『sins』Part.5
自らの犯した罪の証が眠る、苗薔薇黒乃、彼自身の部屋。
焦がれ続けた想いの傍では過去という記憶に縛られ何も動き出せない。
黒乃は家を後にしてある場所へ向かう。
遠い思い出の一ページに描かれている景色。
その場所へ...。
.....。
懐かしい香りがする...。
遠い....いつかの時
どこかで.....感じたことが
あるような....。
優しく.....陽だまりに育まれたような香り...。
遠く、ほのかな感覚。
..........ここは...........
何も 見えない
けれど どこか
輝いて明るく 光のような
...。
僕は 誰......?
この... 優しい 感覚は
なに....?
――――――――――――
暖かい気候の中、人々の賑わいが響く。
真昼のその賑わいが、今までの日々と何ら変わっていないと知らせる。
静かに訪れた俺を.....その過去へ引き戻そうとしているかのような...。
そこはかとない懐かしささえも覚えた。
空は相変わらず青い。
雲一つ無く。
「.....着いた」
自宅から3キロほど離れた街のデパート。
この目に映ったのは、やはり今までと変わらない景色。
DARK SCENE 『sins』 Part.5
入り口の自動ドアが開く。
休日の昼間らしく結構な人の数だ。
店内は外とうって変わって冷房が効いていて涼しい。
半袖半ズボンといったラフな格好の人も居れば、冷房で肌寒さを覚えたのか長袖のシャツや上着を着た人も居る。
店内も...何も変わってはいない。
変わったのは俺だけか。
エスカレーター近くのベンチには気持ちよく涼んでいそうな老夫妻がいる。
近くを通りかかった俺に視線を送ってきたので軽く挨拶をしておいた。
二階に上がるとすぐに本屋がある。
外側のコーナーにはテレビでもよく紹介されている本がいくつか置いてある。
どれも読んだことは無い....読もうとも思わない。
高校に入ってからは読書もまったくと言っていいほどしなくなった。
中学の時はあんなに読んでいたのにな。
.....とは言え、受験勉強に日を追われるような時期から、もう読書をするという習慣が自分の中でなくなっていたのかもしれない。
時は移り変わる。
それと同時に人も変わる。
変わってしまう。
それは、まだ十数年という時間しか生きていない自分ですら痛くそう感じる。
そんな光景を見てきたし、感じてきた。
そして今だって...。
俺は変わった。
変えてしまった。
でも、それは全部、俺の意思だ。
俺自身の...。
今まで見てきたような、誰かによるものじゃない。
闇に迷い込んだのは、自分の意思。
恨む相手なんていない...。
恨むなら自分を恨むしかないだろ。
でもこんな愚かな....自分なんて
恨む価値もない。
.....だから.....そんな思いもあるから......なのかも知れないが。
俺は近い内に自分を殺すことになる。
変わらずそれは俺の中にある。
自殺。
今日ここに来たのもそのため。
自殺場所の下見だ...。
行こうとしている場所は屋上。
このデパートは三階建てだがかなりの高さを誇っている。
飛び降りという....とても安直な発想だ。
もっと高さのあるビルやマンションでもいいが、自宅の近くにはそんなに数は無い。
それに、自分の知らない場所で死にたいと思えなかった。
ここは、俺が幼い頃から親に連れられて来ていた場所だ。
馴染み深いし、居るだけで不思議と落ち着く。
どうせ最後を迎えるならここがいい。
.....屋上駐車場からなら.....結構な高さになる。
幼い頃から遊んだりもしていた場所だから、色んな箇所を見ている。
屋上駐車場のとあるところだけ、フェンスが低く簡単に乗り越えられる場所がある。
そこを乗り越えて落ちれば....多分.....死ねるだろう。
そのことも踏まえ、俺はそこへ向かっている。
あまり明るいうちだと怪しまれそうなので外が暗くなるのを店内で待つしかない。
俺は一旦三階のエスカレーターを上がり窓越しに外を確認した。
思いのほか車の数は少ない。
人通りもまったくないし、警備員がいるわけでもなかった。
けど....監視カメラの一つや二つはあるだろうな。
カメラに映ってしまう可能性もあるだろう。
下見をする時はあまりうろうろできない。
普通に歩いてる素振りをして、チラッと高さを確認するしかない。
落下場所に何もないかを見ておかないと。
植木でもあれば失敗する可能性もある。
失敗は絶対にできない。
上手く事が運ぶことを願い、俺はまたエスカレーターを降りた。
三階のエスカレーターホールから二階に移動し店内を歩いていると、
突然、自分と同じくらいであろう歳の男子に声をかけられた。
「横井?久しぶりー!」
人違いだろう。
俺はとりあえず無言で驚いておいた。
すると相手も人違いだと気付いたのか、申し訳なさそうな表情になった。
「あ...すみません間違えました!」
「大丈夫ですよ、誰か探してます?」
「いえ...そういうわけじゃ....そっくりだったんで。失礼しましたー!」
恐らく男子高校生かそれくらいの彼は小走りで去っていった。
そっくりだった....?
他人の空似なのだろうか。
誰かにそっくりなんてことは初めて言われた気がする。
こんな時でも、変わったことが起こるもんだな。
俺はあまり気に留めずまた店内をうろつく。
.....それにしても時間に余裕がありすぎるな。
フードコートで時間を潰すにしても昼食は済ませてきたし食欲も無い。
所持金だって少ない。
.....普段の無駄遣いのせいだな。
死ぬ場所の下見に来るという目的があたまの中を支配していて細かいことが考えられない。
自分の書いたメモを取り出す。
あの時は冷静に事細かく予定を書いていたつもりが、今見返してみるとなんとも乱雑だ。
俺はやっぱりどこか焦っているんだろう。
冷静になんてなれてないじゃないか。
今だって店内をうろついているだけで、なにをしているわけでもない。
時間が経つのを待っているだけ。
こんなことをしている間にも出来ることがあるはずなのに...。
でも.....それはなんだろう。
なんなのだろう。
死を決め込んでいる自分に残されたやるべきこと.....。
"死ぬための準備"........ただそれしか浮かんでこない。
死に魅了されて躍らせれている....。
そんな気さえしてくる。
最愛の友人と死ぬこと.....。
そればかりが俺の中を染め上げている。
本当に狂ってる。
由沙を連れて飛び降りようだなんて。
俺は世間に稚拙な最期を見せしめることになるのか。
そして由沙さえもその道連れに....。
本当に馬鹿げてるよな.....。
「由沙......」
今もあの部屋で静かに時を止められたままだろう。
もし今も由沙と笑い合っていたなら、
それはそれで幸せだ。
けれどその幸せは永遠じゃない。
笑顔はいつか消えてしまう、温もりは離れていってしまう。
俺はそんな未来が訪れるのが本当に恐ろしかった。
自分というものを構成する何かが徐々に失われていく....
そんな感覚。
訪れる未来から俺は由沙を奪った。
由沙の時間を止めた。
後は..... 自分の時間を止めるだけ。
もうそれだけだ。
そうすれば、終われる。
最期は.........共に終わろう。
手に持っていた、雑に予定の書かれたメモの1ページを破いた。
こんなものは必要ない。
力任せに両手で丸める。
もう心で迷うのはこれで最期にしよう....と。
誓い込むように、執拗にその紙屑となったメモ用紙を小さくする。
通りかかったごみ箱へと投げる。
音を立ててあっけなくごみとなった。
そして俺も....俺たちも。
全ての記憶がまるで嘘だったかのように。
堕ちよう。
音を立てて壊れよう....。
「........」
すぐ近くにあったベンチに腰掛けた。
今は何時くらいだろう......
時間を確認するために携帯電話を取り出す。
15時。
もうそんな時間か。
俺はふと眠気に襲われた。
そういえば今朝は早起きし過ぎていたんだったな。
.....。
まだまだ日も落ちないだろうし、ここで少し寝るか.....。
こんなベンチで寝るなんていつぶりだろう...。
小学生以来かな....。
携帯を手に持ったまま俺は目を閉じた。
視界は暗闇に包まれる。
と同時に少しの安息を感じる。
ああ。
死ぬときもこうやって、
安らかに逝けたらな.....。
だんだんと薄れ行く意識。
もうどうせならこのまま目が覚めなくても....
構わない。
そしたら楽なのにな.....。
―――――――。
なんだろう。 この感覚。
これは 匂い ?
この 懐かしい香りは なんだろう
ここは... どこなんだ?
俺は....
俺は 俺? だよな
じゃあ.... この香りは?
懐かしい感じ。
.........。
..........!?
ゆ.........
由沙?
――――「由沙っ!?」
ッ!?
目を開けると眩しく光る蛍光灯があった。
「.....あ」
そうだ、寝てたのか。
こんな場所で...。
「........」
今のは、夢.....だったのかな。
朦朧とした感覚の中....
確かに感じた匂い。
俺の記憶が間違ってなければ....
彼の..... 由沙の匂いだった。
.....きっと疲れてるんだろうな、俺も。
色々と考え過ぎた。
頭がおかしくなってきたんだろう........。
でも少し眠って若干ながらすっきりした。
でもまさか、由沙の匂いを思い出すなんてな....
こんな鮮明に。
..........。
そういえば。
「今何時だ?」
ふと手に持っていた携帯の画面を見る。
.......!
「.....くそっ......こんな時に.......」
充電切れだ。
満タンにしていなかったから。
......仕方ない。
立ち上がり俺は時計を探した。
しばらく歩いて二階のフロアで時計を探す。
それがなかなか見つからない。
こういう時はいつも探すと見つからないもんだ。
二階にはないのか....?
俺はそう思ってふと近くにのエスカレーターに乗った。
三階のロビーにあるかもしれない。
そう思って三階に上がる。
エスカレーターを上りきってロビーの窓ガラスから外を見ると驚いた。
もう既に日が落ちかけていた。
「そんなに寝てたのか....」
空は薄暗く、駐車している車も極端に少ない。
人の影もまったくない。
これなら....いける。
ふと時計を探す。
するとエレベーターの扉の上に時計があった。
時刻は18時過ぎ。
三時間ほど寝ていたことになる。
そんなに眠った感覚はなかったが....。
今はそれどころじゃない。
「....行くか.....」
俺は僅かな不安と共に自動ドアの外へ出る。
涼しくもありほのかに熱を帯びた風が、冷房で冷えた肌を優しく撫でた。
だが今はこの風が妙に不安を煽る。
このまま下見を無事に終えられるのだろうか....。
不安が心を支配してしまってはここまで待った意味がなくなる。
迷う前に...もう行こう。
たかが下見だ。
すぐに見て良さそうならここで後日死ぬ。
それだけでいいんだから。
難しく考えなくていい...。
俺は歩き出す。
あの低いフェンスがある場所はこの場所から少し離れてるが.....。
人目もまったくないし...すぐに行ける。
歩を進める。
静かに風の音だけが響く屋上。
いつかの日を思い出しそうになる空の色。
歩くスピードはそのままに、少しだけ視界がスローになる。
今自分は確かにこのほとんど駐車してないだだっ広い屋上を歩いて、
目的の場所へ向かっているのに....
この、心ここにあらず、とでも言うような感覚はなんなのだろう。
俺は今何を思ってる?
死ぬこと?
生きること?
何かに縋っていた毎日。
友人の、由沙に縋っていた日々。
俺という存在のバランスは、彼という存在で保たれていた。
由沙の笑顔、声、姿。
その全て。
彼を構成する全てが、俺の全てだった。
俺という人間は、この上なく弱い。
それは体力的にも精神的にも。
とてつもなく弱い。
弱いから、逃げてばかりの人間だ。
そんな生き方をしてきたからだろうな。
幼い頃の俺の心は常に不安定に傾いていた。
今とは少し違う....空虚な歪み方で。
あの時の....そこはかとない寂しさを、俺は今この瞬間なぜか感じた。
ああ.....。
この感じ....何年ぶりだろうな......。
もう感じたくもなかったのに。
人は脆い。
そして俺もその例外ではない。
記憶は崩れて形を失くす。
安らぎは時と共に風化する。
人というものに、本当の居場所なんてない。
ただ....
心から愛した人への気持ちの中に、少しだけ安らぎというものの断片を、
感じられるんじゃないのかな。
俺は中学に入学した年....一年の時。
由沙に出会って全てが変わった。
彼は空虚な心の俺を変えてくれた。
出会った瞬間、今でも覚えてる。
その時、彼のことを何も知らないのに。
確かに安らいでいった心の動きを感じた。
あの日、瞳が合った瞬間。
ある意味での全てが始まったんだ。
........。
ただ単に彼に、容姿の端正さとか、可憐さを見出して惚れていたというなら、
こんな未来を迎えていなかったと思う。
俺は由沙に、心の拠る感覚を感じた。
全てを委ねていた。
彼は俺の全て。
そんな風に、俺は由沙で心を満たしていた。
彼は心の空虚で不安定に歪んでいた俺という存在を本当の意味で救い出してくれた。
でもそれが.....結局はこんな結末を生んだ。
俺が全て悪い。
由沙からしてみればいい被害者だ。
俺みたいな奴と出会わなければ、こんなことになってなかったんだ。
俺は彼を手にかけた。
その過去は変えられない。
だったら.....もう俺も......
俺自身を終わらせる。
それだけのこと。
だから........。
ふと視界のスピードが元に戻った。
俺は今ここにいる...。
それは確かだ。
心だって、薄汚れてここにある。
けして綺麗じゃない。
ならいいじゃないか、自由に終わらせてくれよ.......!
今日死ぬわけじゃないのに、妙にふっきれた自分がいる。
日は落ち暗くなる空とは逆に、感じたことない明かりを心は感じている。
全てを悟ったような光。
もうどこにも縋れない....浮遊したような光。
俺は....今......ここにいる。
ただそれだけ。
今.....この今に......
いる。
確かに...。
響く足音。
自分の鳴らす音が次第に大きくなっているように感じる。
目の前には見覚えのある景色。
俺は歩を進める。
「......あった」
自分の足音が最高潮に鳴り響いたように感じたとき、俺はそこに着いた。
明らかに他の場所より、低いフェンス........。
「ここだ」
身を乗り上げれば容易に越えられる高さ。
それはもう、幼い子供でも越えられそうな...。
まだあったんだ。
見つけたことに安堵している暇なんてなかった。
俺は即座に低いフェンスの網目から下を見下ろす。
真下にはかなりの高さで、コンクリートの地面が見えた。
失敗するようなものは.....一つたりともない。
ここで....いける。
俺はそう確信した。
そこで少し初めて感じた安堵。
俺は胸を撫で下ろしたい気持ちを抱え、その場を後にしようと来た方角へ戻る。
振り返って戻ろうとした.....その時。
「....誰.....?」
俺は多分、咄嗟にそう言っただろう。
でもその言葉はすぐに説得力を失くした。
俺の目の前に立っている.....恐らく男性。
服装こそ違うものの。
その姿は俺に酷似していた。
to be continued...




