『 Secret 』part.1
静寂と安らぎを好む、泊高等学校に通う生徒、巳橋夏樹。
彼女が訪れたその場所は、まさに彼女自身が求める空間だった。
同じく泊高等学校へ通い夏樹のクラスメイトである横井翼は、夏樹をその場所へと招待した。
静寂が生む安らぎと目前に広がる景色は、遠い過去の悲しみと、訪れる始まりを描いていたのかもしれない。
「.....もう6月...か」
涼し気な夜の風が肌をそっと撫でる。
音もなく靡く初夏の夜風は、控えめに聴こえてくるジャズの音楽と共に程よく絡まり心地良い。
耳を澄ますとより正確に聴こえてくる。
歩いている人たちの足音が一つ二つと、静かに鳴っているウッドデッキの端で、椅子に深く腰掛けてまた景色を眺めた。
遠くに海が見える....。
ここは高い丘の上。
とても見晴らしの良い景色が広がっている。
小さく見える夜の町は、灯りを所々に煌めかせている。
小さいけれど、確かに。
場所によっては消えたり付いたりを繰り返して。
車のヘッドライトが多く並んでいるようなあの橋は、渋滞でもしているのかな。
そしてもう少し向こうに見える海は暗い地平線を描いていた。
明るい町と隔てられたように暗く染められた水面は、不思議と心を癒してくれる....。
光の賑わいから少し距離を置いて...
静かな自分だけの場所で、ひっそりと佇む。
夜の海が住まうその静寂は、何者にも触れられない神秘の場所。
そんな海が、私の求めているもの、そのものであるような...
そんな気がした。
「....何だか、ちょっと肌寒いなぁ......」
6月の初夏の夜風は、薄着の私には少し肌寒かった。
今夜は少し温度が低い...。
「.....コーヒー、まだかな...。」
小さく聴こえていたジャズの曲調が変わった。
落ち着いた雰囲気のものから、少し明るげなものへと。
リズミカルに食って入るようなベースのテンポが、また心地良い。
身を委ねてしまいそうな曲調に、自然と耳を奪われる。
それでいて、静かで。
出来ることならば....もっと長くこの時間が続けば...
日常の全てを忘れて.....。
また景色を眺める。
滞っていたヘッドライトの数は、緩やかに流れ出していた。
明滅している、恐らく信号機の灯りが、ここからだと小さいビー玉のようで少し可愛らしい。
「なんかミニチュアみたい...」
微笑ましい気持ちになって、私はテーブルに肘を付いて眺めた。
幼い頃を少し...思い出した。
また....今日も....。
「.....兄さん......」
やめよう...
感傷的な気持ちになるのは。
思い出さなくていい...。
だって今日は......
DARK SCENE 『 Secret 』 part.1
「夏樹さんっ!コーヒー貰ってきたよ〜」
すると背後から声が聴こえた。
振り向くとそこにいたのは両手に飲み物のカップを持った彼だった。
「結構時間かかったのね、コーヒー」
同級生の横井翼。
笑顔でコーヒーカップを持ってくると私の手元に一つ、自分の所にも一つ置いて向かいの椅子に腰掛けた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして!....いやー、ほんと話が長引いちゃってて....ごめんね」
彼はそう言ってアイスコーヒーを飲む。
喉が乾いていたのか、勢い良く喉を鳴らして飲んでいた。
私には気を遣ってくれたのか、ホットコーヒーを持ってきてくれた。
「今日は僕の奢りってことで!」
「悪いわね...じゃあ私もいただきます」
置かれたホットコーヒーを飲む。
いい香りと共に身体の芯まで暖まるのを感じる。
寒がりのこの身には丁度いい温度だった。
ここは、翼がよく来ている喫茶店らしい。
彼は中学の時からここには足を運んでいるようだった。
丘の上にある、見晴らしのいいウッドデッキが設けられた、大き過ぎでもなく小さくもない店。
今日.....初めてここへ来たけれど、このウッドデッキからの景色を見た時...
どこか懐かしさを覚えた。
「...いつも話してるの?...お店の人と」
「そうだよ、あの子は鈴蘭高校の生徒だけど、もうアルバイトなんてしちゃって大変だねーってそんな事話しててさ」
「.....それは大変ね」
彼はまた喉を鳴らしてアイスコーヒーを飲み始めた。
「....そんな冷たいの一気に飲んだら、お腹壊すよ」
「いやだって、喉乾いててさー!」
そう言って翼は笑う。
.....私たちはまだ、会って数ヶ月。
高校入学と同時に同じクラスになって...。
ただのクラスメイトだけど。
.....なんでだろう....翼の笑う顔は癒される.....。
その表情は無邪気で...
出来ることならずっと.....
「ん....?夏樹さんどしたの?」
「えっ?.....あ、いや、なんでもないよ.....」
少し眺めすぎてしまった....
勘違いされたくないから、目は逸らした。
でも、ほんとに.....
「僕の顔、なんか付いてる...?」
「い、いや....別にそういう訳じゃ......」
そう言って彼の表情を見て、ある事に気付いた。
「って、翼...もしかしてそれ、汗?」
「えっ?あ...あはは....!ホントだ」
見ると彼は額に汗を滲ませていた。
「こんな涼しいのに暑いの!?」
「ちょっとね....!....あ〜、これからどんどん暑くなっていくのか〜.....」
彼は遠い空を見ながら項垂れてた。
「ほんっと.....暑がりね....私なんか長袖なのに」
翼は半袖のシャツを1枚着ているだけ。
男子って.....みんなこうなのかな.....。
「そんなことないよ〜、みんな寒がり過ぎなんだって!それじゃ東北には住めないね!」
...そう、彼は今年こっちに引っ越して来たばかり。
元は東北に住んでいて、たしか父親の転勤で....
「私は絶対そんな寒い所住めない...」
そう言ってホットコーヒーを一口。
暖かい、やはりこれが一番だと感じる。
なにより、こんな所に誰かと来るなんて、滅多になかったから.....。
暖かい....。
「翼.....」
「ん?どしたの夏樹さん」
「もうしばらくは、涼香にいるんでしょ?」
なぜか今、そんなことを聞いてしまった。
「んー、まだ分からない。もしかしたらまた秋田に戻るかもしれないし、名古屋にだって行くかもしれない...」
「あ.....そ、そうなんだ」
翼の口から出た言葉は、少し予想と違って驚いてしまった。
どこか寂しく思えてしまった自分がいる。
「....でも、まだしばらくはここにいるよ!父さんもこの町が好きらしいしね」
すると彼は、私の思いに気付いたかのように、そう言ってくれた。
本当に気付いているのか分からないけれど。
「もちろん、僕もこの町は大好き....」
彼は笑って、広がる空の向こうを見て言った。
彼は...よく空を見る。
初めて会った時も、話す中で不意に空を見て少し微笑んでいた。
そしてその時はいつも、何もかもを知り尽くしたような.....どこか達観した目をしている.....。
その仕草が印象的で、普段の明るい彼とは別人のように、一瞬だけ見えてしまう。
「.....翼...」
「あ、そうだ!夏樹さん今度家に来なよ!見せたいものがあるんだ」
「ふぇっ!?」
突然過ぎて私は変な声を出した。
周りの人の視線が集まったような.....気がした。
「あはは!そんなに驚かなくても!」
「え....だっ、だって....」
私は周囲を見渡す。
歩いている人一人と、すぐ向かいに座っている夫婦と目が合った。
どうしよう.....
二つの意味で恥ずかしい...。
「明日か明後日、どう?予定ある?」
急すぎて頭が回らない....どうしよう...。
あっ....でも明日は.....
「あっ、明日は無理だから...」
「じゃ明後日!!」
「えっ...?あ.....明後日なら....」
「やった♪決まりね!」
急に決まってしまった....。
翼はいつも決めるのが早い.....。
でも、家に行くなんて...
そんな....
「よかったぁ〜!あ、何時にする?場所分からないと思うから、迎えにいくよ」
男の子の、家になんて....
記憶にはあるけれど、最近は全くだったし....
「僕も夏樹さんも準備があると思うし....お昼前とかどうかな?」
高校に入ってすぐ....こんな...
「それか、家まで迎えに行こうか?」
....!!
「だっ.....!と、図書館の前で待ち合わせしよ...!」
私はパッと口から出た言葉を放つ。
自分がなんて言ったのかあまり分かってない...。
「え、でも日曜って図書館空いてたっけ?」
「前だから!前!!図書館の前の噴水みたいな所っ!」
焦ってつい声が大きくなる。
と同時に、歩いてきた人と目が合う。
「....あ.....」
「もう、夏樹さんってば、あれ噴水じゃなくてオブジェだよ?」
「.....へ?」
頭が回ってない....そんな気がした.....。
翼はニコニコと笑っている...。
「もうっ、地元民のくせに!あははは!」
なんだか.....すごく恥ずかしい....
「ご....ごめん.....なんか取り乱しちゃった...」
「あははは....それは嬉しくて、ってことでいいのかな?」
....少し違う、けど。
間違いでもない、のかな。
「そ....そういうことでいいよ」
「ふふ....日曜楽しみ!」
なんかこの一瞬でとても疲れたような気がする....。
今日が金曜日でよかった.....。
でも、日曜日....
緊張....するけど....。
ちょっと.....楽しみ。
景色の向こうをそっと眺める。
夜も更けたからか、遠くに見える車の数はさっきより少なくなっていた。
海は、相変わらず暗く静かで...
「そうだっ...土曜はデパートにでも買い物行かなきゃな....夏樹さん、なんか食べたいものとかある?」
突然翼は私にそんなことを聞いた。
「え?....た、食べたいもの?」
「うん、お昼ね。せっかくだから家で食べるでしょ?」
「いっ、いいよ、そんな悪いし.....コンビニで済ますから....」
「コンビニって....まさか夏樹さん、コンビニの弁当とか食べるの?!」
彼は突然真剣な顔になって私に問いかける。
「....まぁ、たまに.....かな」
「だめだめだめだめっ!危ないよっ!!あれはね、添加物の塊だからっ!!!健康に良くないんだっ!!!!」
突拍子も無く早口でそう告げる。
私は驚きのあまりその言葉を聞くことしか出来なかった...。
「お肌だって荒れちゃうんだから!!女の子があんなの食べちゃだめ!!だめだめだめだめ!!」
激しく真剣な表情の翼。
なんだかその表情が可笑しくって、私は急に笑ってしまった。
「ふっ....ちょっと....やめてよ、笑えてくる....っ!」
「なっ....何がおかしいの!?コンビニのお弁当はもう食べちゃダメだからね!?」
その反応もまた可笑しくって、再び笑ってしまう。
「っ...!わ....分かったから!もう食べないから....それやめて!」
「分かった!?いい?せめてサンドイッチとかにしといてね!!分かった!?」
もう....翼ってば。
絶対笑わそうとしてる....
それでもその表情はやはり真剣で.....。
それが可笑しくってまた笑ってしまう。
こんなに笑ったの....久しぶりだなぁ.....
私はそんなことを思いながら、早口な翼の熱弁でまた笑っていた。
――――――
「.....ご馳走様」
店を出ると涼しげな風が二人を迎えた。
予想以上に涼しくて、肌寒いほどだった。
「いえいえ、また来ようよ!近い内に」
翼はそう言ってふと空を見る。
「.....ずいぶん遅くまで居ちゃったね....」
時間を見ると私も驚いた。
「ま....まさかこんな時間までいたなんてね.....」
時刻は深夜2時過ぎ。
翌日が休みとは言え、さすがに時間が遅すぎる。
「....僕は家に遅くなるって言ってあるんだけど...夏樹さん、大丈夫?」
「....私も言ってあるよ。......それに、家にも....母親だけだし...」
「....そっか.....!」
彼は安心したように笑っていた。
私と翼は自転車に跨る。
来た時よりもお客の数は減っているが、それでもまだ何人かの人で店は賑わっていた。
「次来た時は私が奢るわ。今日はほんとにありがと...」
「ほんと!?楽しみにしとくからね!」
翼は笑う。
今日もまたこうやって翼の笑顔が見られて....
幸せだ。
出来れば....まだこうしていたいけど....。
「それじゃ、夜遅いから気をつけてね!夏樹さん。また日曜日ね!」
私たちは店から出てすぐ、別々の方向へ。
この丘からすこし外れた所に住む翼は、いつもここへ自転車で来ていたらしい。
ここを降りて少し行った所にある私の家とは、逆方向。
帰りが別々なのは寂しいけど.....私は明後日の事で頭がいっぱいだった...。
(.....服装...どうしよ...)
そんな事を考えながら、翼を見送った。
「おやすみ.....翼...」
その背中が見えなくなると、私は別方向へ自転車を走らせた―――――。
坂を下り、細い道を抜け、自宅近くの町に差し掛かった。
さっきあの店から見下ろしていた風景のすぐ近く。
この町から少し行くと海が見えてくる。
自宅からは少々離れているものの、よくその海には足を運んだ。
一番新しい記憶には、高校受験の前日...。
不安な気持ちを埋めるかのようにただ海を眺めていた。
それで何が変わるといったことではないけれど。
確かに安らいでいった心があった。
翌日の試験も終えて、合格発表の日...。
涙を流したっけ...。
嬉しくて。
私は泊高校に合格した。
そして今がある。
「.....。」
翼に出会えたのも....あの高校に入ったおかげ。
......本当によかった。
学校生活も充実している。
周りの環境も良くなってきた...。
いつかの悲しい日々が......
まるで嘘だったみたいに.......。
光に照らされている。
そう思える日々.....。
今は.....幸せなんだと。
胸を張ってそう言える。
たとえ、失ったものが....戻らなくても.....。
「.......また....」
考えてしまった。
.....駄目... 忘れなきゃ....。
死んだ命は戻ってこない。
そう言われたじゃない。
今は.....ただ前を向いて生きる。
それだけ。
それだけが、一番の弔いになるって。
そう教わったから。
私は......生きよう。
幸せを感じながら。
上り坂に差し掛かる。
私を力強く自転車をこぐ。
もう.....自分に負けないように。
過去を拭い去るように...。
勾配な坂を上りきる頃には、少し晴れやかな気持ちになっていた。
吹き抜ける夜風が心地いい。
坂を上った先の堤防からは、夜の涼香川が一望できる。
この先の橋を渡ったすぐの所に自宅がある。
私は、この軽やかな気持ちが途切れないようにと走り抜けた。
......夜風吹き抜ける橋の上は新鮮な空気を感じた。
いつもと違うように感じるのは、こんな気持ちだからだろうか....?
私は川辺の方を見る。
月明かりが綺麗に川の水面を照らしていた。
暗い夜の中で光を描いている。
その景色は初めて見る光景かのようにこの目に映った。
「.....綺麗」
それと同時に川辺の砂地も少しだけ明かりが照らしていた。
夜なのによく見える.....。
気付けば私は橋をもう少しで渡り終える所まで進んでいた。
景色に気を取られこんなにも早く渡り終えるなんて。
普段では滅多になかった。
川をこうやって見る事なんて..........
「.........?」
私は橋の途中でふと自転車を止めた。
ふと目を向けた先に何かが見えた。
土手の芝生になっている所で....
「.....何.....?」
誰かがいる。
こんな暗がりの中で...。
一人.......いや..........
二人.....?
斜面になっている土手の芝生で、二人の人影が見えた。
.........動いている。
.....のは、一人だけ.....?
ここからの距離からだと、何をしているのか分からないけれど...
片方の一人は起きていて、もう片方が.....恐らく、寝ている.....?
よくわからない状態。
土手で涼んでいる.....としても時間が遅すぎる...。
一体....何をしてるんだろう.....。
そんな事に構わずそのまま帰ってしまおうかと思ったけれど...
何故か離れられずに、その様子を窺っていた。
「.....こんな時間になにしてるんだろう....あの感じだと....男性なのだろうけど....」
すると片方の一人が、もう一人の寝ていると思われる人影に顔を近づけるようにして近づいた。
「.....なにがあったの.....?一体.....怪我をしているわけでも....なさそうだけど..............っ!?」
突然、近付いた方の人影が寝ている方の顔へ、明らかに至近距離まで顔を近づけている。
その様子は、口付けをしようとしている姿に見えた。
「.....やっ!!......だ..............」
私は即座に目を背けた。
「......み....見ちゃった......?」
私はとんでもないようなものを見た気持ちになった。
.....あんな場所で......大胆........
目を逸らしたままで、私はその場に立ち尽くす。
見てはいけないものを目撃した......
そんな気分だ.....。
「.....どうしよう、どうしよう.....関係ないのに恥ずかしいよ.....」
でも....何故、こんな所で........
それに.....
「同い年.....くらいじゃない......かな......もしかしたら........」
私は恐る恐る、もう一度人影の方を見た。
あの姿は、もしかしたら同じ高校生くらいの人じゃないだろうか...。
そんな事を思ってもう一度探したとき、不思議な光景が見えた。
「え.......?」
一人を背負うようにして土手を登る人影。
.....それはまるで、死人を運んでいるようにも見えた。
「......どっ...どういうこと......」
ただ黙々と体を背負い歩く、一人の姿。
背負われている方は、恐らく寝ていたように見えた方。
今もただ背中で眠っている.....だけ.....?
でもそれだけなら.....何故起こさないで背負っているの.....?
私はその土手を登る人影を眺めながら、尽きない疑問でいっぱいだった。
あの人は.....一体何をしてる......?
こんな深夜....あんな場所に.....二人だけで......
そこまで考えたとき、嫌な予感が頭をよぎる。
(私は.....何を考えて......)
(いや.....でも...)
やがてゆっくりと土手を登り終えて堤防の道路へたどり着く人影。
私は居てもたってもいられず、静かにその姿を追った。
「.....あのまま.....どこへ行くんだろう.....」
不恰好に一人を背負った、恐らく高校生くらいの男。
私が帰る同じ方向へただゆっくりと歩き出している。
どこへ向かうのか.....
その疑問だけが私を突き動かした。
けれど、出過ぎたことはできない.....。
それを説明付けるかのように、その男は周囲をキョロキョロと目配せて歩いている。
それは....人目に触れないようにだろう。
けれど、たとえこんな深夜だとしても....車通りもあるこの場所で....
誰にも見つからないと思っているのだろうか.....?
まだ顔もよく見えないその男は、周囲を気にしながらもゆっくり歩き続ける。
私は男と距離が十分に空いたことを確認して、その後を追った。
「......あ...」
突然、男は歩いた道を引き返そうと別方向へ歩き出す。
私は咄嗟に自転車を傍に停めて、橋の手すりの柱にしゃがみこんで身を隠した。
静かな深夜に、歩いてくる男の足音だけが小さく響いている。
私は自分の鼓動が少しだけ早くなっていることに気付く。
「.....まさか.....橋まで来ない.....よね......」
嫌な予感が頭をよぎる。
もしここにいることが知られたら.....
こんな時間にうろついているあの男....何をし出すか......分からない......
私は急に怖くなった。
あの男は....安全ではなさそう.....
.......どうしよう.......!
私は自転車のサドルに手を乗せる。
もし見つかったら.....自転車に飛び乗って逃げればいい......
そんな事を思った。
けれど.....逃げられるかどうかなんて........
分からない.....。
「........っ.....!」
響いてくる足音。
こっちに近付いてくる。
「......どうしよう........やっぱり........!」
逃げるしか.....!
そう決心した、
その時だった。
堤防の階段を降りていく音がする。
私はそっと腰を上げて堤防の道を見た。
あの男がゆっくりと反対側の階段を降りていったのが分かった。
「........よかった.........」
どうなるかと思った....けれど......
見つからずに済んだ。
「......もう.....帰ろう......」
嫌な予感しかしなかったのだが....自分の好奇心を恨んだ。
何も見なかったことにして、帰ろう。
私は男が引き返してきた道.....堤防の道を進んで帰ることにした。
明日は用事もある。
明後日は.....翼にも会うし.....。
早く帰らなきゃ.....。
再び自転車をこいだ。
もう心配はないのだと言い聞かせるように。
私は堤防に道を走り出す。
男が降りていったであろう、階段を横切る。
その時、不意に私は階段を見下ろした。
至極自然に。
けれど....そこに、まだ男の姿はあった。
ゆっくりと階段を降りていた。
「........!! ....................え.....?」
その姿が見えただけなら、驚いて身を引くだけだっただろう。
けれど、そこに見えた姿が。
とてもじゃないけど...."知らない人"には.....思えなくて。
「......え?」
その姿に、思わず動きを止めて立ち尽くしてしまった。
「........翼....?」
to be continued...
*
この話から第二章、となります。
結局書き始めてしまったので、また書いていくと思います....。




