第5話
ラビィはその女性に話しかけようと近づきかけた、その時...
微かな足音に、鎧の女性は即座に反応した。
腰を浮かせ、反射的に剣へと手が伸びる。
その鋭さに、ラビィは思わず息を呑んだ。
「っ!」
だが、刃が抜かれることはなかった。
女性は、こちらを一瞥すると動きを止め、はっとしたように目を見開く。
「ご、ごめんなさい!驚かせてしまいましたね。」
剣から手を離し、深く頭を下げる。
その仕草は、あまりにも素直で、拍子抜けするほどだった。
「いえ……こちらこそ」
ラビィも慌てて首を振る。
噂に聞いた、神の声を聞く戦士。
その先入観が、胸の中で静かに崩れていく。
近くで見ると、彼女は驚くほど可憐だった。
疲れは隠せないが、瞳は澄み、表情は年相応の柔らかさを残している。
「……あの」
ラビィは、少し迷ってから声をかけた。
「あなたの、お名前を……聞いても、いいですか?」
一瞬の沈黙。
女性は視線を伏せ、そして小さく息を吐いた。
「ジャンヌです。ジャンヌ・ダルク」
名乗ったあと、思い出したように付け加える。
「さきほどは、本当に失礼しました。最近……警戒することが多くて」
困ったように笑うその姿に、ラビィは胸の奥がくすぐったくなるのを感じた。
怖い存在だと身構えていた自分が、少し恥ずかしい。
「いえ……びっくりはしましたけど」
そう言うと、思わず笑い声がこぼれた。
ジャンヌも、つられるように小さく笑う。
短い雑談が始まった。
旅の話、天候の話、食事のこと。
戦場の只中とは思えない、穏やかな時間。
やがて、ラビィは言葉を選びながら、自分の旅の目的を語った。
人の想いを記録し、未来へ残すこと。
その生き方や信念を、形として受け継ぐこと。
ジャンヌは黙って聞いていた。
そして、静かに頷く。
「……それが、神の御心なら」
迷いはあった。
けれど最後には、真っ直ぐな目でそう言った。
抽出は、静かに行われた。
祈りのように、風のように。
ジャンヌの信念が、確かにラビィの持つ小さな端末の中へ刻まれる。
「おーい、ジャンヌー!」
遠くから兵士の声が響く。
彼女は、はっとして振り返った。
「ごめんなさい、もう行かなくては...」
数歩進んだあと、ふと思い出したように立ち止まる。
胸元に手を伸ばし、小さな首飾りを外した。
そして、ラビィの首にそっと掛ける。
「これは……私が怖くなった時、祈るためのものです」
少し照れたように、けれど真っ直ぐに。
「あなたも、迷う時が来たらこれに祈ってください」
笑顔。
戦場の象徴ではない、ひとりの少女の顔。
背を向けた瞬間、その表情は引き締まった。
兵士たちの前に立つ、導く者の顔へと戻る。
ラビィは、その背中を見送りながら、
首飾りの重みを、確かに胸に感じていた。
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