『Another sins』
「...暗いな」
人通りのない静かな深夜、友人の由沙を連れて外出した。
行き先は川。
近所の川.....。
暗すぎる深夜三時の道を二人で歩いていた。
辿り着くべき場所は、川。
普通の、その辺にあるような....普通の川に。
川なんて....本当に久しぶりに行く...。
きっと昨年の...いや、一昨年の....夏に...。
一昨年の?...いや、それより前か?
中学二年.....?
もうそれくらいに前になるだろう。
元々、川に何の興味もない。
今までそうだったし....
それは今日だって...。
「黒乃〜、なんで今日なのぉ?明日でよくない〜?」
暗闇の中で隣を歩くのが、俺の友人....いや親友の由沙。
俺の大切な....でも普通の関係の....なんていうか...す、好きな....男友達。
好きって言っても、普通に話したり、一緒に登校したり....
好きだからと言って...告白とか.......
そういう事は......して...ない。
「ねー、黒乃.....顔、赤いよ?」
「えっ.........!?」
突然近付いてきた由沙に俺は驚いた。
暗闇の中でも分かるくらい...その瞳は俺をのぞき込んでいる。
「大丈夫?体調悪いんじゃないの?」
午前の少し冷たい夏夜の風が二人を撫でる。
由沙は俺をのぞき込み、丸く大きな瞳を瞬かせる。
.....だっ..駄目だ....。
「だっ....大丈夫だからっ....ほ、ほら...今日呼んだのも俺だし!」
高鳴る鼓動を抑え込み平静を保つ。
「んー、そうかなぁ?なんか体調悪いか、変なこと考えてる顔してたよぉ?」
ギクッ
「ッ.......!!」
心臓が跳ね上がり何かやましい事でもあるかのような感覚に陥る。
そんな...そんなことじゃ....
「あ...もしかして黒乃、図星?」
彼は人差し指をピンと反らせ俺に向ける。
その表情は不敵に、悪戯に、笑んでいる。
「.......黒乃の変態っ」
「ぐはっ」
由沙の一撃を食らう。
もう食らい馴れたと思っていた、良心を抉るような視線の目と、どこか誘っているような口角に...。
俺はふらふらと仰け反りそうになる...。
こんな暗闇で、お互いの姿さえ虚ろな状態の今...
俺達は二人だけで....誰もいない地元道を歩いている。
「もー黒乃、倒れたりとかしないでよ?」
呆れたように言う、この彼が。
「...たっ.....倒れるなんて...出来るわけないだろっ...。.....お.....お前を呼んどいて...」
由沙が、俺の事をどう思ってるのか...。
「ふぁ〜...逆に俺は眠くて倒れそうだよ〜....」
あるいは、友人としてどう捉えているのか...。
「っ....!寝かせない....!....からな」
それがただ....知りたくて。
「え?なに?期待するよ...?」
「んなッ............!!」
DARK SCENE 『Another sins』...
物静かな深夜の野外に、涼し気な風が一つ吹いた。
「なに今の声っ!?変なの!」
俺の声に彼は笑っている。
確かに今....頗る変な声が出た...。
「今の声もっかい出してよ」
追い討ちをかけるように懇願してくる...。
「いや.......今のは...もう無理....」
「えぇー、頑張って出してよ、減るもんじゃないし!」
俺の喉を擦りながらそう言う。
と言うよりは...撫でるように。
いや、そんなことしても意味無いぞ、
という空気の読めない台詞は控えて、
俺は由沙の手の温度を感じとる。
....仄かに暖かくて、その手の温度は俺の体温を丁度良い温もりで包んでくれた。
由沙の手の暖かさは俺にとって大切な安らぎなんだ...。
出会った時から.....
そしてこれからも。
必要な温度.....。
「....なんか企んでるでしょ絶対」
突如として言い放つ由沙。
俺はまたもドキッとしたが、あくまで冷静を装う。
「...何も企んでないって」
「ほんとかな〜?なんかされそうで怖い...」
彼は笑ったままの表情で俺を怪しがって見る。
ただただ揺れ動く鼓動をなんとかして抑えて対応する。
「なんもしないから!...ただ一緒に散歩したくて...呼んだだけだし...」
「そんなの、俺じゃなくてもよかったじゃん?」
由沙はもっともらしくそう言った。
けど...
「おっ......お前じゃなきゃ...意味無いし.....」
「なにそれプレッシャー凄いんですけど...」
俺は急に小っ恥ずかしくなってしまった。
自分の言った言葉に。
由沙は冗談交じりにだが、引くこともなく聞いてくれているのに...。
駄目だ....!ここで引いてられるか.....!
「こんな星が出て...その........綺麗だからさ......折角だしお前と......ほっ、ほら!お前星座とか好きだろ!」
完全に今思い付いた口実。
「俺も星は好きだし、お前と見れるならちょうどいいと思ったんだよ...」
その言葉に由沙は控えめに笑った。
「...そっか......」
心做しか若干、照れているように見えた。
気の...せいかな。
「...それじゃ、こっから競走ね」
「え?」
ラフな服装の彼は膝を屈めて構え出す。
「こっから先に涼香川に着いた方が勝ちね」
流暢に流れ出した言葉を聞き取ったか否かの最中、
「負けた方は飲み物奢ること!」
軽快な彼は走り出した。
「は.........は?........!!」
つられて俺も走り出す。
その準備もないまま。
「ゆっ....由沙!!」
「アハハハ!なに?黒乃!」
彼はもう先の方で、俺を振り返っている。
正直もう勝てっこない。
「のっ....飲み物って!....何飲むんだ!?」
それでも俺は諦めることなく走る。
「今言う台詞が、それ!?」
由沙は甲高い声で問う。
その様子は健気で......楽しそうで.....。
そんな彼を...離さないように。
「待てぇ!とか、ないわけ!?」
見失わないように...。
「....え!?っ....なにが??」
よく分からなくて息を切らしながら俺は問い掛ける。
「アハハ!黒乃って...ほんと天然....!」
堤防近くの階段を軽快なスピードで駆け上がる由沙。
「なっ....ここで階段はキツい!!」
明らかにペースダウンしてしまう俺。
「黒乃遅いよ!早く早く!」
二段抜かしで颯爽と登る由沙の足音と、
急な階段を息荒く登る俺の足音。
静かな夜に、二人だけの音が響いた。
ーーーーー
「おそ〜〜〜い!」
川辺の方で由沙が呼ぶ。
暗がりだけれど、全然見えないわけでもなかった。
月明かりがとても明るい。
「.....由沙....走るならそう言ってくれよ...心臓が....」
「も〜、ほんと運動音痴なんだから」
「そ...そりゃあお前に比べたら....」
「帰りはコンビニ寄らなきゃね!あー楽しみ♪」
悪戯に笑う由沙。
まだズキズキチクチクと痛む心臓と片腹を抱えながら息を切らしている。
そんな情けない俺は改めて由沙を見る。
少し走ったことによって火照った頬が、由沙の白くきめ細かい肌の上で紅く彩りを見せている。
俺ほどではないが、ほんの少し息を切らして。
その姿になんとも言えない興奮を覚えてしまう。
「....もうっ黒乃!なに?じろじろ見ないで!」
少し恥じらったように言うその様子が、またたまらなくさせる。
改めて思うが、本当に綺麗な顔立ちをしている。
たれ目気味の瞼は長いまつ毛を伸ばしていて、女と言われれば余裕で信じてしまうほどに可憐。
少し長めに伸ばされた髪は茶色がかりさらさらとして、すごく触り心地がいい。
あまり触ると怒られるが...。
今は夏ということもあり、彼は好んで短パンを履いているが....
足が本当に綺麗。
由沙は驚く程に美脚。
少しだけ脚フェチの俺からすると、そこもたまらない。
そしてたまに甘い匂いがする。
香水か?と聞けば、よく家でお菓子を作るためその匂いが付いているのだとか...。
その趣味もまた、たまらん。
この見た目で、ほのかに香る焼いたクッキーの甘い香り...。
嗚呼.....たまらん.....たまらん
たまらんぜよ...。
俺は夜空を見上げ今まさにこう思う。
神よ....彼との出逢いに感謝する...。
そして神よ、彼をどうか俺だけのもn....ぐはっ
首元にチョップを食らった。
由沙の得意の一撃が俺にお見舞いされる。
「急に空見上げながら妄想するの辞めてもらえる?」
「は.....はい」
そして可憐な彼は時にドSである。
そこも俺にとって素晴らしき要素...
俺は少しズレたコンタクトレンズを、瞬きをして元に戻す。
再び視界に広がった夜の世界。
川辺に降りた俺と由沙は静寂が唄う夜を、月の明かりを浴びながら少し歩いた。
「涼香川....久しぶりに降りたよ」
「俺もだ....なんか.....変わらないな、ここは」
「そうだね....雑草が生い茂るわけでもないし....ごみで汚れてもいないし」
足音が響いている。
砂を踏む足音は、かき消されると同時にまた音を立て、その音も次の音も、同じ順序を辿る。
静かに夜を聴く由沙の様子を見る。
眠いとは言っていたが、そんな様子もなく俺と一緒にいてくれている。
俺に合わせてくれているのかもしれない。
無理な誘いを聞いてくれて...本当に嬉しい....。
ああ....こんなの...
余計好きになるじゃないか。
「.....。」
すると俺の視線に気付いたのか、由沙もこっちを見る。
「...そういえば....さ。話って...なに?」
突然の切り出し。
俺は驚いたが、彼の落ち着いた物言いに誘われて、冷静に答える。
「まあ.....なんだ。....別に大したことじゃないんだけどさ....」
「うん」
優しい表情で俺の言葉を聞く由沙。
静かなこの時間に、不思議な感覚を覚える。
懐かしいような....
どこか切ないような....。
いつも見ている風景に、どこか違和感を感じるような....
けれどその違和感がこの上なく心地良いような....
なんとも言い難い感覚。
でも、それは不安とか迷いとかとは別で。
とても、暖かい。
「その.....由沙は、さ...」
だから、何でも聞いてしまえるような、気がして。
「........好きな人....とか.......いるの、かな...って」
っ......!ああ.....
駄目だ....恥ずかしい。
逸らした視線をそっと由沙に戻す。
少し驚いたような彼と目が合う。
駄目だっ......俺っ.....何聞いて.......
「...黒乃かわいい」
「なっ........!?」
そう言って彼は笑った。
照れている、と言うよりは、笑ってた。
「それが聞きたくて...呼んだの?」
由沙は少し困ったような表情になって聞いた。
「そっ..........そう....だよ.....?」
俺がそう言うと、彼は吹き出しそうになるのを我慢したように肩で笑う。
俺は戸惑いを隠しきれない。
「もう....今日の黒乃なんかかわいい」
「かっ.....かわいいって......!?」
俺は恥ずかしくて死にそうになった。
くっそ!聞くんじゃなかった!!!
やがて由沙は堪えきれずその場で笑い出す。
その様子は無邪気な子供のようだった。
「ほんとに、それを聞きたかったの!?」
よじれる腹を抑えるように笑っている...。
「そっ...そうだよ.....」
「...ほんっとに....!そんなのメールでいいじゃん!あははは!」
.....恥ずかしくて仕方がない。
なんだろう....。もうこの場から逃げ出したい気分.....。
こんなに笑われるとは...。
「それなのにこんな夜中に呼ぶなんて...星好きだろ?(キリッ) って....ロマンチスト過ぎでしょ....!」
「......笑いすぎだっつの!」
笑われてはいるが....まだ変な空気になるよりマシだと、自分に言い聞かせておいた。
「はぁーーーもう、あの黒乃にこんなかわいい一面があるなんて....」
「だっ......だから、かわいいとか言うな!.....おっ......お前の方が.....かわいいっつーの....」
不意に自分の口から出た言葉に、俺は自分で凍り付く。
「なにそれ!?告白!!?」
由沙は冗談っぽく俺に聞く。
冗談として受け取られて助かったような悲しいような複雑な気持ちだが.....
「仮に....そうだと言ったら...?」
俺は目を逸らしながら恐る恐る聞く。
「ん〜....どうしよっかなー」
彼は考えているような、いないような様子。
空を見上げて何かそこに答えを探す様な素振りを見せる。
「ん〜...でも黒乃は変態だしなぁ〜」
....今、聴き捨てならない言葉がっ....
「いや、変態じゃなくて、ド変態だしなぁ」
「おっ、俺は変態じゃない!!」
「必死に言うと余計変態っぽいよ?」
「変態じゃないっ....ちょっと...おかしいだけだ.....」
「ちょっとじゃないけどね〜」
変態.....
確かにそうかもしれない。
そうだ、確かに俺は変態だよ....。
でも変態で何が悪い.....。
そうだよ....こんな深夜に友人連れ出してっ....ただのド変態じゃないかッ.....
もういい....!俺は変態だッ!
脱ぐ、俺は脱ぐぞ!!
今は夏だ、脱ぐ....己の身ぐるみを剥ぐッ
そしてそのまま由沙ハグしtぐはッッッ
「だから妄想はお辞めなさい」
肘打ちという会心の一撃を喰らう。
気持ち良さで死にそうになるのをグッと耐える。
「なんでだよっ.....変態だっていいじゃないかっ」
「やだよ....何されるか分からないでしょ?」
「変態だって紳士的な面もあるんだ!常にエスコートの精神を忘れないぞっ」
「だったら深夜の危ない道へ連れ出したりとかしないよね〜」
「いやいや、その深夜の道も星空と銀河に愛された物語の1ページとして彩って見せるぞ」
「俺をそんな怪しい獣道に連れ出さないでほしいんだけど」
「大丈夫心配要らないって、お前は俺がっ....」
言いかけてハッとなる。
由沙...どうした...?
「うぅ.....黒乃....なんだよぉ.....」
「!?.....ゆ、由沙?」
...泣いてる.....のか....?
「黒乃....俺の事......なんか勘違いしてない......?」
「ゆ、由沙!......」
突然悲しそうに俯き出した彼の仕草に驚きを隠せない。
....しまった.....俺が変に取り乱したせいで....
「...黒乃.....僕.......男の子だよ...?」
「ぐはぁっ」
痛恨の一撃。
俺の良心を貫く、絶命の打撃。
俺はその場に倒れ込む。
否、打ち倒される。
それと同時にスッと歩み寄る彼を見て、あれは罠だったのだと知らされる。
「やっぱり黒乃は変態だね」
無様に倒れる俺を見下ろす彼は変わらず、可憐。
彼の勝ち誇るような表情を見上げる事が出来て....今日は幸せな日だと、そう感じる。
そうか.....俺はやはり.....へんた...いや、ド変態なんだなぁ.....あはは....あはははは.....
「...いつまでも寝転がってたら風邪引くよ〜」
倒れる俺を尻目に由沙が歩いていく...。
涼し気な風が吹いて、俺は我に返った。
「あ......由沙!」
俺は即座に立ち上がって後を追った。
〜〜〜〜〜
見上げた夜の空には星たちが輝いていた。
その輝きは川の水面に映り、綺麗に光っている.....。
涼香川。
俺と由沙が住んでいる丘の住宅地からここまで、1キロと少しある。
とある夏の日の午前三時。
こんな時間にこの距離を歩いて来たその理由が。『星を眺めに来た』だったら、聞いた人はちょっとおかしいと笑ってしまうだろう。
まるで恋人みたいだなって....。
別に俺は、そんなつもりで彼を呼んだんじゃない。
眠れなかった。
夏の夜、蒸し暑さも相まって寝付きの悪さを感じていた。
だけど、ただ眠れないわけじゃなくて...
無性に、寂しかった。
由沙に会いたかった。
こんな事を彼に言ったら....変に思われるだろう。
異性でも、はたまた恋人同士でもないのに.....。
それでも俺は、躊躇う気持ちを乗り越えて由沙を誘った。
こんな深夜に。
彼は奇遇にも起きていて、快く一緒に来てくれた。
俺は.....
そんな由沙が大好きだ。
優しくて、友達想いで....
......見た目も綺麗で。
もし自分が女だったとしても....
俺は由沙を愛してるだろう。
その時は、本当に恋愛感情を持って。
俺が由沙を好きだという気持ちは、誰にも言ってない。
勿論、彼本人にも.....
俺は友人としての今の由沙との関係を壊したくないし、誰かに相談してもおかしな奴だと思われるのも癪だ。
俺は由沙にこの想いを告白するつもりは...
今の所、ない。
もしそんな日が来るのなら...
その時はきっと、世界の終わりか、自分が死ぬ日....だろうな。
なんにせよ、今日はこうして会えた。
俺の我が儘に付き合ってくれた。
俺は幸せだ。
由沙......。
「夜中に飲む紅茶も悪くないね〜!」
帰り道に立ち寄ったコンビニ。
俺は予定通り、競走に負けた罰としてドリンクを奢らされた。
「夜中ってか、もうすぐ朝だけどな」
俺はそう言って買ったミルクティーを飲む。
遠い東の空が青く色を染め変えているのが分かった。
「さすがにもう6月となると夜明けが早いね」
「だな。俺達は逆に帰って寝直さないとな」
とは言ったものの、変に身体がピンピンしている。
由沙もそれは同じらしい。
「俺....成長期だからかな....?なんか身体がむずむずするんだけど...」
「あ、それな、成長期関係ないぞ」
「わ、わかってるよぉ!」
二人で笑い合う。
夜明け前の薄暗いコンビニの外、こうやって由沙といるのがとても新鮮だった。
こんなこと初めてだから、当たり前っちゃ当たり前だが。
「あ、でも、成長期なのはほんとだよ?まだ身長伸びてるもん俺!」
そう言って由沙は背伸びをして俺の背に対抗している。
それでもまだまだ全然、なんだけれど...
「あはは、無理に大きくなる必要ないよ...由沙はそれくらいが丁度いい......160cmあったっけ?」
「失礼なっ!身長はこの前160いったんだぞ!.........早朝だけど....」
「そっかそっか、まあ俺より高くならないでくれよ...?」
「うっ.....黒乃は越せそうにない....」
「とは言っても、俺もそんなにないけどな.....」
また二人して笑い合う。
かけがえの無い...........時間。
こんな瞬間がこれからも.....
ずっと続いてくれたらな。
いや、
続いていけ。
二人離れてしまう.....
その時までずっと.......
「..........」
「、そう言えばさ」
俺はふと思い出した。
由沙との会話の中で、思い出された、大切なこと。
「ん?どしたの?」
目をぱちくりさせる由沙。
大切なこと。
まだ...
ちゃんと聞いてなかった.....。
「さっきのあの質問なんだけど....」
俺はまたあれを再び聞くのが小っ恥ずかしくて、言葉を濁してしまう。
すると由沙はすぐにそれを思い出したようだった。
「ああ...好きな人がいるのかって質問?」
そう。
それだ。
軽く流されてしまってたけど....
聞きたかった事だし....
今この流れで聞いてみようと思ったんだが。
迷ってるぐらいなら...聞いてしまった方がいいだろ...
俺は静かに由沙の顔を見詰める。
「....そんなに気になるの...?」
少し上を向きながら由沙は聞く。
俺は小さく頷く。
聞いてしまうのが、怖い気もする。
それでも....後悔してしまうくらいなら...
もう、迷わない。
「........俺の好きな人はね.....」
俺は固唾を呑んでその言葉を聞く。
その先を紡ぐ言葉に、深淵を見るような底知れない未知への不安と、目を逸らすまいと揺るがぬ決意を持って...。
由沙は上を向いたまま瞑っていた瞳をそっと開いて、こちらを見返す。
俺は構わず彼の言葉を待っていると....
突然、由沙はにやりと口角を上げる。
そして俺へと間合いを詰める。
ぎゅっ.....
その感触は...どこか柔らかくて。
「むっ.....むぐっ......!」
ピタリと、俺の口元に細い人差し指が密着する。
優しく、けれど確かに、触れ合っている彼の指と俺の唇。
驚いていると、彼は悪戯な笑みのまま静かに告げた。
「黒乃には...."まだ"内緒っ.....!」
「.....!」
また一つ、涼し気な風が吹いた。
END.




