19.村長宅にお世話になる話
ルルド村は、元々は林業の拠点として始まった村なのだけれど、木材の需要が減った現代では山林管理に従事する村人も減り、多くの山は荒れ放題になっているという。
現在、名産という名産は特になく、強いて言うなら一応最大の産業は「観光」ということになっている。
施工当事は国内で三番目の大きさを誇ったダムには、春から秋にかけてバス釣り目的の観光客が訪れる。これがほぼ唯一の目玉であり、他には、高校や大学の部活動合宿で、バドミントン部やバレーボール部の若者が村立体育館脇の民宿を利用することが、年に三回ほどある。
山で取れるイノシシを使ったボタン鍋は、ゆるキャラを作ってのアピールまでも行ったものの、それだけを目的に村を訪れる観光客は、ぬいぐるみの制作費をペイできるほども集まらなかった。
鍋をかぶったイノシシのキャラクター・サングリーくんは、現在も村長宅の片隅に安置されている。「ボタン鍋になったイノシシのゾンビ」という設定がまずかったと村長は言うけれど、だったら何故そんな企画を通したのかも疑問だ。
そして現在、村の新たな自慢として上げられるのが、ユリアン=ルルド。
村長の息子であり、国内最高学府で魔法学科の大学院に通う秀才だという。
「そういう話を、村の外の人にするのは勘弁してくれよ」
ルルドさん、というと、村長もいるからわかりにくいな。
ユリアンさんは自分の額が割れてバナナが出てきた時くらい嫌そうな顔をしながら、村長に苦言を呈した。妙な比喩だとは思うのだけれど、実際そんな感じの表情なのだから仕方がない。
そんな教え子の姿が珍しいのか、教授は大いに笑いつつ缶ビールを傾けていた。
宗教団体を追い出そうと運動している人達のリーダーとも言える人の家に、神の化身を名乗るような人間が現れると、どうなるのか。
「アンセット大先生は、ヒンクストン大教授が太鼓判を押しごんした、本物の神の化身でごんしゃろ」
と、笑顔で背中をばしばし叩かれながら迎え入れられたわけである。
最大の心配事を解決したのは、やはり権威だった。
「大先生もまあ飲みごんし!」
「あはは、どうも」
愛想笑いを湛え、勧められるままに麦茶をすする。美味しい。茶葉が違うのかな。麦茶だけど。
麦が違うんだね。
「しかし、あれでごんすな」
と、村長は俄かに顔を顰める。
「“女神の涙”の連中はいかんごんすな」
麦焼酎に浮かんだ氷を噛み砕いた。
「いかんというと、何がいかんのですかな?」
「大教授! よく聞いてくだごんした! 何よりまず、あのピンクのTシャツとジャージでごんすよ!!」
ピンクのTシャツとジャージ。服装の趣味は別に人それぞれだと思うけど。
「それが三百人もぞろぞろと山道を歩いてごんすよ!」
多いなぁ。それは怖いな。
「連中が越してきてから、この村での年間犯罪件数は三倍に膨れ上がったんでごんす!」
それも怖いな。
そこへ、ユリアンさんが麦チョコを頬張りながら反論する。
「三倍って言っても、一件が三件になっただけだろ。誤差だよそんなの」
「何を言うユリアン! 毎年正月恒例のナダールさんの立小便の他に、二人も立小便が加わっごんすぞ!」
「大体人口五十人の村に、三百人が越してきたんだぞ。元の村人の方が率が高いって、どちらかといえば村の恥じゃないか」
村長親子が口論を始めると、僕と教授は手持ち無沙汰にその光景を見守るしかない。
しばらくして村長がお開きを告げ、ユリアンさんから翌日の教団視察予定を聞いて、その場は解散となった。
お借りした部屋に戻る前に、少し辺りを散策しようと、玄関を外に出る。
街灯がない村内はほとんど真っ暗に見えたけれど、少し目が慣れてくると月の光で十分に歩き回れることがわかった。
「キツネかタヌキでもいないかな」
ふんふんふん、と鼻歌混じりに周囲を見渡していると、杉林の間に、何やら赤く光る二つの点が見える。
「おっ」
いた! 何かわかんないけど!
あ、でも近付いたら逃げた!!
「あーっ、待って待って、特にエサとか持ってないけど!」
ポケットを探りながらキツネ(仮)を追いかけようとした僕を、
「化身君、夜の林の中は危ないよ」
と呼び止めたのは、月明かりの下で知的な笑顔を浮かべる、エリート青年だった。




