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時が涯てても恋してる。  作者: トグサマリ
第一部  時の涯てる前
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    死の足音 一-2



 ばたばたと自分の部屋に駆け込み、着替えもせずはるかは制服のままベッドに飛び込んだ。頭から布団をかぶり、枕に顔を押しつけ、ただもう無茶苦茶に叫んだ。

「うわああああああッ!!」

(イヤだ! いやだいやだいやだッ!)

 化け物と化した仔猫が、布団の上ではるかを探し、さまよっている。

 幻覚だと判っている。あの猫が、自分を狙うはずがないと頭では判っている。

 けれど。

 あれは、〝死〟だ。

〝死〟が、形となって現れたのだ。

 死神からの、メッセージ。

〝死〟を考えろ、と。

 死神の読みは正解だ。おかげでもう、考えざるを得なくなっている。

 考えたくなくとも、目をそらそうとしても、もはや叶わない。

 ―――潰れて死んでしまった仔猫。

 そう。あの仔猫は、生きていく時間、生きてきた過去、すべてを無情に奪われた。生きたいという意思など関係なく、日常の、真ん中で。あの無垢な眼差しも、思いも、すべてがぶつ切りに意味もなく奪われていく。

 年齢もなにも関係ない。その〝時〟が来れば、有無を言わさず命は途切れるのだ。

 そこで、ゼロになる。過去も未来もすべてがなくなる。

(死んじゃったら)

 その瞬間に、なにもかもが途切れてしまう。

 すべての意志、思いのすべて、こうして考えること全部が消えてしまう。

 あの仔猫のように、潰されてもなんの反応も返さなく―――返せなくなる。

 途中で、そこで終わり。途切れたまま、消えていく……。

 なにも、残らない。

 ぶるっと身が震えた。

 信じたくない。

 なにも残らないだなんて、そんなはずない。そんなはずがない。

 ここにいる。自分はここに確かに存在しているのに。

 遠い昔、ビッグバンで始まったという宇宙。元素のかけらたちが集まりできたという星々。その星々が引かれ合い、ぐるりとまわる銀河。銀河のうちのひとつ、銀河系にあるという太陽系、そして地球。何十億年もの年月を積み重ね、太古の生物、恐竜、人間の祖先、幾つもの文明を経て現在へと、はるかへと繋がる道筋。

 そのすべてから、世界のすべてから、切り離されてしまう。存在しないモノとして、否応もなく消滅してしまう。

 信じたくない。考えられない、ありえない。

(やだよ……)

 身体が生命活動を終えてしまえば命は消え、自分が生きていたという現実、実感、記憶、なにもかもすべてが失くなってしまう。死を、恐怖すること、恐怖したことそれ自体すら。

 消滅。

 いなくなる。―――なくなる。

 人生という与えられた時間の()てには、なにもないのだ。そこにはなにも、なにも残らない。真っ暗な闇も、闇が存在する空間も。闇の概念も。

 死は、有無を言わさずすべてを奪い去り、消していく。

 すべてが途切れる―――。

(いやだ……!)

 まだ少ししか生きていない。楽しいことも嬉しいことも、人生のイベントだってまだこれからなのに。

 死ぬだなんて。自分には手にすることのできない未来だなんて、そんなの、信じたくない。

 あんなふうに、一瞬で潰されてなくなってしまうだなんて、絶対に嫌だ、絶対にありえない、許されない。

(死にたくない……)

 身体をきつくかき抱いていた。もちろんそれで恐怖がなくなるわけもない。

 考えてはいけないと頭では判っている。考えれば考えるほど、恐怖に囚われて頭がおかしくなってしまう。

 それでも、自分が無くなるという恐怖は否応なくはるかを責め立て押し潰していく。

 仔猫の死が解いてしまった、死に繋がる思考の封印。無意識に押しとどめていたストッパーは音をたてて崩れ、目の前に、死を突きつけてきた。

 ああやって自分も死んでしまうのか。避けられない大きななにかに襲われるのか。

 そうして、そこで終わる。なにもかもが虚無へと(かえ)る。意識も記憶も。なのに世界はきっと続いていて―――。

 ―――消えてしまう。

 自分だけが。

「いやだあああ! いやあああああああああああっっ」

 いやだ。いやだいやだ。死にたくなんかない、消えたくなんかない、すべて全部なくなってしまうなんて、嫌だ、絶対に嫌だ。

 おかしくなりそうだ。

 消えて無くなりたくなんかない。嫌。イヤだ。いやだ。

 嫌。

 助けて。

 死にたくない!

 死にたくなんかない!!

 すべてが、無となり果てる。

 なにも、残らない。生きていたという実感も、なにもかも、すべてが。

(―――だめ。いけない)

 考えてはいけない。これ以上考えてはいけない。

 一年後に、死ぬ。

 一年後に、終わる。

 すべてが、消える。

「いやだあああ!」

 ずっとずっと生きていたい。生きて、世界を認識し続けていたい。

 死なんてものは、未来のもののはず。永遠の果て、遥か先にあるものなのに。

(お願い……!)

 嘘だと言って。誰でもいい、嘘だと言って欲しい。

 死は、はるかに取り憑き、離れない。

 考えてはいけない。

(考えちゃダメ。他のことを考えないと……!)

 ぐしゃりという、仔猫が潰される音が耳によみがえる。

 離すものかと、死は腕を絡め、背後から囁き込む。

 お前は死ぬのだと。

 逃れられないのだと―――。

「ああああああああああああああっっ!」

 身体の奥底からくる震えが、悲鳴をほとばしらせる。

 叫んでそれで恐怖が薄まるわけもない。

 それでも。

 それでも叫ばずにはいられなかった。荒れる思いのままベッドを殴りつけずにはいられなかった。髪をかきむしらずにはいられなかった。

 助けて欲しい。

 誰か。

 壊れてしまう。

 おかしくなってしまう。

 ああ、そうか。このまま、壊れてしまえばいいのか。そうすれば、この恐怖から解放されるから。

 死なんてものに、気付きたくなんかなかった。

 どうして。

 ずっと遠くに追いやっていたかったのに。

 握り締めた拳を、ベッドに叩きつけたそのときだった。

「―――どうした?」

 思いがけないほど近くから、思いがけない声がかけられた。


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