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時が涯てても恋してる。  作者: トグサマリ
第一部  時の涯てる前
20/41

    時の涯 三-3


 彼のはっきりしない返答に、はるかは眼差しで問い返す。

「おれには、判らないんだ」

「……?」

 ヴェルフェンは答えを探すように、視線をさまよわせる。

「本来だったら、お前は宝珠(ほうじゅ)に吸収されて冥界へと向かうはずなんだが……、判らない。ここにいて、話もできて触れることができる」

 肉体を失ったから触れ合えた、わけではないのか。

「宝珠?」

 聞いたことのない単語だ。

 ヴェルフェンは胸元に手をやって頷いてみせた。

「ここに、冥王陛下から頂いた宝珠がある。ひとの魂は、ここを通り、冥界に(かえ)る」

「へぇ……。そう、なんだ」

 ヴェルフェンに斬られたあたりまでしか、記憶にはない。

 死後の魂の行方についてもちろんなにも知るはずのないはるかは、『冥王』がいることや『宝珠』という存在に、純粋に新鮮な驚きの相槌を打つ。一方、事の重大さを認識しているヴェルフェンは、重々しく続ける。

「でも、はるかは吸収されなかった。弾かれたというより、最初から宝珠に、なんて言うのか、興味を示さなかった。宝珠に導かれない魂はないのに、宝珠も、はるかになんの反応もしなかった」

「……。それって、やばいことなの……?」

「ああ。こんなこと、聞いたこともない。はるかがこれからどうなるのか、正直判らない。ただ、巻き込んでしまったのは、確かだ」

「巻き込む?」

「ああ。本当に済まない。悪かった。すべておれのせいだ。どれだけ謝っても、足りない」

 苦い顔で、ヴェルフェンは頭を下げる。

「え。どうして謝るの? 巻き込むって、よく判んない」

「宝珠に吸収されない魂は、存在しないんだ」

 ヴェルフェンを見上げるはるかの眼差しに、不安が生まれる。

「肉体に弾かれたわけじゃないから、いまのはるかは、さまよえる霊魂でもない。こうして言葉を交わしたり触れたりできるなんて、ありえないことなんだ」

「どういう……」

 ヴェルフェンの硬い表情に、はるかの不安は増していく。触れられたと単純に喜んでいる場合ではなかったらしい。

 いまになって、そろりと背筋を冷たいものが這い上がる。険しいままの目の前の顔。

 なにかを、ヴェルフェンは覚悟している……? なにか、本当に恐ろしいことが起こるというのだろうか。

「判らない。これから、どうなるのか」

「そんな、どうして? どうしてこんなことに?」

 皮肉気に、ヴェルフェンは唇を歪めた。

「死期を教えてしまったからだろう。人間に死期を伝えるのは、罪だから」

 さらりと口にされた言葉に、はるかははっと息を呑んだ。ヴェルフェンは痛ましいまでに表情を歪め、諦念のせいなのか、声は掠れ震える。

「罰を受けるのは、おれだけだと思ってた。すべておれのせいだ。済まない……」

「罪だってこと。知ってて……?」

「ああ。でも、巻き込むつもりなんてなくて」

「最初から知ってたの? 知ってたのに、教えてくれたの?」

「後悔は、してない。するとしたら、はるかを巻き込ん―――!」

 ヴェルフェンの言葉が、とんという衝撃とともに途切れた。

「はる、か……?」

 ヴェルフェンは、飛び込んできたはるかの腕の中にいた。ふたまわりほども小さなはるかが、腕をせいいっぱいに伸ばし、しがみつくようにヴェルフェンを抱き締めていた。

「あたし……! あたし全然気付かなかった。罪を犯させてたなんて」

「……」

「死ぬ時期を教えてくれたから、ちゃんと生きてけた。ヴェルフェンに逢えたからあたし、すごく幸せだった」

 その幸福は、彼の覚悟の上にあったのだ。身勝手と詰ったことがあった。どれほどの覚悟を抱えていたのか知りもしないで。

「ごめん。ごめんなさい。ひとりで辛い思いしたんでしょう?」

 ヴェルフェンの背中にまわした手にいっそう力を込めるはるか。頬が胸に当たる。それだけで、途方もなく愛おしい。この感触を、どれほどこいねがったか。

「触れられるのが罪を犯したせいなら、あたしもだよ。あたしも一緒。ひとりで背負わないで。ひとりで苦しい思いすることなんてない。ヴェルフェンだけになにかあるなんて、堪えられないよ」

「はるか……」

「ずっとヴェルフェンに触りたかった。やっと触れたんだよ。こうやって抱き締めることができたんだもん、すごく幸せなんだよ。ヴェルフェンのおかげ。罰なら、あたしも一緒に受ける。一緒に受けるよ」

「はるか」

 ヴェルフェンの眼差しが、堰を切ったように揺れた。

 瞬間、身体をかき抱かれた。

 大きな手が、長い腕が、はるかをもみくちゃにする。

 激しいくちづけが落とされた。ずっと望んでいたヴェルフェンとのキス。初めて、自分の唇に彼を感じることができた。

 幸せだった。

 途方もないくらい、彼と触れ合えるいまが幸せでならなかった。

 死期の告知が罪だっていい。罰を受ける、それでもいい。

 どうなったっていい。

 ヴェルフェンとこうして一緒にいられるのなら、どんな罪だってともに受け入れよう。

 身体のすべてが、想いのすべてがとろけだし、ヴェルフェンへとほとばしり、溢れていく―――。



 ―――はるかを抱き締めるヴェルフェンに緊張が走り、急にその身体が固くなった。

「……?」

 熱に浮かされた感のはるかだったが、頭上の厳しい顔つきに、我に返る。

 ふたりのまわりを、黄色いショールのようなものを羽織った白いローブ姿の男たちが取り囲んでいた。

 いつの間にか変化していたものものしい空気に、喉の奥で声は凍りつく。

「判っておろうな」

 白いローブのひとりが、温度を感じさせない声で告げる。

「―――はい」

 はるかを抱く腕に力をこめ、頷きを返すヴェルフェン。

 男の冷たい視線が、はるかに向けられる。

「小娘。お前も同罪だ」

「しかし彼女は!」

「捕らえよ」

 ヴェルフェンの抗議は黙殺され、背後から伸びてきた手によって、はるかは彼から引き剥がされる。

「ヴェルフェン!」

「はるかッ」

 互いに伸ばした手は、ほんの僅かな距離が届かず、指の先が空を切る。

「!」

 はるかは蔓のようなもので強く縛りあげられた。ヴェルフェンも同じように縛られ、男たちに囲まれたままにじむように消えていった。

(いやだッ……!)

 闇夜の雨の中、ひとり引き離されて足は竦む。すぐにはるかも残った男たちに囲まれ―――視界は暗転した。

 そうして連れられたのが、深淵の闇に浮かぶ、冥王(めいおう)の謁見の間だった。



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