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時が涯てても恋してる。  作者: トグサマリ
第二部  時涯てた後
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    対峙する者 三-1



「どうしたんだ、その傷は」

 呆然とするはるかに、ヴェルフェンは目を瞠って訊いてきた。人間ならば横になっていることすら苦痛なほど、先の戦いで彼女の身体は無残に傷付けられていた。

 はるかはただ、ヴェルフェンを見上げることしかできない。

 答えられなかった。

 どうして。

 ヴェルフェンの大鎌が振るわれる相手が日本にいることなんて、ほとんどないというのに。

 身体の傷など取るに足りない。ただもうヴェルフェンがここに現れたことが、呪わしかった。

「大丈夫なのか……?」

 ヴェルフェンはなにも思わないのだろうか。何故はるかがここにいるのか、疑問に思わないのだろうか。

 唇を震わせ喘ぐばかりのはるかの頬に、優しく彼は手を差し伸べる。

「どうした? 誰にやられた……?」

「嘘だと言って」

 眼差しで問うヴェルフェン。

「ここには来ないで―――」

 ヴェルフェンははっとした。はるかの表情の意味に、やっと気付いたのだ。

 ふたりは言葉もなく見つめ合う。

 この場にヴェルフェンとはるかがいる。その意味の判らないふたりではない。

「おれは、どうしても譲れない」

 苦しそうに漏らす彼。はるかは力なく首を振るしかできない。訴えるように肩を摑まれた。

「おれたちのためだ。判るだろう?」

「―――だめ……」

「はるか」

「死なせたくない。だって、生きたがってる。みんなで繋げたのよ、あたしの手で断ち切ることなんてできない。諦められない」

「はるか……」

 ヴェルフェンの声は切なく耳を打つ。胸が震えた。けれど、自分の中にある、生命への憧憬を否定することはできなかった。

 ヴァルドウに出し抜かれ、悔しさに身を震わせたのは、つい昨日のこと。あの身を焦がすような憤りは、死んでいったひとの無念でもある。

 諦めるなんて、絶対にできない。

 絶対に。

 はるかの眼差しには、強い意志があった。

 これは、プオルスタヤの眼だ。

 ヴェルフェンは知らず恐ろしさを覚えた。いつの間に、彼女はこんな顔をするようになったのか。

 同時に、はるかなら見逃してくれると思っていた自分の甘さを知った。

「どういう意味か、判ってるんだよな?」

「判ってる。なにしようとしてるのか、判ってる」

 最悪の結果を、招くかもしれないということも。

 そう答える声は、情けないくらいに震えていた。

 食い入るようにはるかを見つめ、眉間のしわを深くさせるヴェルフェン。

「考え直せと言っても、遅いのか?」

「答えは、変わらない」

「こんなにも怪我してるのに……。無茶だ。こんなひどい状態でおれたちと渡り合うプオルスタヤなんかいない。自分のことも考えてくれよ。お前とは戦いたくない。傷付けたくないんだ」

 それは懇願だった。しかし、はるかははっきりと首を振る。

「あたしがやらなきゃ誰がやるの? 他にプオルスタヤはいないのよ? このひとが助かる最後のチャンスは、あたしにしかないのよ。失いたくないの。あたしが、このひとの命を預かってるの。あたしにしかできないの。だから……」

 胸が、ひどく痛い。

「戦わなくちゃ」

 息を呑むヴェルフェン。

「逢えなくなるのは嫌。だけど、見殺しにできない。放っておけない。死なせてはだめなの、死なせたくない。生きなくちゃならないの」

「―――本気、なんだな?」

「うん」

「おれは、手加減はしない。全力で、お前をぶちのめす。それでもいいのか」

「ん」

「これで、終わりにはしたくない」

「―――ん」

「ヴァルドウってのは卑怯だ。その怪我も、おれにとっては好都合だ」

「判ってる」

「お前を、だめにしてしまうかもしれない」

「うん―――」

 それでも、戦わずにはいられなかった。

 戦ってはだめだやめろと心の底が必死に叫んでいる。なのに、身が裂けるほどにヴェルフェンを求めているのに、これ以外の道を選ぶことがどうしてもできなかった。

 高木を、ヴェルフェンに譲ることはできない。

 想いが、押し潰される。

 自分が選ぶのは、破滅への道。ともに冥王の出した条件を克服しようといままでやってきたそのすべてを壊してしまう、身勝手な選択。

 けれど。

 戻れなかった。

 助けられる命を、見殺しにはできない。

 これが最後になるのかもしれない。そう思うと、考えるよりも先に身体が動いた。

 はるかが手を伸ばすと同時、さらわれるようにヴェルフェンに抱き締められた。彼の胸に自分を預け、その背中をかき抱きながらも、大鎌の位置を意識してしまう自分を、はるかは呪う。

 ヴェルフェンと戦う日が来るなど思いもしなかった。なのに、こんなにも自然に戦うことを選んでしまえるとは。

 なにをしなければならないのか。きっと、自分の存在はなんであるのか悟ったせいだ。

 求め合うように、ふたりはくちづけを交わす。二度と逢えなくなるかもしれない。これが最後かもしれない。そんな不安から逃れるように。

 唇が離れたとき、戦いが始まる。

 ふたりには判っていた。だから抱き合う腕は互いを強く求め、きつく離さない。

 離れられない。

 このままでいたかった。


 ―――僅かな身じろぎが、きっかけだった。

 唇が離れた瞬間、はるかはヴェルフェンから飛び退(すさ)った。




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