昨日の敵は今日の友?
「うわ、何この服?ダサッ!」
お風呂上がりの莉衣菜さんに大きめのスウェットを手渡すと、開口一番にそう言われた。
「徹くんも着たことあるやつだけど」
私がそういうと、言葉につまり、しぶしぶといった感じで服を着込んでくる。そして冷蔵庫から勝手にミネラルウォーターを出して飲む。自由。自由すぎる。
莉衣菜さんが髪を乾かしている間に、私は予備の布団を出してベッドの横に敷いた。ついでにベッドのシーツも洗濯したてのものに交換した。
「下着もダサいのばっか。こりゃ萎えるわ」
「ちょっ、どこ開けてんの!」
少し目を離した隙に、莉衣菜さんにチェストの引き出しを物色されていた。
「あんた、Cカップなん? そんなにあるようには見えないっちゃけど。見栄張ってるだけやろ。いいとこBプラスやん」
うわー正解。寄せて上げて、何とか誤魔化してますよ。莉衣菜さんはそんな必要が無くていいですね!と卑屈な気分になる。この、胸が小さいと言うだけで生まれる劣等感は何とかならないものだろうか。
別に小さくて困ることがあるわけじゃないか。むしろどんな小さい服でも着ることが出来るし、狭い所に入ることが出来るし、肩凝りだってしないで済むもんねー! ……あ、自分で言っててちょっと悲しくなってきた。
「もう寝よう! 福岡から来て疲れてるよね?」
「えー。こっからが面白かとにー」
これ以上漁られたらたまらないとばかりに、私はそう提案する。そしてベッドを莉衣菜さんに提供し、私は布団の方に潜り込んだ。
部屋の電気を暗くしたものの、莉衣菜さんがまだ起きているのは分かった。
私も何となく眠れずにいると、隣から声が聞こえて来た。
「あんたさー、徹ちゃんちの事情、どんくらい知っとーと?」
「……全部じゃないと思うけど、大体は……」
「そう」
その後は、口をつぐんでしまって沈黙が訪れる。……寝たのかな? そう思うほどの時間が過ぎて、ようやく莉衣菜さんが再び口を開いた。
「徹ちゃんのお父さんとウチのお父さんが兄弟なんよ。でも、ウチが初めて徹ちゃんに会ったのは、徹ちゃんの両親のお葬式やった」
徹くんの両親が亡くなったのは徹くんが小学校中学年の頃だと聞いている。そんなに近い関係でそれまで会ったことが無いのは、距離が離れているからという理由ではとても片付けられない違和感がある。
「けっこうすごかったとよ、あの時。誰が徹ちゃんを引き取るか兄弟姉妹でお互いに押し付け合ってさ。ウチのお父さん、時子おばーちゃんも徹ちゃんも引き取りたくなかって言い張って……あん時、あぁ、ウチのお父さんはダメな人なんやって分かったっちゃんね」
私は黙って莉衣菜さんの話を聞いていた。莉衣菜さんも返事を期待して言ってるわけじゃなさそうだった。
「徹ちゃん、周りで露骨にそんな話されとるのに、どうでもいいみたいな顔して……目が死んどった。無言で全てを拒絶しとったなぁ」
「……」
「やけん、徹ちゃんがウチを選ぶことは絶対ないって分かっとった。ウチは徹ちゃんの嫌いな親戚を思い出させてしまう存在やもん。でも、徹ちゃんが誰かを選ぶことなんて絶対無いとも分かっとったけん、安心しとったんよ。……それなのに」
莉衣菜さんはそこまで一気に言ってしまうと、ふう、と大きくて長い息を吐いた。
「……徹ちゃんはあんたを選んだ。あんたという存在を、受け入れたんやね」
「莉衣菜さん……」
「なんでこんなオバサンがいいんやろ?ウチの方がかわいいし若いし、胸もあるとにー」
「うぅっ……」
「それなのに、徹ちゃん、あんたのことばり好いとーみたい。……くやしいわー」
「何で分かるの、そんなこと?」
「顔見たら分かる。あんたが徹ちゃんの方を見てない時、すっごい優しい目であんたを見とった。……あんな徹ちゃん、ウチは見たこと無か。やけん、無性にムカついてイジワルしたっちゃんね。ウチが喉から手が出るほど行きたかった場所に、あんたがのほほんとした顔で居ってさ、……悔しくて自分が抑えきれんかった」
言外に謝罪の意味を含ませているのを感じて、私は胸が暖かくなった。
莉衣菜さんは素直じゃないけど、根がとても真っ直ぐな子なんだ。
そこには年齢差だとか、恋敵だとか、そんな大層な違いなんて無い。
おんなじだ。私たちはおんなじ、徹くんに恋している女たちなんだ。
そして私は初めて徹くんに出会った頃のことを思い出していた。
今思えば、あの頃の徹くんは今とは全く違う人だった。
周囲に溶け込んでそつなく何でもこなす人。いつでも笑顔を絶やさない朗らかな人。でも、その目は笑っていなかったように思う。冷たく沈んで、まるでそこに居ないような、遠くを見ているような。あの頃はそんな事ちっとも気付かなかった。今の、本当の徹くんの笑顔を知ってしまったからこそ分かること。
「……徹ちゃんのこと、頼んでもよか?」
「え?」
「お願いやけん、ずっとそばに居てあげて。寂しい思いさせんでやって」
「うん」
「浮気なんかしたら、ウチがあんたを殺してやるばい。分かった?」
「うん、分かった」
「他の女に取られんようにしーよ? あんただったから、徹ちゃんをあげても良かと思ったんやけんね」
「分かった。……ありがとう」
私がお礼を言うと、莉衣菜さんはガサガサと掛け布団を鳴らして寝返りを打ってしまった。恥ずかしがってるのかな? 思わずくすりと笑うと、「うるさい、オバサン、早く寝るよ! ウチは明日早いっちゃけん!」とムキになった声とともに枕が飛んできた。
私が笑いを堪えて枕を返そうとすると、ひったくられるように取り返された。
莉衣菜さん、安心して。
私が徹くんを裏切ることなんてないから。
こんなに人を好きになったことは今まで無かったもの。
何が彼の心を動かしたのか、私には分からない。
私が彼を救った、なんて到底思えない。
ただ彼を想うことしか私には出来なかった。
でも、徹くんは私を選んでくれた。
そして私も、彼を選んだ。
それだけで十分。
ロクに恋愛もしたことない私が言うのはおかしいかもしれないけど、この人だって……私はこの人に出会うために生まれて来たんだって、今ではそう思えるんだ。
世の中には素敵な女性が溢れているけれど、その誰にも負けないくらい、私は徹くんが好き。
私のすべてで、徹くんを愛し抜くって決めたから。
どんな魅力的なライバルが現れても、もうくじけないよ。
莉衣菜さん、あなたにも絶対負けないからね。
「言っとくけど、ウチの方が徹ちゃんのこと好いとーとばい?」
「いや、私の方が好きだよ?」
「いーや、ウチや!」
「いやいや、私だって!」
「ウチや! いーかげん負けを認めんね、オバサン!」
「そっちだってあと10年もすればオバサンなんだからね!」
「そん時はあんたはおばーさんばい!」
「そ……そういうこと言うー?」
大人げない私たちの口喧嘩は、夜遅くまで続きました。
あー、明日も肌ガッサガサなんだろうなぁ……。




