心変わりハンバーグ
ねぇ、好きな食べ物はなぁに?
ハンバーグだよ
私はそれがオカシイ答えだとは、今になっても思えないのです。
しかし友人の反応はこうでした。
「え~? 中学生にもなって、ハンバーグが好きなの?」
一体友人が何に驚いているのか分かりませんでした。私に理解できるのは、私の答えがオカシイらしいという事でした。
この時の私の中には、ただただ疑問ばかりがありました。
誰に誓えば良いのかも知りませんが、誓います。
決して、憎悪、あるいはそれに近い感情など抱いておりませんでした。
「うん。好きだよ。変かな~?」
私は友人に聞き返しました。
「変だよ! ハンバーグなんて、子供の食べ物だよ!」
「でも、美味しいよ」
「美味しくないよ。子供の食べ物何だから」
「美味しいのになぁ」
その日、私たちはお互い譲れませんでした。
晩ご飯が、大好きなハンバーグだった事もあり、私は少しギコチナクなった会話も忘れ、とくに悩む事無く眠りにつきました。
「ねね。鈴木さんから聞いたんだけど、あなたハンバーグが好きなんだって?」
しかし、友人は違ったようです。
私のオカシイ答えは別の友人にまで伝播しており、その別の友人も私をオカシイと言うのです。
「うん。好きなんだよ」
この時です。
二人にオカシイと言われても、やはり私はハンバーグが好きなのです。しかし、とても不安なのです。誰が嫌いであろうともハンバーグの味が変わるわけではないことは理屈として分かっていても、不安なのです。
人の心は、存外弱く、私は不安から逃げる術として、彼女たちを恨みました。
「まぁ。あなたもオカシイと言うの!! ハンバーグを美味しく感じられないなんて、人生の半分は損してるね!!」
つい、怒鳴ってしまいました。
正直、自分でもやりすぎたと思います。
だって、たかがおかず一品に、人生の半分は、ねぇ……、ちょっと言いすぎです。
「ほら、こんな下らない事で怒鳴るなんて。やっぱり、ハンバーグ好きな人って子供なのね」
別の友人は、そうして私から離れていきました。
私は、友人とのギクシャクした関係よりも、私のせいでハンバーグの名誉を傷付けてしまったことがショックでした。
それ程までに、ハンバーグは偉大なのです。
それから、一ヶ月が過ぎました。
ハンバーグを守るため大人を演じる私と、ハンバーグを好かぬ故に大人である友人たちと、表面上は仲良くやっております。
しかしながら、私だけ誘われない集まりは、徐々に徐々に増えていくのです。
正直、ハンバーグを好きな私は、やはり子供なので、この状況は辛いのです。
そんな時です。
夕食にて、一ヶ月ぶりにハンバーグと再会しました。
オイシクナイ。
美味しくないのです。
味は肉なのに、ボロボロする食感。
いえ、肉の味だと思っておりましたが、冷静に考えてみれば、私はこの味をハンバーグでしか知らないのです。
豚でもなく、牛でもない。
不思議な味です。
それは、合いびき肉なのだから当然なのですが、なんともハッキリしない所が下品に思われます。
しばらく見ないうちに、落ちたものだと思いました。食べ物は、こうも短い期間に落ちぶれてしまうものかと。
違う。
ハンバーグは変わってない。
変わったのは、私だ……。
そして、それに気がついた時にひどく胸が痛みました。
私はハンバーグを嫌いになれた。
とても喜ばしいはずなのに、胸が痛みました。
知っていたのです。
本当は、もっともっと仲良くしたかった。ずっとずっと一緒にいたかった。まだ、未練があるのだと。
私は、生まれて初めて、夕食を残しました。
私が後悔したのは、次の日の学校でした。
あぁ、なんてことをしてしまったんだろう。
あんなにも愛し合っていたのに、友人の意見ごときで揺らぐなんて、私は何て愚かだったのだろう。
そう思ったのは、お昼休み前の事でした。
空腹になった時でした。
私は仮病を使い、直ぐに家に帰りました。
給食なんてちゃちなものには目もくれませんでした。
しかし、ハンバーグは生ゴミ箱の中でした。
泣きじゃくる私に母は言いました。
「あんたが悪るいんでしょ」
そして、仮病を怒られたのは今となっては良い思い出です。