第1話 コンビニバイト、ただし最強
それは、ごくありふれた話。
何の力も持たない少年が、異世界に召喚される。少年は神様に力を与えられ、世界を救う旅に出る。
出会いと別れを繰り返し、時には英雄と持て囃され……そして最後には魔王を倒してめでたしめでたし。そんな、普通の英雄譚。
だが、もしその物語に続きがあるとしたら。
世界を救った彼は、分不相応な英雄譚を与えられたその少年は、いったいどのように生きていけば良いのだろう────?
◇────◇
「────らっしゃっせー……」
時刻は深夜2時。ピロピロピロン、という機械音とともに、コンビニの自動ドアが開く。
入ってきたのは、恐らく40代後半くらいの小太りな中年の男性。俺はレジカウンターに立ちながら、いつも通り気の抜けた挨拶をした。
「オズモの10ミリ2つ。あと、ポテト」
レジへ直行してきた男は、俺の胸元……芝谷千桜と書かれたネームプレートをチラリと見た後にそう告げる。
窓の外に向いた視線、吐き捨てるような注文。不機嫌そうに足を鳴らす音も、タバコ臭い息も気にさわる。
「すいません。タバコは番号でお願いします」
「はぁ? ったく、使えねぇな。もういいわ、ポテトだけ寄越せ」
「あの、袋は……」
「いらねぇ。分かるだろ、そのくらい……」
「……分かりました」
はぁ、嫌だなぁ。
たまに、本当にたまにではあるが、こういう客が来ると気分が萎える。俺たちをストレスの捌け口か何かとでも思っているのか。
苛立ちを顔に出さないよう無表情を保ちながら、俺はホットスナックの棚からポテトを取り出して会計を済ませる。
男はトレーに乗せたお釣りを乱暴に取った後、こちらの方を見て舌打ちをした後にコンビニを出て行った。
「あっとうござっしたぁ……」
「今の、失礼な人だったね。チハルくんはあんな人相手でも冷静に対応してくれるから助かるわ、ほんとに」
そんな少々不快なやり取りの終わりに話しかけてきたのは、このコンビニの女店長、萩野ミソギさん。
今年で32歳になるらしいが、そうは見えないほどに若々しくて綺麗な人で、この辺りでは美人店長として有名になっている。
「あとは笑顔と敬語をちゃんと使えれば完璧なんだけど……まぁ、うちの従業員にあんなことする人には、別に要らないわね」
(……珍しくちょっと怒ってるな?)
朗らかで優しい性格ながら、仕事は超できる俺の上司。
いつも従業員のことを気遣ってくれて、仕事のやり方も教えてくれて、そして……
「本当に嫌だったら、ちゃんと言うのよ? あんまり酷い態度だったら注意するから」
「大丈夫っす。俺を拾ってくれたミソギさんの店に、悪い噂を立てるわけにはいかないんで」
諸事情により金も家も職もなく彷徨っていた俺のことを助けてくれた、命の恩人だ。
態度の悪い客の相手くらい、この人に受けた恩を考えれば別に苦じゃない……いや、それはそれとしてキチンと腹は立つが。
「……あっ」
「どうしたの?」
そんなことを考えていた最中、俺はあることに気づく。これは……
「いえ……おしぼり渡してないな、って」
「いいわよ、そのくらい」
「あー、でも……やっぱり、ちょっと渡してきますね。すぐ戻ってくるんで」
「そう? 夜道には気をつけてね?」
不思議そうな顔をするミソギさんを尻目に、俺はおしぼりを持ってカウンターから出て行く。
……さて、間に合うかな。
◇────◇
「はぁ、マジで使えねえ店員だったなぁ……」
味の濃いコンビニのポテトを食いながら、オレは小さくそう呟いた。
まったく、最近の若者は本当に使えない。
部下はちょっと全員の前で詰めただけで鬱だなんだと言って会社を辞めるし、OLどもは少し尻を揉んだだけでセクハラだと叫ぶ。
あんな軟弱な奴らのせいで今日も会社で注意を受けて……あぁ、腹が立つことばかりだ。
さっきのコンビニ店員も、そんなカスみたいな若造だった。
コンビニでバイトしてるような底辺が、お客様に向かって一丁前に口答えしやがって。あとで絶対にクレームを入れてやるからな。
「はぁぁぁぁ、鬱陶しい……ん? なんだ、これ……黒い、モヤ?」
そうして頭を掻きむしりながら歩いていると、ふと足元に違和感を感じた。
それは、黒いナニカ。街灯でできた影の暗さではない、薄暗いモヤ。オレがそれに戸惑っているうちに、少しずつモヤは増えていく。
「なんだ……なん、だ? これはぁ……?」
『……ボ』
やがて黒いモヤは煙のように上へと立ち上がり、オレを囲むように形を成していく。
なんだこれは。何なのだ、これは。逃げっ……
「……っ!? うごか、な……!?」
『……ボ……アソ、ボ?』
モヤで足が固められた。全く動かない。いや、動けたところで無意味だ。恐怖で声を出すことさえままならない。
怖い。こわい。コワイ。助けを求めようとしても、掠れた声しか出ない。
蛇に睨まれたカエルのように動けないオレの前に現れたのは、体長3メートルほどの黒い人間のようなナニカ。
その体表には苦悶の表情を浮かべた人面がいくつも張り付いている。こんな悍ましい存在を表すならば、きっと相応しい言葉は……
「あ、あっ……バケ、モノ……!!」
『アソボ、アソボ、アソボ……!』
極めて不気味な外見。幾重にも重なる不気味な声。骨が軋むほどの凄まじい力。
眼前のバケモノは、気持ち悪いほど楽しそうにオレの体をギリギリと締め上げる。視界が、漆黒のバケモノに飲まれて行く。
痛い。怖い。苦しい。死にたくない。やめろ。やめて、やめてください、誰か、だれか、だれかダレカダレカダレカ────
「────ふっ!!」
「……へ、あぁ?」
死を直感したその刹那、オレの目の前に光が差し込んできた。
『アソボ、アソ、ァ……ァァ?』
(バケモノの体が……散っていく……?)
街灯の光がバケモノの体に空いた風穴から差し込んできたものだと気づいたのは、その直後。
何が起こったのか理解できていないオレは、ただ体の大部分を失ったバケモノが霧散していくのを見ることしかできない。
「一体、なにが……」
「間に合って良かった。ここで不審死事件なんて起きたら面倒だしな」
「……は? お、お前は……」
バケモノの向こうから現れたのは、マスクとサングラスで顔を隠した謎の男。だが、オレはコイツを知っている。
無気力な声。ボサボサの髪。ダサい制服に、見覚えのある名前が書かれたネームプレート。
お前は、お前は……
「あの、コンビニの……!」
「あー……着替えるの、忘れてたな」
無気力で、無表情で、無愛想なあの店員。
先ほどまで苛立ち見下していたコイツが、今はとてつもなく恐ろしい存在に見える。
「……ってか、下半身、すごいことなってますね。大丈夫ですか?」
「ひ、ひいっ! く、く、来るな! 来ないで、こないでくださいぃ!!」
なぜ、そんな涼しい顔をしている。
なんで、お前がここにいる?
一体、何が起こっている!?
分からない。理解できない。
今はそれが、ただただ怖くて。
「こりゃ、パンツも替えなきゃな。うちのコンビニから持ってきましょうか?」
「いやっ……だっ、大丈夫ですぅぅぅぅ!!」
下腹部に不快極まる湿った感触を感じながら、逃げ出すことしかできなかった。
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