人生に三度はやってくるという、アレ
*8月22日(水)曇りのち晴れ*
先月、ファミレスで徹くんに告白をされてから、もう1カ月以上も経ってしまった。私は徹くんがあれ以来その話題を出さないのをいいことに、告白の返事をずるずると引き延ばしていた。
だって、どうしたらいいか分んない。彼は本当に私のことが好きなんだろうか? こんなに年上の私を? ……からかってるだけじゃないの?
しかも脅迫みたいなこともされたけど、あれって……冗談だよね?
時間が経つにつれ、あの告白が嘘だったように思えてくる。私の願望が夢になって出てきたとか? だってあんな若い男の子が……私のことを、なんて。
これじゃ堂々巡りだ。あぁ、もう考えるのがメンドクサイ!!
今日は、朝からコミックやCDレンタルの商品の入荷があったり、DVDのランキング変更があったりでバタバタだった。おまけに夏休みのせいもあってお客様の数がいつもの比ではない。
しかも、午後は本部の社員が店舗巡回に来ることになっている。店舗巡回というのは、その店がきちんと指示通りに売り場を作っているか、接客態度は悪くないか、掃除は隅々まで行きとどいているか、など多岐に渡ってチェックされるので、こちらは気が気でない。店長なんて、直接評価に響くからか店舗巡回の時はいつも試験結果を待つ子供のように始終店内と事務所をうろうろそわそわしている。
「お疲れ様です! 本日もよろしくお願いします!」
その時事務所のドアを元気よく開けて本部の竹島さんが入ってきた。竹島さんは1~2カ月に1度、担当の店舗を周っていて、かなり多忙らしい。歳は30手前だったか、学生時代ラグビーをしていたというガッチリした上背のある人で、短髪の凛々しい体育会系の男性だ。しかし、その見た目を裏切ってこちらが見落としがちな細かいとこによく気付き、丁寧に指導してくれる。噂によると昇進街道まっしぐらのエリートらしい。見た目もよく、高収入なため、結婚相手候補として競争率も高いと噂で聞いたことがある。
竹島さんは来て早々、チェック項目の書かれたボードを持って店内を詳しく視察する。その様子を店長はハラハラしながら見守っている。
その後、事務所で会議。予算と実績を報告したり、店の問題点を伝えたり、今後の方針などを話し合う。そして、竹島さんからの結果報告。
「まず、ゲームコーナーですが、空いている棚や、陳列が乱れている所が何箇所かありました。子供の多い時期なので大変だとは思いますが小まめにメンテナンスしてください。それと、BOOKコーナーですが、先月号の雑誌がまだ店頭に並んでいました。新しいものを手前に入れ、古いものが後ろの棚に移動していく……というように決めておくと今後似たようなことが起きないと思いますので指導の徹底をお願いします。また、入退店時のスタッフの挨拶がまだ不十分ですね。声の大きさと追従に気を付けてください」
次々と改善点を指摘され、店長はなるほど、なるほど、と汗をかきながら頷いている。
一通り問題点の提示が終わったあと、竹島さんは私に向き直り、声を掛けてきた。
「レンタルコーナーにも何点か気になる所があるので、実際に見ながら確認してもらってもいいですか」
「あ、はい。よろしくお願いします」
私と竹島さんは連れ立ってDVDのレンタルフロアに移動する。竹島さんは店長達と話すときと違い、年下という気軽さからか、私には少し砕けた話し方をする。
「まず、劇場関連作のコーナーだけど、もう少しスペースを広げて面の陳列を増やせないかな。今のままだと背表紙ばっかりだからちょっともったいないと思うんだよね」
「はい」
「あと、この商品は何々コーナーへ移動してますっていうお知らせポップがあるものと無いものがあるよね。これは全部のポップを入れるようにしてほしい。どこにあるか聞いてくれる客ばかりだといいんだけど、もちろんそうはいかない。大抵の客は見つからなかった時点で無いんだとガッカリして帰ってしまう。そしてそういう人は大抵二度と来なくなる」
「確かにそうですね。すぐに改善します」
完全な私の確認ミスだ。落ち込んでいるとそれを察したのか竹島さんは真面目な表情を明るく変えた。
「でも、このコメントカードはすごくいいと思うよ。書いた人がこの映画を大好きで、皆に見てほしいって情熱が伝わってくる。これ書いたの榊さんだろう?」
「あ、はい。よく分かりましたね」
「何度も見てるからね。やっぱコメントは手書きの方が目を引くなぁ。本部からもコメントを送ってるけど、活字だとどれも同じに見えるし、心に響かない。これからも頑張って」
「……ありがとうございます!」
私はその洞察力の高さと思いやりに尊敬の念を抱く。悪いところを注意した後に良いところを褒めて伸ばす。これが指導の基本なんだなぁ。
その後、各担当と同様のやり取りをした後、竹島さんは次の店舗へ移動する時間になった。車で来ている竹島さんを店長の指示で駐車場まで見送りに行く。
「1日で何店舗も回るなんて大変ですね」
「いや、慣れればそうでもないよ。ただ、その店舗の粗を探してつつくっていう姑みたいなことが仕事だから、各店舗で嫌がられるのが悩みかな」
「そんなこと……私は助かると思っていますよ。自分たちでは気付かない点に気付かされるので」
「ああ、そういうこと言ってくれるのは榊さんだけだよ……」
竹島さんは泣き真似をして、私はクスリと笑う。
「……あのさ、提案なんだけど」
「はい?」
「今度、飲みに行かない?」
「あ、いいですね。社員全員は仕事があるんで無理ですけど、店長と合わせて3人ぐらいなら竹島さんのスケジュールに合わせられると思います」
「い、いや……そうじゃなくって……」
「?」
竹島さんはもどかしそうに頭をかいた。
「俺と榊さんの二人で、って意味なんだけど……」
「あぁ、二人で……って、え?」
「実は、前からいいなと思ってたんだ。……これは、意味、分かるよね?」
「は……はい……」
「ま、考えといて。じゃあね」
言うのが早いか、車に乗るのが早いか。竹島さんはさっと車に飛び乗るとこちらの返事も聞かずに車を発進させて去って行った。
……二人でってことは、デートのお誘いってことだよね……?
まだ徹くんに返事もしてないのに、何でこんなことに……?
徹くんと竹島さん。
それぞれ二人に告白めいたものをされた。
これは世に言うモテキってやつ?
人生初のモテキ到来なのにちっとも嬉しくないってどういうこととなんだろう……。
どうしよう……。
やっぱり、今日も頭が真っ白になったまま、心配した店長が呼びに来るまで私はしばらく立ちつくしていた。