聞きたくもあり、聞きたくもなかった瑠璃は、ふたりの関係が変わらなかったことに、安堵した。







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