天使 一-2
「ね、昨日どうだったの? メール待ってたんだけど」
「ん……?」
翌日、はるかが登校すると、同じクラスの友人、エリが目の前の席に腰をおろし、覗き込んできた。
ひと晩寝ても、頭はすっきりしない。彼氏に振られたことと突然の幽霊の出現に、眠れた気などしなかった。
幽霊とのやりとりは、早紀には聞こえなかったという。聞こえたのは、電波の不具合なのか雑音だけだったと。
不可思議な経験と抜けない疲れに、はるかは溜息をつく。
「やっぱ振られた。年上が好きになったって」
「ええぇッ!? なにそれ。だってあいつ『距離なんて関係ない』って言ったんでしょ? ひどくない?」
「や。うん。……っていうか、それよりもさ……」
「うん、なに?」
言い淀むはるかに、エリは何事かと訝しむ。
「……。見ちゃった、んだよね。その、幽霊をさ」
「幽霊? ……幽霊ッ!?」
「としか思えないんだよ。だって身体が透けてるの。後ろにあるものが見えちゃってて」
「なにそれ。マジで? どこでよ」
「バス停からの帰りに。『聞いてるのか』っても言われた」
「話したの!?」
目を瞠って声を荒げるエリ。
「話したっていうか、『はい』って答えちゃっただけなんだけど」
「ば、莫迦ッ。ダメじゃん、幽霊と話してなんかあったらどうすんのよッ!」
「だってあたしの名前知ってたんだよ」
「なにそれ」
「でしょう?」
事態の薄気味悪さに思い至ったのだろう、エリの眼差しに警戒の色が浮かぶ。
「おはよー。……どうしたの?」
登校してきた早紀が、難しい顔のふたりのもとにやって来た。
「はるか、昨日幽霊と遭遇したんだって」
顔をこわばらせて早紀を見上げるエリ。
「……みたいだね」
「知ってるの?」
「携帯で話してるときだったから」
「あたし昨日ずっと待ってたんだからね」
少しひがんでみせるエリだったが、連絡の有無よりも幽霊のことが気になって仕方がないらしい。遭遇した本人より、彼女のほうが興奮していた。
「ってか、幽霊に『はい』って返事しちゃったんだって。やばいよね、これって!」
食ってかかる勢いのエリに対し、早紀はただ小首を傾げて「うーん」と唸る。
「あんまり褒められたことじゃないとは思うね」
「名前知られてるんだって。なんで? ちょっと、祟られて殺されちゃうかもよ?」
「やっぱり、やばいよね……」
あの幽霊は悪さをするような雰囲気ではなかったが、エリの真剣な様子に、急に不安になってきた。なにしろ、
「命を狩りに来るって言われたんだよ、一年後にって。その幽霊に」
「!?」
エリはさっと眉を曇らせた。早紀には昨夜の時点で話しているので、彼女は唇を引き結ぶにとどまっている。
「予言、ってこと? え? 予告? 宣言?」
「判んない……。すごく、真面目な顔してた」
「……」
「……」
「やばい……、よね。やっぱり」
「……」
眉根を寄せ難しい顔で黙り込んでしまうエリ。
昨日は振られたショックもあって真面目に取り合いきれなかったが、実はとんでもない存在と鉢合ってしまったのかもしれない。
そうは思う一方で、
(だけど……)
あの幽霊。
だから泣くなと、言っていた。
命を狩りに来る存在から、そんな優しい言葉がかけられるだなんて、意外だった。
いったい、どういう意味なのだろう。
その〝だから〟は、なにを指しているのだろう。なにか、聞き逃していたことでもあったのだろうか。
あの幽霊は本当に、本当に自分を狩りに来るのだろうか?
なんだか、信じられない。
ただたんに命を狩りに来る。
その宣告をしに来ただけではないような、なにかが違っているような、そんな気がした。