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one step at a time

*4月22日(日) 曇り*


 翌日。時間通りに通勤してきた坂木(さかき)くんと一緒に実際に接客してみる。昨日の今日だから大丈夫かと不安だったけど、意外とスムーズにこなせているようだ。接客も丁寧だし、接客用語もちゃんと声を出して言えている。しばらく様子を見ていて、もう一人でも大丈夫かな…とレジを任せて売り場の見回りをしようとカウンターを離れかけると、年配の女性に話しかけられた。


「あの……ごめんなさい、忙しそうな所に。探している映画があるんだけど、題名がどうしても思い出せなくて……」


「そうですか。ではその映画の内容や出演している俳優さんなどはお分かりでしょうか?」


「えぇと、洋画なんだけど、有名な女優さんが出ていて、そうそう、金髪だったわ。それで、過去から男の人がタイムスリップして来て、恋に落ちるの。10年くらい前の映画だったかしら……」


「金髪の女優さん……もしかして、『アメリカンな恋人』ではないでしょうか? 貴族の恰好をした男性が過去から現代にやって来る話なんですが」


「ああ、そんな感じだった気がするわ。案内していただける?」


「はい、今お持ちしますのでご確認ください」

 

 小走りでDVDを持ってきて手渡すと、どうやら正解だったようで女性は飛び上がらんばかりに目を輝かせて喜んだ。


「そうそう、これよこれ! 助かったわ~。少し前に思い出して、それからずっともう一度見たいと思っていたの」


「そうでしたか。見つかって良かったです。実はこれ、私も好きな映画だったので……」


「あなたも?! 良いわよね~、この映画!」


「はい。俳優さんも男前ですしね」


「そうなのよ~!」


 ひとしきり盛り上がった後、女性はありがとう、と何度もお礼を言って帰って行った。


「……すごいですね」


「え? 何が?」


 一連の流れを横で見ていた坂木くんが驚きと尊敬の入り混じった目で見てくる。


「あれだけの情報で映画を言い当てるなんて……」


「ああ、そのこと。たまたま好きな映画だったから。坂木くんも映画好きなら私レベルにはすぐなれると思うよ」


「頑張ります」


「うん、頑張って。この仕事は思ったよりも地味な作業が多くて大変だけど、その分喜びも多いんだよね。全然レンタルされてなかった商品が、手書きのコメントカードを貼った途端に借りてもらえたり。今みたいにありがとう、って言われたり。そんなことで嬉しくなるんだ。単純だけど」


「なんか、いいですね。そういうの」


「そうかな?」


 思わず語ってしまって恥ずかしくなる。慌てて、じゃあ、事務所に戻るから何かあったら呼んでね、と言い置いて足早に退散する。私の後ろ姿を坂木くんがじっと見てることには全く気付かなかった。



*4月26日(木) 雨*


 今日は売り場の乱れを直していると、新人バイトの森口さんが立ち読みしているお客さんに注意もせずに素通りするのを見てしまった。注意しなくちゃ。

 森口さんは女子大に通う大学2年生。いつもかわいらしい洋服を着ていて、髪も寝ぐせ一つないほど完璧にセットしているような女子力の高い女の子だ。でもその見た目とは裏腹に、性格は勝気で負けず嫌いっぽいところがあるから、あまり刺激しないようにしないといけない。


「あの……森口さん」


「はい?」


「あのね、レンタルコミックの棚返却に行ってくれるのはとても嬉しいんだけど、立ち読みしてた人が居たでしょ?ああいうのはやめてもらうように注意してもらえるかな?」


「え……でも、前に注意したらすごく嫌な顔されたんです。それに、今は他のお客さんも居ないし」


「……他のお客様が居る・居ないに関わらず、出来たら10分以上立ち読みしているお客様にはやめてもらえるように促してほしいの。たくさん漫画を読まれてしまったら、店の利益が減ってしまうでしょ? お金を払って借りる他のお客様にも申し訳ないし。それに遠くからも立ち読みしてるのが見えるから、近くに行きにくいなぁと思ってるお客様もきっと居ると思うの。それと、注意するときは『お客様、申し訳ございませんが立ち読みはご遠慮いただけますか』って丁寧にお願いするといいよ」


 森口さんは注意されて明らかに不満顔だ。誰だって人に疎まれるのは嫌だし、出来れば注意なんてしたくないだろう。睨まれたり舌うちされることもある。だけど、それも仕事のうち。快適な売り場の雰囲気を作るのも私たちの役割だ。

 そしてスタッフの教育係は私。あぁ、私の言い方が悪かったのかな。怒られていると取られてしまったかもしれない。やっぱり人に注意するのは苦手だ。


「確かに、立ち読みしてる人がいるとその棚には行きづらいですよね」


 その時、後ろからひょいと坂木くんが顔を覗かせてきた。お会計待ちのお客様の波が途切れたので、棚返却を手伝いに来てくれたようだ。


「そこが見たい場所だったりすると、もう最悪で」


「あーそうかも! そういう人に限ってどいてくれないよね!」


 森口さんは振り返って坂木くんと話し始めた。さっきまでの不満顔が嘘みたいな笑顔だ。良かった、ご機嫌なおったみたい。ホッとして小さく息を吐くと、坂木くんが目配せしてきた。

 そっか、私たちが揉めているのを見て助け船を出してくれたんだ。私は、ありがとう、と目で返す。

 助かった……けど、年下にフォローされる私って、かなり情けない……。


「すみません、榊さん。これからは注意するように頑張ります」


「ううん。私もきつく言ってごめんね。じゃ、よろしくね」


 ひとまず解決したので、自分の作業に戻るために事務所に向かう。5月から変更になるコーナー用のポップを作っている途中だったのだ。事務所でポップに使えそうな画材を広げつつ、私はどっと疲れを感じてため息をついた。


 あぁ、人に上手に注意するって本当に難しい。これは今後の課題だな……。

早く帰ってお風呂に浸かりながらゆっくりしたい。


 ……これを人は現実逃避と呼ぶのだろうか。


 今日の空と同じように、私の心には暗雲が立ち込めていた。

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