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時が涯てても恋してる。  作者: トグサマリ
第二部  時涯てた後
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    別れ 三-2


「はるかの望みは判ってる。叶えてもやりたい。思う道を進んでいってもらいたい。でも……頭では判ってても。判ってはいるけど」

 眉間にしわを寄せて苦悩する顔。最悪の展開になるのではと、はるかはめまいすら感じた。宙空に足を踏ん張って、ただただ言葉の続きを待つしかできない。

 ヴェルフェンは、食い入るようにはるかを見つめ、

「一緒にいるだけじゃ、だめなのか?」

 そう、訊いてきた。

「陛下の条件を満たしてそばにいる、それだけじゃ」

「プオルスタヤ、諦めろ、ってこと?」

 返事はなかったが、眼差しはそれを望んでいると語っている。

 はるかは首を振った。

「ひとが死んでいくのを、なにもせず見てろって言うの? ヴェルフェンのそばで? そんなの、できない。できるはずない」

 ひとの命を奪うヴァルドウ。その様子を隣でただ見ていろと?

 無理だ。

 そんなことができるのだったら、最初から彼に戦いなど挑まなかった。こんなことにもなっていなかった。

 ヴェルフェンの口から、やるせない溜息が漏れる。

「おれが言いたいのは。……そうなんだけど、そうじゃなくて」

 彼自身、もどかしさを抱えている。

 これからどうなってしまうのか。不安な思いで、はるかはヴェルフェンの言葉を待った。

 固くまぶたを閉じ、ヴェルフェンは向き直る。

「毎回、あんな無謀なことをしてるのか?」

 ヴェルフェンの声には、行き場のない思いが滲んでいた。

 はるかには、彼の言う『無謀』がなんのことだか咄嗟に思いつかなかった。怪訝そうにするはるかに、

「おれに殺されそうになったろ? これからもあんな戦いをしていくのか? ヴァルドウ相手にあんな無茶な戦いを仕掛けて自分を省みずにがむしゃらになって……またあんなぼろぼろになって。おれが、おれにそれを()えろと?」

 まっすぐにぶつかってくる悲痛な眼差し。

 はるかを圧倒する彼の思いに、真摯に訴える切なる声に、彼を傷付けていたことに初めて気付いた。

 言い返せなかった。

 目の前の命を救うただそれだけを思い、打たれても立ち上がり、戦いを挑み続けた自分。

 確かにあのときの戦い方は、無茶をしすぎた。―――いや、いまでも気がつけば、無茶を冒してしまう。

「お前を死なせるところだった。今度は他の奴に殺されるかもしれないんだぞ? それを黙って見てろと? ……頼むから勘弁してくれ。やめて欲しい。プオルスタヤなんてやめてくれ」

 瞳に浮かぶ苦悶の色が、彼の思いを如実に語っている。

 真実の思いだった。

 はるかを大切に思うからこそ、戦いに身を置いて欲しくないのだ。守りたいと思うからこその懇願だった。

 ふたりの上空を、夜間飛行の飛行機が行く。それが去ってもなお、ふたりは探るように互いに眼差しを絡み合わせていた。

「……できないよ……」

 そう答えることしかできなかった。

 ヴェルフェンの顔に、落胆が浮かぶ。

「お前とまた現場で鉢合わせても、おれは同じように戦う。そのときこそ、お前を殺してしまうかもしれない」

「ん……」

「お前を殺したくない。他の誰かに傷付けられるのもイヤだ。失いたくないんだ。そばにいて欲しい、それだけなんだよ。それだけでいいんだ」

 彼の気持ちが判らないわけじゃない。

 それでも、どうしても譲れない思いがある。

「諦められないもの」

 プオルスタヤという存在を知ってしまった。プオルスタヤとして、死に瀕した命を預かる責任の重さを知った。

 ヴェルフェンを愛している。

 それと同じくらい、自分の中を占めている思いだ。根幹といってもいいほどに。

「あたしは、足掻きたい。生きることに、どんなに無様になっても、どれだけ無駄なことでも足掻きたいの。……あたしね。ヴェルフェンが命を持って行くあの瞬間も、助かるんだって、思ってた。あんな最期の最期でも、助かりたいって思ってたし助かるんだとも思ってた。きっとみんな同じ。あたしは、いまのあたしなら抵抗ができる。最期の瞬間まで、抵抗し続けたい。生きていきたい」

 決意のこもる声に、ヴェルフェンの眼差しが揺れる。

「反対されても、プオルスタヤを目指すわ。……生きていたかったから。生きてるっていう奇跡みたいな凄さを知ってるから。生きていきたいっていう命の思いを知ってるから。戦えるのは、一番最後には、あたししかいないから」

 一瞬、泣きそうな顔をヴェルフェンはした。

「―――それが、お前の真実なんだろうな」

 揺れていた彼の眼差しから険が消え、代わってどこか諦めの色になる。

 やはりこうなったか、と淡く儚い笑みを、彼は浮かべる。

「はるかがプオルスタヤとなるのは、最初から運命付けられていたんだ。決まってた。だからきっと、魂が輝いて見えたんだ」

「え? ……どう、いう……?」

 唐突に、ヴェルフェンはなにを言おうとしているのか。

 魂の輝きに惹きつけられたというヴェルフェン。すべてはそこから始まっていた。

 でもそれが、プオルスタヤにどう繋がるのか。

「どうしておれだけに魂が輝いて見えたのか、って考えたことがある。はるかは、最初からプオルスタヤになるべき存在だったんだ。人間はプオルスタヤにはなれない。だから、輪廻の環から外すために、お前を探し出せるよう、愛するように、禁忌を犯すようにとすべて決められていた。陛下の出された条件を受けることで、はるかはプオルスタヤになる」

「まさか……」

「誰でもよかったのかも。はるかの魂に呼ばれたヴァルドウが、たまたまおれだっただけで」

「な、なに言ってるのよ、そんなわけないでしょ!」

 ふ、と皮肉気な笑みを、ヴェルフェンはうっすらと口元に浮かべる。

「おれは、はるかをプオルスタヤにさせるためだけに()ったのかもしれないな」

「やめてよ……そんなわけ、ない」

 ヴェルフェンは、そのまま達観した眼差しではるかを見つめ返す。

「実際、お前は、プオルスタヤの道を選んだろ?」

「だ……、そんなの結果論だよ。違う。そんな、捨て駒みたいに……ヴェルフェンが踏み台なわけないじゃない! たまたまとか、そんなの……」

 そう言いながらも、自分の魂がどうして輝いていたのか疑問に思ったことがあるのは事実だった。

「いや。きっとそうなんだろう。はるかの意思がどうとかじゃなく、……おれが、こうなるよう決められていたんだ。おれのすべては、はるかをプオルスタヤにするためだけにあった。はは。いったい、いつから決められてたんだろうな。はるかが生まれる何百年も前から決められてたんだろうか。―――だったらどうして、おれなんだろうな」

「違う、そんなの……! そんなわけないよ、あたしは、最初からプオルスタヤになりたかったわけじゃないし! そんなこと言わないでよ、ねえ!」

 ヴェルフェンの語る運命論は、受け入れがたかった。

 反論するも、ヴェルフェンは寂しげな表情を湛えたまま口を閉ざしている。

「ヴェルフェンだから好きになったの! ヴェルフェンだからだよ! 他の誰かとかじゃない。決められてたからじゃない! なんにもなくてもヴェルフェンだから好きになったの! プオルスタヤになるために好きになったんじゃない!」

「なら諦められるのか? おれが懇願すれば、プオルスタヤを諦められるのか? ―――できないだろう?」

 さっと表情をこわばらせたはるかに、ヴェルフェンは返事を待つまでもなく答えを出した。そうして、残酷な言葉を続けた。

「おれには、できないよ。はるかの望みを叶えてやりたい。そのためならなんだってする。でも、な。はるかの目指す先に一緒に行ってやることは、できない」

「!」

「おれには()えられない」

「ヴェルフェン……」

 ヴェルフェンの腕にはるかは追い縋る。その手を、彼は静かに外す。

「弱い男だと嗤ってくれて構わない。お前を失いたくないんだ。お前が傷付くたび引き裂かれる思いも、したくない。はるかがプオルスタヤを選ぶのなら、おれにできることは、離れること、それだけだ」

「……そんな。だって、だってあたしたち」

 冥王の条件に一緒に挑んでいるというのに。せっかく、処分されずにいるのに。

 こんなことで。

〝こんな〟ことで。

「やだ。やだよ……」

「このまま一緒にいても、きっと、おれはお前を責め続ける。戦うんじゃないって。退くことをしろ、って。おれのそばにいると必ず苦しむことになる。苦しめたくないんだ。人間の生を代弁するお前を、おれは否定し続ける。そんな自分自身を、おれは許せない」

「そんなの……、判んないじゃない……」

「買い被りだよ。おれはただ、はるかにそばにいてもらいたいだけなんだ。そばにいて、笑って欲しかった。触れ合ったり、抱き締めたり。同じものを見て、言葉を交わしていく。おれの望みは、それだけだった」

「……」

 ―――過去形。

 人間として生きていたときの、あのヴェルフェンとの日々が胸によぎる。

 どうしてこんなことに。

 ヴェルフェンと一緒になるために、この試練を受け入れたのに。

 あのときのあの決断が、こうさせたのか。

 ヴェルフェンと戦うことを選んだ。それは、彼とともに紡ぐ未来自体を諦めることであって、こんな、こういう別れを想定してたわけじゃない。

 彼を想う気持ちは、全然変わってないのに。

 なのに、どうして。

(―――どうして……)

 きつく握り締めた拳が、震える。

 ヴェルフェンを選ぶべきと判っているのに、想いのすべてがそう訴えているのに、なのに、こんないまでも「諦める」のひとことが、言えないだなんて。

 言えなかった、どうしても。

 どうしても。

 唇を噛み締め、悲鳴をあげそうな気持ちを懸命になだめる。

 これは、決して気持ちが離れたわけじゃない。彼もまた、苦しいのだ。

 深い呼吸を何度も繰り返し、いやだと反発する想いを必死に抑え、はるかはヴェルフェンをまっすぐに見上げた。

 お互いに、譲ることができないのなら。

「わかった」

 ひどく、その声は掠れていた。


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