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DARK SCENE  作者: 鵫弥
Secret
13/19

『 Secret 』part.6










手の平が熱い。



それは焦りの所為か、経過した時間の証か。



開き続けた携帯の画面は、耳へ押し当て続けていたために汗で滲んでいる。



それを拭き取ることもなく私はただ眺めるばかり。



時計の針だけが音を鳴らす部屋。



感じたことのない異質な静寂に、焦燥を抑えきれない。




...床に無造作に置かれたスクールバッグから教科書が散らばっている。



窓の外はもう既に薄暗い。



気が付くと何時間もこうしていた。




「...翼」



何故こんなにも焦っているんだろう、と。



冷静になっていられる状況ではなかったから。



「...翼....お願い」



...発信履歴に増え続ける、翼の名前。



帰宅してからの間、何度も電話をかけたが翼に繋がりはしない。メールもしつこいぐらい送っている。



自分でもおかしな事をしていると思う。



けれど一向に繋がらない連絡に、感じていたそこはかとない不安は更に膨れ上がる。



「一体....何があったの...翼」



充電器に繋ぎっぱなしの携帯電話が熱い。



ずっと握ったままだった携帯を机に置いた。




...学校にいる間は、気が気じゃなかった。



翼が言ったあの言葉は....やっぱり何か意味を持っていたに違いない。





―――3日前の金曜日。




夕方、いつものように翼と二人で下校していた時....



何か言いたげだったその瞳は、いつもより空を眺めていたから一層のこと違和感を強めた。




"もしこれからお互い、離れ離れになったとしたらどう思う?"




意を決してその違和感に触れると紡ぎ出された翼の言葉。



そこにかつてのような....冗談めかしい様子はあまり感じられず、ただ敢然としていた。




『寂しいに決まってる』




そんな一方的な感情を言葉にした私と、明かすことの出来ない何かを秘めたもどかしさを隠すように笑った翼。



すぐ傍にいるのに遠い距離をその時、感じた。



....長い沈黙の後で翼が言ってくれた、もうすぐ誕生日だね、という優しさも...



まるで別れの言葉のような響きで。



...貰ったペンダントは大切にしているし感謝している、今度は私が返す番だから...



だから何かあるのなら私に相談して、と。



半ば押し付けがましく言ってしまったあの時、ありがとう、と笑った翼を余計に追い込んでしまったんだとしたら...。



何かを抱え込んでいる翼を、もっと辛くさせてしまったんだとしたら.....




...どうしよう。





....どうしよう.....?



そんなの、決まってる。



もうどうしようもない。



私のせいで翼を追い込んでしまった。



全て私のせい。




謝りたいけど、翼は電話に出ない。



翼は私を避けている...?



....そんなはずない...と。自分を正当化したいけど。



その可能性だって十分ある。



私はずっと一方的に翼を頼ってばかりだった。



優しい翼に、何もかも依存してばかりだった。



...付き合ってもいないのに、翼と仲良くしようと必死だった。



きっと周りから見てもそうだっただろう。



翼自身も、そんな私に嫌悪感を抱いたとしてもおかしくはない。



嫌われてもおかしくはない。




....でも、嫌われたくない。



他の誰に嫌われたとしても.....翼にだけは嫌われたくない。




「.....翼......」




週末の休日も珍しく何の連絡もしなかったことを思い出す。



...今になって電話とメールを繰り返す自分が、その瞬間とても嫌になった。



....翼に謝りたい。けれど、これ以上着信を残すことやメールを送ることは翼を、自分自身を追い詰めていることに他ならない。



いても立ってもいられないのは確かだけれど...しつこく連絡することの方が間違っている。




「.....。」




少し...冷静になろう。そう自分に言い聞かせるように携帯を充電器から外し、立ち上がる。



窓の外はすっかり薄暗くなって、外套には明かりが灯っていた。



今晩も母の帰りは遅く、珍しく夕飯はいらないと言っていたことを思い出す。



とは言え、今日はまともに作ってあげられる気力もないのは事実。



自分の食事もコンビニで済ましてしまおうかと思えるほど。



...むしろ、たまにはコンビニの弁当でもいいかもしれない。



今の不安を少しでも忘れるためにも、外を歩いたほうがいいだろう。



―――近所のコンビニへでも行こうと、机の上に置かれた財布を取る。



その時、不意に思い出されたのは、翼が言っていた言葉...。



....私がコンビニ弁当を買おうとしていたのを、健康に悪いからと必死で止めてくれていたっけ。




偶然、翼と遭遇して、弁当を買おうとしている私を必死で止めてくれないかな...。




そんな事を小さく思いながら準備を始める私が向かおうとした場所は、すぐ近所のコンビニではなかった。




(...翼の家の近くまで行こう.....)



無駄足になったっていい。どうせ外へ足を運ぶのなら...。




私は財布と携帯を握り締め部屋を出た。



...今はとにかく部屋を出て不安を拭い去りたい.....その気持ちが大きかった。





――――



駐車場の明かりが暗い夜のアスファルトを煌々と照らしていた。



当然だけれど、自転車の頼りないライトとは違い明るい。



その光はどうしようもない今の不安を少し和らげてくれそうにも思えた。



...意外とすぐに着いた。



雨が降ると思って持ってきた傘も全く無意味なほど乾いた気候だった。



翼の家のマンション近くのコンビニ。



店の壁際にある小さい駐輪スペースに自転車を止めた。他にも二台の自転車が停められている。



...少しの期待をしながらも、そんなことはないだろうと頭の中それを打ち消した。



自転車に鍵をかけ、自動ドアの脇に置かれた傘立てに傘を置いて、店内に入る。




―――程よく冷房の効いた店内には、駐車場の様子から予想はしていたけれど全く人はいない。



この時間帯でもこんなものだろうかと、レジを見ると中高生ぐらいの二人の人が会計を行っている。




月曜の18時過ぎ...



こんな時間に...翼がコンビニにいるはずもないと頭では分かっていても。



無意識にその姿を探してしまう。



小さな希望に落とされた現実の一滴は、その冷たさを覚悟してはいたもののその冷徹さに打ちひしがれる。




...今日はもう翼には会えないだろう。



それじゃあ、明日は...。



明日は翼に会えるのだろうか。




...何故こんなことを思っているのだろう、私は。



今日会えなくたって、明日がある。



なのに。



―――この感覚は何なのだろう。




「あっ...ごめんなさい」



レジの前を通り過ぎようとした時、会計を済ませた人とぶつかりそうになり足を止める。



こちらこそ、と言って歩いていったその相手はやはり中高生ぐらいだった。夏らしいラフな格好で、その格好からは男子だとは分かったけれど。



少し長めの髪とその顔立ちから、一瞬だけ女性かと思ってしまった。



私はその時、頭の中で誰かを思い出したのだけれど....



それは浮かんでは消えて形を成さなかった。




「沙夜~、飲み物買わなくていいの?」



レジで一緒に並んでいたもう一人が後を追うように歩いて行く。



"さや"...。やっぱり本当は女性なのだろうか...?




私は何気なしに振り返りその姿を見たその時、自分の目を疑った。



「...えっ?」




そっくりだった。



服装こそ違うけれど、その容姿はまさに瓜二つ。



(....双子...?)



咄嗟に浮かんだその言葉に、自分でも納得してしまう。



その二人の姿は、双子にしか見えなかった。



私は驚いたままその姿を見ていると不意に声をかけられた。



「...どうされました?」



我に返り振り向くと不思議そうに見つめる店員の姿があった。



何でもないですと動揺したまま言った私の様子は違和感に満ちていただろう。



早足で弁当を選びレジに置き、会計を済ませるとすぐに外に出た。



弁当の入ったビニール袋を自転車のハンドルにかけて鍵を解除していると、着いた時に停まっていた二台の自転車がないことに気付く。



...さっきの二人のものだったのだろう。



きっとこの辺りに住んでいるんだろう、と一人考えながらまた私は夜の道を走った。





―――しばらく走っている間に涼香川沿いの堤防の道にたどり着いた。



程よく涼しげな風が肌を撫でるこの場所で、私はふと携帯の画面を開く。



時刻は19時手前。遠くのコンビニまで行っていたこともありこんな時間になっていた。



結局、翼の家のマンションには行かなかった。



...行けなかった。



翼の事を考える中で、私は翼の何なのだろう...と。



そんなことを自問自答した。



単に、同じクラスの...友人同士だとするのなら、深くまで彼のことについて干渉するというのはおかしい。



それは私のエゴであり翼の気持ちを考えていないということになる。



現に私は翼にそんな態度で関わってしまっていたんだろう。



やっと気付いたというか、思い知ったというべきか...。



あれからも一向に返事の無いこの状況からも、その通りなのだと頷くほか無い。



そして私自身も十分に理解した。



.....私は去年のあの日から...心に開いた空虚な隙間を、翼の存在で埋め合わせようとしていた。




翼の存在は私にとって心の平穏を保ってくれる。



優しい存在。



...いつの日からか抜け落ちた、一つの温もりに代わる新しい温度。



そんな、自分にとってかけがえの無い存在だと感じる一方で、その優しさに縋り付いていた。



それは紛れも無い事実だった。



そう気付いた今、私は何もしない方が....



...いいのかもしれない。




「.....。」



送り続けたメールの履歴を眺める。



一方的な考えはそこにも形を現していた...



稚拙で一方的な考え。



そんな考えはもう捨てなければいけない。




堤防の下に流れる暗い川を眺めた。



緩やかな流れは私の進む速さより勿論遅い。



今はその緩やかに流れる川がとても印象深く映った。



時には....流れに任せてみるのも大事なのかもしれない....。



自分ではどうしようも出来ない要素を不安に思う必要なんてない。



...半ば強引に自分に言い聞かせるようにして、私は携帯の画面を閉じる。



閉じた音が鳴り止んで、ポケットに携帯をしまう。



その時、細やかな振動と共に着信音が鳴り響いた。



私は突然の事に驚きながら画面を見た。




翼からだった。




「....!」



私は咄嗟に受話ボタンを押していた。




「...もしもし....翼...!?」



『もしもし夏樹さん...?...』



「ごめんっ!」



電話越しに放った言葉。



...わけも分からず勢いだけで私が放った言葉。




『えっ!?...夏樹さん?』



「今まで自分勝手でごめん!我が儘でごめん!」



誰もいない夜の堤防の道で、私は1人大声を上げる。



『なっ....夏樹さん!』



「翼のことちゃんと考えてあげられなくてごめん!....私.....私のせいで....」



『夏樹さんっ!なんで夏樹さんが謝るの!?』



「えっ」




ただ乱れる私を制した、電話越しの声。



その声は困惑に満ちた勢いで私の耳へ届く。



...それは紛れもない翼の声だった。




『.....夏樹さん。謝らなければいけないのは僕だよ』



「...翼?」



勢いを抑えた彼の声は、やはり私の知っている声。



穏やかで...優しい。



『....夏樹さんは何も悪くないよ.....』




私の知っている、翼の声。




「翼....ねぇ....翼.....?今どこにいるの?」



『夏樹さん...それより先に僕の方こそ謝らせて。....その....ずっと連絡しなくてごめんね』



電話の向こう側でその声は謝っている。



何かを隠す素振りもない。何をはぐらかす様子もない。



「翼.....」



『....率直に言うと....今僕はその街にはいない』



「え!?....それ....どういうこと....?」



ただあるがままのその声は、その身に起きている出来事を走り書きの様に手早く伝える。



『僕はその街より北へ向かってる。夏樹さんは勿論自宅にいるよね?...申し訳ないけど、しばらくは学校にも行けそうに無いかもしれない』



その言葉が持つ意味をしっかりと理解できないまま、私はただ疑問を投げる。



「え?翼....どこに行ってるの?....私今外に出てるよ?.....翼どうしたんだろうと思って!」



「っ.....!」



「ねぇ、学校に来れないってどういうこと!?一体何があったの...?」



「夏樹さんっ!急いで家に帰るんだ...今どの辺なの...?」



突然声色を変えて翼はそう言った。



それはどこか重大な警告の様で。



「今...?...涼香川だよ...もう少しで家に着くけど」



「.....!!」



電話の向こうで、明らかに動揺したような声を上げる彼に、私は感じたことのない焦りを覚える。



「...何が起こってるの.....?今....」



『そこから真っ直ぐ家に帰って!もし道中に怪しい人がいたら逃げて!』



それは、私の身を案じてくれているということに違いない言葉だったけれど....



それ以上に、迫り来る何かを危惧するかのような様子を感じた。



「え.....!?.......わ...分かった」



『それと...今....何を持ってる?』



「何って...えっと.....」



そう聞かれて身の回りの物を咄嗟に確認する。



買い物に必要な物以外は、ほとんど無い。



「財布と、コンビニで買ったものと、...あと家の鍵と自転車の鍵....」



『.....それだけ....!?』



それ以外の物を探す....。



すると、それは見つかった。



私の首元で、その存在感を放つ。



重みのある....このペンダント。




「あと...!翼から貰ったペンダント....それくらいかな」



『.....っ』



私がそう伝えると電話の向こうで、小さく声にならない、息の音が聞こえた。



何かに駆られながら....何かを諦める様な....そんな複雑な音に思えた。



『夏樹さん....大事に持っててくれて...』



ありがとう。と...



そう告げて直ぐに、翼は私に諭すように言った。



その声があまりに真剣で、或いは大人びていて...。



私の彼に対する疑問の渦を、一瞬にして掻き消された気がした。



『夏樹さん....明らかに怪しい人がいたら逃げて...!...もし捕まりそうになったら、そのペンダントをその人の首元に突き刺して....。大丈夫...夏樹さんは無事に帰られるよ.....』



「翼!....私.....」



『...そろそろ切らなくちゃいけないから...またすぐに連絡するから』



「.....ねぇ!....翼!」



『僕も無事でいられたらまた連絡するから....だから...』




小さな声で、大きな切望をかけて。



『絶対に無事でいて』




その声は言った。




―――間もなくして通話が切れた。



暗い夜の続きは、何事も無かったようにまた目の前に広がる。



さっきまで耳元で聞こえていたその声を...反芻するかのように通話の切れた携帯を耳に押し当てている。




「....翼」



もう一度電話しようと着信履歴を開いた。けれど、繋がらないということは何となく分かっていた。



静かに画面を閉じる。



訪れた静寂は何事も無かったかのように私の周りに広がっている。



それは本当の意味で、"何事も無かった"のだけれど。ずっと頭の中でぐるぐると回り続ける翼の言葉。



突然過ぎて何も分からない。



けれどだからこそ、底知れぬ焦燥と鬼気迫る状況をその声から感じ取れた。



何事も無かった....のなら。



それで良かったのに...。




「翼...」



一人にしないで、と。呟いた私は弱いのだろうか。



やっと聞けたその声を、まだずっと聞いていたいと思うのは甘えだろうか。



今自分がどんな状況に置かれているのかは、分からない。



....それでも...何も見ずに逃げていられる状況ではないと...




「....」



それだけは理解している。そんな今出来ることは、ただ一つ。



翼の言っていた通り。



「すぐに帰ろう」




私は再び自転車を走らせる。



さっきまでよりも俊敏に。



勢いを抑えることのないまま、見慣れた道を駆け抜ける。



夜闇の中、外套の少ないその道を行くのはこんな状況下だからなのか、いつもに増して心細い。



頭の中混在する疑問と不安を落ち着いて見つめる間も無く、今はただ翼の言葉通り自宅への道を急ぐ。



...夜の夜道が、これほどまで恐ろしく感じたのは初めてかもしれない。



或いはその記憶の底に埋没している幼い頃以来の感覚が蘇っているのかもしれない。



辺りは当然の如く、暗い。



駆け抜ける肌が感じるのは、今までの心地良い感触とは真逆の、恐れに満ちたものだった。



心地良かったはずの涼しげな風が恐ろしく冷徹に感じる。



打ち砕かれそうな心。



それでも今は....進まなければいけない。




「.....?」



堤防を降り坂道を下って少し進んだ所にある路線の踏切。



すぐ側の蛍光灯の灯りに照らされて、誰かが立っているのが見えた。



正確にその姿は見えないけれど、確かに誰かが居る。



私はブレーキをかけてその場に止まった。



...立ち尽くす人影は何かを待つように立ち尽くしている。



誰かと待ち合わせをしている......ようには見えない。



その様子は明らかに異様。



....近付かない方がいいということは、翼のあの言葉を思い出せば明確だ。



何故、何が目的であの場所に立ち尽くしているのか。



そんなことを今、考えている余裕なんてなかった。



―――私は来た道を引き返す。



他にも帰路はある。



そう考えて静かに道を引き返しながら、後方のその影を探した。




「.....?」




その姿はさっきまでの場所にはいなかった。



暗い夜の中に浮かぶ蛍光灯に照らされていた人影。



それは少し見渡せば、一瞬だけ見失っていただけだったと知る。




「....!!」




向かって来ていた。




明らかに、こちらへ。




「っ!.....!!」




早足で向かって来る。




照らしていた光源を失った夜闇の中でも、それははっきりと判った。

















-schizophrenia-










END...






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