『sins』 Part.3
鈴蘭高等学校の生徒、苗薔薇黒乃。
普通の生活を送っていた彼。
ある日を迎えるまでは普通の生活を送っていた。
友人の、鷹音由沙を手にかけるまでは。
注【五年以上ぶりの更新となります】
「くーろーのーー!」
授業を終え鞄を片手に歩いている俺を呼び止める声が聞こえる。
「....お、由沙」
三組の生徒の鷹音由沙。俺の中学からの友達。
いや、親友。
....俺の中では。
「五組っていつも終わるの早いよねぇ~、うらやましいよぉ」
駆け寄ってきた彼は俺より少し小さくて、可憐。
茶色がかった髪は長めに伸ばされ、さらさらして、触るとくすぐったい。
「でもでも!今日は追いついたぜよ!苗薔薇の旦那♪」
「あ....う、うん」
話すその声は高くて可愛らしく、同級生なのにまるで年下のよう。
「ほら、今日こそ一緒に帰ろうっ。久しぶりじゃん、ふたりだけで帰るの!」
その様子は、早速手を繋いできそうな勢いで、でも繋ぐことはなくて。
ただ俺のすぐそばに来ては、その声で安心させてくれる。
「あ、ああ。久しぶりだな一緒に帰るのは」
戸惑いつつも俺は答える。
しばらく聞けてなかった、その台詞が聞けたから。
「で....でも、今日はもういいのか?....その、大丈夫なのか...?」
「ん?何が?」
無垢。
そんな言葉が似合いそうな彼の大きく丸々とした瞳がこっちを向いている。
穢れのない、淀みのない、優しさで満ち満ちたような輝きを持つ。
その容姿は、紛れもなく端麗。
「い...いや、いつも三組って終わるの遅いから、その、もういいのかなぁって...」
向けられた視線を逸らしながら俺は答える。
そうしなければいけないほど、純真な眼差しがこちらを向いていたから。
端正な彼は俺の言葉になぜかニッコリと笑う。
「だーかーらっ、今日は追いついたんだって!先生が珍しく早く切り上げてくれたから!」
彼はにこやかにそう答えてくれた。その時の口調、様子、声色....。
すべてが彼の魅力であり、愛しさを感じさせる要素。
俺が彼の事を、好きだと感じさせてくれる要素。
「黒乃も部活入ってないし、バイトとかまだ決まってないでしょ?」
「そうだな...じゃあ、由沙も今日はもう帰れるんだな」
気づくと二人で歩き出していた。
ほんの少し近寄って...。
「"今日は"っていうか、俺帰宅部だし!黒乃と一緒で!」
「え...!?あ...ああ。そうだったな」
俺が帰れるのか聞き返したのは、いつも彼のクラスの終わりが遅いと、それだけの理由じゃない。
なんて聞けばいいのか分からない...けど。
なんだろう、今日はいつもより.....
「黒乃、もう早く二人だけで帰ろうよ♪」
....由沙........。
「.....!...ああ。帰ろう」
由沙.....やっぱり。
好きだ。お前の事。
この気持ちおかしい....の、かな――――――――
「黒乃って、絶対おかしいよねー」
「ぅえっ!?」
帰り道の道中、咄嗟の彼の発言に驚いて変な声が出た。
「ふはっ!なに!?今の声!」
自分でも驚くくらいの。
「ねぇねぇ今のもっかい出して!」
彼は無慈悲にも懇願する。
「いや、今のは....もう無理.....」
「ええーー!頑張って出してよもういっかい~...!」
残念そうに俺ののど仏をさすってくる。
意味ないぞ、それ...。
「って、それより....」
由沙が言った言葉.....
なんて言ったっけ....
「ん、あ、おかしいと思うところ?」
それが妙に引っかかった。
彼は言う。
「黒乃は顔も良い方だし、スタイルも悪くないのに、もったいないことしてるなぁぁって思ってさ」
「え....は...?それはどういう....」
彼は続ける。
「うちのクラスとかでさ、もうなんかカップルっぽい雰囲気出してる人らがいるわけ」
うんうん。
そうか。
それはいいじゃないか。
「でも黒乃はそういうのまったくないじゃない?正直うちのクラスの人らのレベルであんなんなのに、黒乃になんのアクションも見られないのがおかしいな~って思ってさ」
可憐な彼は、時に毒舌である。
クラスメイトに対し、レベル...あんなん...等。
正直、敵に回したくないタイプだ...。
「いや...褒めてもらえるのはうれしいけど、その、おかしいというのは...」
俺は静かに聞いてみた。
「いやだから、なんでもっとアクションを起こさないのかなって、異性にさ」
いっ....!?
異性......
「いやっ....お、俺は......」
午後の生温い風がさっと吹き抜ける。
その時、勢いで出してしまいそうだった言葉を、一思いに飲み込んだ。
そして言い換えた。
「ばっ.....バイトと一緒で...........まだ見つかってない...」
そう告げた。
そう、言葉を言い換えた。
歪ませ、形を変えた。
由沙は大きな瞳をほんの少し、見開いた。
.....ような気がした。
「あはは!だよねぇぇーーー!!そうだよねぇぇぇ!!」
由沙は俺の言葉にただ笑っていた。
「黒乃みたいなかっこいい男子が彼女作らないわけないもん!」
それはただただ、無邪気に、無垢に。
「ゆ....由沙....」
俺は.....
お前の事が.......
俺はお前の事が......
いつもそばで優しく、笑ってくれて、一緒に話してくれる....
そんな.....
「お前の事.......」
「ん?」
可憐な瞳は見つめる。
「大切な........友達だと思ってる」
「うん。友達だね!」
突然、生温い風は強くなって吹き抜けた。
音を立てて、俺と彼の間を吹き抜けた。
「うわっ!」
俺と由沙の距離は引き離される。
「ねぇ.....黒乃」
風に驚くことなく、由沙は立ち尽くす。
大きな瞳を少し細めて静かに見つめる。
突然に変わる彼の様子に理解が追いつかない。
「それ.......本当に?」
さっきまでと何も変わらない風景が果てしなく不気味に見える。
そしてそこにいるのは
「由沙.............!?」
紛れもなく彼なのに。
「本当に...........?」
「なっ.......に......が.............」
言葉がうまく出ない。
「本当に.............友達と思ってる...........?」
彼は少し俯いて言う。
雲一つない快晴の空が、恐ろしくてたまらない。
「あ.....あたりまえじゃないか.....友達.....だろっ!?」
俺はそう、強く言った。
のに.....。
どうして腰を抜かしたまま立ち上がれないんだろう。
怖いから.....................?
「ふ~ん....。そっかぁ......。......なら良かった」
何が...............。
怖いから....................?
由沙が..............................?
目の前の
愛しさが
怖いなんて.........
ふざけるなよ。
ふざけるなよ....。
ふざけるなよ俺....。
由沙のことは大好きなんだ。そうだろう。
怖いわけない。
なんで怖がる必要がある?
ふざけるなッ
俺は....由沙のことが.....
俺は........
「由沙っ!...俺は」
「ふざけるなよ」
ッ!?――――――――――――――
時計の音。
暗い部屋の片隅。
差し込む月明かり。
見慣れた壁。
俺の部屋だった。
「なっ..........」
背中の感触。
もたれていたのはベッド。
その上で誰かが眠っている。
そうだった。
夢、なんかじゃ。
―――――「そんなわけあるかよ」
俺は呟いて立ち上がる。
「っ!?」
不意の立ちくらみ。
転びそうになる。
相変わらずだ。
相変わらずの部屋
なのに
「由沙」
そこに眠ったように横たわる彼と
さっきまで見ていた"夢"の彼とを照らし合わせる。
あの景色が.....夢であってよかったと、俺は思いたいのだろうか。
こんな状況を目前にして。
由沙.......。
DARK SCENE 『sins』 Part.3
「あら、なによ今日は早いわね」
朝日が窓から差し込んだそこはリビング。
いつも通りの食卓。
「休みなのに」
休日に早起きすぎる俺に驚く母の声も
テレビから流れる朝のニュースキャスターの声も
開け放たれた窓の外から聞こえる鳥の歌声も。
なにもかもがいつも通りで。
残酷だ.....
残酷.........................?
俺がそれを言えるのか....?
最愛の友人を私欲のために傷つけた.....
こんな最低最悪の、紛れもなく残酷な、俺が。
.......。
目覚めて、朝の日を見ると....。
やはり昨日までの日々を痛く、ただ痛く思い出す。
その日々の情景を浮かべていると...
ほんの少し...
ほんの少しだけ。
後悔の念を生んでしまいそうになる。
もどかしさに包まれる。
でも......。
俺は........................。
俺は進まなければ....。
進まなければ、ならない。
もう後戻りなんて出来ない。
する気もない。
ただ
暗い
暗い
暗い闇の底へ....。
なにもかもを
終わらせる。
その気持ちが...
あったんだから。
俺は.....。
『...続いてのニュースです。』
聞こえてきたテレビの音。
何気なし次々と流れてくるニュースの数。
その中には....
いくつか未成年による犯罪行為を報じているものがあった。
今更、なにも恐れない...。
恐れたくない。
こんなところで恐れていたら...。
たとえ死に直面しても死に切れないだろうから―――――
「もしもし...。はい、苗薔薇です。おはようございます」
由沙は、俺の家で泊まっているということにした。
電話の相手は、由沙の親。
疑うこともなく俺の嘘を信じていた。
........。
ごめんなさい、とは
言わない。
言えない。
それはそう、彼にも。
「...由沙」
静かに眠ったままの彼を見下ろす。
眠ってなど、いないのだけれど。
あれから、何時間経った...?―――――――
由沙を呼んで川に出かけていたのは深夜。
そこから考えると六時間以上経っている。
あの時からずっと変わらない彼を見ている。
この細い首に突きつけた罪の象徴....。
小型スタンガンは、近い内に処分しなければ。
彼の呼吸を止めてからの間、なにも変わりはしないその様子。
動くことのない最愛の人。
(「本当に.............友達と思ってる...........?」)
夢の中での彼の言葉が鮮明に響く。
まだ鮮明に、脳内で渦巻いている。
あの景色は間違いなく夢で、でも何故か今のこの瞬間へと陸続きになって繋がっているような
説明出来ない感覚で残る。
「ああ、由沙....」
夢の中でも言ったけど
「友達に決まってるだろ」
俺達は.....。
あの日......
(「苗薔薇君だよね?俺、鷹音由沙!よろしくね!」)
中学の......時から......
「俺達は.....」
友達......だろ。
視線の先には静かな由沙が。
その姿は俺の記憶を揺り動かす。
思い出を撫でる。
その度に
俺の全てが崩れてしまいそう、なのに。
一滴の涙も流れない。
もう戻れない。
あの日々。
帰れない。
這い上がれないほどの
暗闇の其処へ。
俺は落ちて行く。
それはどんな闇なのか。
今の俺には分からないけれど......。
「由沙.....ごめん」
思い出す....。
本来の目的。
由沙....俺は ......
お前の事が......
大好きなんだよ。
冷たい由沙の身体へと手を伸ばす。
着ていたシャツをゆっくりと......
ただゆっくりと...捲りあげる。
「...........」
俺はほんの少しの迷いを纏ったまま、止まることなく彼の服を捲った。
なんだろう......この感覚。
俺は自分が感じたことのない感覚を感じていると知る。
俺は今......何をしている......?
形容しがたい感覚は凡そ背徳感とか罪悪感などの感情を含みながら、どこにも属していない未知の色に染まった心情になっている。
俺は友人を.....親友を手にかけた。
そして今、更なる欲望で愛しい親友をまさぐろうとしている。
あらわになった彼の肌に触れる。
華奢で純白以外の何物でもない白いその肌は、冷たいようで、どこか暖かい。
段々、頭の中がぐらぐらとするのを感じる。
丁度微熱に浮かされた時のように、思考が落ち着きを失くす。
何してんだろう....?俺。
由沙の腹にあてがっていた手を引いた。
自制したわけでも怖くなったわけでもない。
これは俺が望んでいたこと...。
手に入れたかったものを手に入れ、心の済むまで堪能しようと....それをしていたところ。
なのに、
なんで今更.........
こんなに胸が痛いんだ...?
馬鹿...... なのか。
俺はどこまで
「.....馬鹿なんだ....」
俺は立ち上がり壁に頭を打ち付けた。
「....ッ!......!!」
何度も自分の中に問いかける。
俺は本当にこれを望んでいたのか.....?
俺はこんなことをして幸せなのか......!?
今更過ぎる問いかけ。
心に突き刺さる。
俺は....なんで
なんで由沙まで......
なんで由沙まで道ずれにしようと.....したんだ!
俺は.....なんで......
1人で......死ねなかったんだ......?
随分前.....。
そう、冬も終わり春に差し掛かる頃。
決め込んだ自分の死...
自殺。
死ぬ事に躊躇いは無い。
ただこの世に未練が無いかと言われれば.....
俺には......一つの愛しさという未練が。
由沙...。
最後にお前と.....。
一緒に、死ねたら幸せかな。
そんな身勝手な理由。
俺は最愛の友を.....
強く恋焦がれた彼を....
自分の自殺願望のために道ずれにした。
最低だ。
そして......。
その身体さえも汚そうと....してしまった。
ただのクズだ。
生きる価値もない....クズ野郎だ。
俺みたいなクズは1人で死ねばよかったんだ。
それなのに......
大切なはずの由沙を.....
俺は.....。
........。
戻れない日々を浮かべ、絶望に打ちひしがれる。
取り戻せない全てがのしかかる。
変わってしまった....変えてしまった世界。
もう帰れない。
今更嘆いても、遅い。
壁に打ち付けていた頭を止め、由沙を見る。
もう覚悟を決めるしかない........。
こんな俺のせいで。
ごめんな........由沙。
窓をそっと開ける。
昼前の健やかな風が酷く心地良い。
彼が....俺の罪の証なら....
俺は背負う。
そして......
「........由沙」
窓際から流てくる風は、少し生暖かった...。
to be continued...
*
第二話の2011年7月から五年以上経ってました 笑。色々環境も変わりましたが、また書いていけたらなと思っています。




