表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時が涯てても恋してる。  作者: トグサマリ
第二部  時涯てた後
31/41

    対峙する者 二



 高木(たかぎ)佳之(よしゆき)の緊急手術は成功した。

 崩れたアパートは高木の肋骨を砕き、内臓を押し潰し、手足を骨折させていた。予断は許さない状態だった。

 集中治療室でたくさんの機械に囲まれてようやく命を繋いでいる、そんな危うい状況に彼はいた。

 もちろん、意識は戻らない。

 家族や勤務明けの同僚たちが、集中治療室の前でまんじりともせず見守っていた。

 疲れきった彼らの、けれど強い眼差しとともに、はるかも高木を見守る。この場にプオルスタヤはいなかったものの、ヴァルドウはいつ現れるか判らない。

 彼らの守った命を受け継がなければ。

 このまま高木を放っておくことなどできなかった。ある程度の回復の兆しが欲しかった。

 ときおり訪れる看護師の仕事を、はるかは緊張して見守る。看護師の静かな表情から容態に変わりのないことを読み取るたび、ほっと安堵の息がこぼれた。

 そんな彼女自身、ヴァルドウから受けた傷が癒えておらず、高木同様、絶対の安静が必要だった。高木の眠るベッドに傷付いた身体をもたれさせ、静かに回復の時を待っていた。

 外は、もう眩しい光に満ちている。

 静かな呼吸を、高木は繰り返していた。

 高木から呼ばれる感覚もなければ、命の双葉も顔を出してはいない。見方はよく判らないけれど、高木の状態を示す機械は淡々と数字と線を表示し続けている。

 大丈夫。まだ、彼に生命の翳りは訪れていない。

 守りたかった。

 静かな時間を。安寧のうちに刻み続けていく時の流れを。

 どうかこのまま穏やかな目覚めを。

 心の底からはるかは祈った。家族や同僚たちも、切なる祈りを眼差しに乗せ、高木を見守っている。

 このたくさんの祈りに、気付いて欲しかった。

(こんなにも、あなたは祝福されているんだもの)

 助かる。必ず、絶対に助かる。

 根拠はまったくない。

 けれどはるかには、高木は助かるのだと判っていた。



 容態が急変したのは、その日の昼すぎだった。

 機械の警告音が集中治療室に響き渡る。看護師たちは足早に行き来をし、駆けつけた医師の顔が緊張にこわばった。

 気力を振り絞って起き上がったはるかは、高木の姿に思わず息を呑んだ。

 彼の顔には、まったく血の気がなかった。生の気配を探すことすらできない。命の双葉はまだ出現していないが、それはきっと、いまこの瞬間のことだけだ。

 医師と看護師による緊迫した幾つかのやり取りのあと、慌ただしく高木は手術室へと運ばれる。

「先生……」

 すがるように彼の妻だろう、若い女性が医師を呼びとめる。

「あの……」

「手術箇所から出血をしている可能性があります。これから緊急手術を行います」

 彼女の顔が、さっと不安に曇った。

「信じてあげて下さい、ご主人の力を。わたしたちもできる限りのことはします。ですが、最終的にはご主人の力です」

 暗に、難しい状況だと言っていた。高木を乗せたベッドは、手術室へと吸い込まれる。

「お願いします先生!」

 廊下に響く男たちの声に、手術室へと向かう医師が厳しい顔で振り返る。集まっていた高木の同僚たちだった。

「あいつ、おれたちには必要なんです! 助けてやって下さい、頼みます!」

 隊員たちは悲痛な声で頭を下げる。医師は彼らにひとつ頷きを返し、手術室へと消えた。

 はるかはそんな医師の顔に、強い信念を見た。



 開腹された高木の体内は、おびただしい鮮血にまみれていた。

 素人目にも、ただならぬ状態と判る。しかし医師たちの手慣れた動きと冷静な様子に、はるかの動揺は次第に落ち着いていく。

 手術台からやや離れた場所で、ヴァルドウが現れないことを強く願いながら手術の行方を見守り続ける。

 いまこの瞬間は、医師たちの手にすべてがかかっている。

 どうか自分の出番はありませんように。何事もなく、無事手術が終わりますように。

 まんじりともせず祈りをこめて見守っていたときだった。

 唐突にはるかの意識が、持って行かれるように目の前の人物に引き寄せられていく。

 その、感覚。

(―――いやだ。違う、絶対に違う!)

 しかし、そう祈るはるかの目の前、開腹された高木の傷んだ内臓から、ぴょこりと命の双葉が現れた。あ、と思う間もなく次の瞬間、視界の端、緑色の床に白い点がぽつりと浮かんだ。

 はるかの身に緊張が走る。床に映り込んだ照明でないのは明らかだった。

 見間違いであって欲しい。あれは、落ちたガーゼだ。きっと、そう、道具かなにかの反射だ。

 だがその願いを裏切り、白い色は成長をする。点は面となり、面は盛り上がり、ひとの形を取った。

「……」

 現れたその姿に、はるかは呆然と言葉を失う。

 意味が、判らない。

 なによりも誰よりも恐ろしい相手、決して相手にはしたくなかったヴァルドウが、目の前に立ちはだかっている。

 理解できなかった。したくなかった。

 けれど互いの目が合ったことで否応なくその意味を突きつけられ、このめぐり合わせを呪わずにはいられなかった。


 現れたヴァルドウの名は、―――ヴェルフェンと言った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ