トラックに轢かれて死んだと思ったら月読尊に「代わりに行け」ってスキルなしで中世の京の都に飛ばされたんですけど
西暦2028年10月4日
ここは神奈川県鎌倉市にある鎌倉駅近くの交差点。そこの横断歩道で、高校3年生の三浦マコトは信号を待っていた。
「塾終わった。これから帰るっと」
マコトはスマホで母親にメッセージを送っていた。
(塾の帰りにゲーセンに寄ったら、ちょっと遅くなってしまったなぁ)
そんなことを思いながら、ふと空を見上げると、明るく輝く満月が目に入った。
(今日は満月かー。写真撮っとこ)
マコトがスマホを上空に向けたとき、右側から強く眩しい光が視界に差し込んできた。思わずマコトは目を細めた。
(んんっ?!)
車の音が近づいてくる。乗用車ではない。もっと大きい。そちらを向く。眩しい。
(トラック?!)
次の瞬間、マコトは真っ暗な場所にいることに気づいた。
(あれ?さっきものすごく近くに、トラックっぽいものが見えて……あれ?)
マコトは自分が座っている姿勢であることを認識した。イスに座っている自分自身の体が見える。自分の体とイス以外は、真っ暗で何も見えない。
自分の両手を上げてみる。拳を握ってみる。座ったまま、足を動かしてみる。
「ここは夢の中なのか?」
言葉を発してみた。
「夢じゃないぞ」
自分以外の声が聞こえ、はっとして見上げる。
マコトの目の前の先にテーブルがあり、さらにその先に男が座っていた。
長い黒髪で、顔立ちが整っていて、マコトは女性なのかと一瞬思ったが、先ほど聞こえた声がそうではなかったため、男だと認識を改めることにした。そして、古代の装束を思わせるような変わった服を着ていることに気づいたが、とても似合っているとマコトは思った。
「えーと、どちらさまですか?」
マコトの質問に、やや不機嫌そうな顔をする。
「あ、すみません。人に名前を聞くときは、まずは自分から名乗るべきですよね。俺……あ、私は」
「知っている。私が呼んだのだからな、三浦マコト」
(え?なんで俺の名前知ってるの?これ、何か新手の詐欺?)
「詐欺だとは、神に向かって失礼にもほどがあるぞ」
(あ、あれ?俺、今、口に出して喋ってないよな?)
「まあいい。答えてやる。私は月読尊だ」
「ツクヨミノミコト?」
マコトはその名前に覚えがあった。マコトは受験生である。必死に日本史も古文も勉強している真っ最中だった。
「ああ、知っています。天照大神の弟ですよね?古事記とかにあんまり話が載っていなくてマイナーだけど」
月読尊と名乗る男の顔は、ますます不機嫌そうになった。
(あ、しまった)
マコトは少し焦る。
「え、えーと、ほら、月を司る神様ですよね。えーと、それから、あと……」
(なんだっけ?)
「そんなことは、どうでもいい。それより、お前にやってもらいたいことがある」
月読尊は話を切り替えた。
「その前に、ここはどこなんです?周りは真っ暗で何も見えないのですけど」
「どうでもいいだろ」
「ええー、あ、あと、自分はさっき交差点にいて……トラック?」
(自分に何が起きたんだろう。もしかして、トラックに轢かれた?……それで病院に運ばれて昏睡状態とか?ここは夢の中?)
「だから夢ではないと言ったろうが。お前の命脈はもう絶たれているぞ」
「命脈……はい?」
月読尊は面倒そうな表情を浮かべ、何も言わない。
「……」
「……マジで?もう死んでる?」
月読尊は視線を外して、わざとらしく、ため息をついてみせる。
(マジかよ。本当に?死んだ?マジで?)
マコトはもう一度周りを見てみるが、何も見えない。自分の体と、目の前の月読尊と、テーブルとイスだけだ。
(信じるしかないのか……でも、全然実感が湧かないな)
あまりに突然すぎて、マコトの心の中には、驚きも悲しみも怒りも何も浮かんでこなかった。
マコトは月読尊の方を見る。
「あの、それで、俺はこれからどうなるんです?」
月読尊もマコトに視線を合わせる。
「だから言っただろ。お前にやってもらいたいことがあるのだ」
「どんなことですか?」
月読尊は深く息を吐き、話を続けた。
「私をずっと呼び続けている奴らがいるんだが、そこに代わりに行ってきてくれ」
「断ったらどうなるんです?」
「別に。他の死者を送るだけだ」
「俺はどうなるのです?生き返るんです?」
「人が生き返るなど、そんなことが起きるわけないだろ」
「じゃあ転生するんです?」
「転生などと、人はそういう夢物語が好きだな。そんなものは存在しない」
「じゃあ俺はどうなるんです?」
「消える」
「消える?」
「ああ、消える。その仮初めの体も、かろうじて留められているその心も」
「全部?」
「ああ」
(……そっかー、って、ええっー?!消えるの?!全部、何もかも?!断れないじゃん!それに、転生ってないの?そうだ、これってアニメとかで、よくあるやつじゃん。異世界とかに転生させてもらえるんじゃないの?!)
月読尊は黙っている。
「三浦マコト、もういいか?」
「あ、待って待って。行きます、行きます。でも、どこへ?」
「行ったら分かる。じゃあ送るぞ」
「ちょっと待って。それよりも何かスキルとかもらえないの?」
「すきる?なんだそれは」
「なんかこうすごい魔力とか、あと剣……あ、ほら草薙剣みたいなのもらえないの?」
「我ら神々は、地に暮らす人々に、何か益をもたらしたことなど一度とてないぞ」
「元日にいつもお賽銭入れているのに」
「それは上から見ていて知っているが、その行き先は我々ではないぞ。まあ、そんなもの、はなから要らないがな」
(お賽銭、返してほしいなぁ)
「ああ、本当に面倒な奴だな。もう送るぞ!」
次の瞬間、マコトは自分の周りを、さまざまな光の筋に取り囲まれていることに気づいた。光には赤、黄、緑、白などの色がついていた。
(まぶしっ!)
マコトは思わず目を細めた。
(な、なに?ここどこ?クラブハウスとか、ホストクラブなの?行ったことないけど)
次第に光が弱まっていった。
マコトがようやく目が慣れてきて、前を見ると、先ほど見た月読尊とはまた違った古風な服装をした男の人達や、女の人達が立っているのが視界に映った。ここは室内のようだった。
(クラブハウス?)
ホストクラブ説は否定された。
マコトが足元を見ると、三角形のような図形や文字や記号のようなものが、複雑に描かれた布が敷かれていた。
(これ、踏んでもいいやつなのかな?)
マコトはもう一度、周りを見る。
男の人達が、ざわついていた。
「失敗したのではないのか?」
そのような声が聞こえてくる。
(あ、あれ?俺、何かやっちゃいました?)
マコトから見て、一番手前にいた年配に見える男性が、一歩前へ進み出た。
「失礼ですが、どちらさまでいらっしゃいますか?」
(それはこっちが聞きたいんだけども。人に名前を聞くときは、先に自分から名乗るのがマナーじゃない?)
そう思ったが、土足で踏み込んだのは自分のような気もしてきたので、
「三浦マコトですが」
と、答えると、後ろにいる男達の間から、がっかりしたようなため息があちこちから聞こえた。
「さ、左様ですか……」
と、答えた初老の男の顔には、残念そうな表情が浮かんでいた。
(……なんだか、気まずいんですけど)
二人とも少し押し黙ったままだったが、マコトの方から沈黙を破った。
「ところで、ここってどこですか?」
「ああ、はい、神祇陰陽府でございます」
「じん……え?なんです?それ」
「もともとは神祇官と陰陽寮に別れておりましたが、一つにまとめられ、今はこのような名となりました」
「”じんぎかん”ってのはよく分からないんだけど、陰陽寮?」
(陰陽寮……陰陽道……ああ、映画とかマンガで出てくるやつだな)
マコトは改めて周りを見渡す。男性達が来ている服装は、マコトの記憶にある陰陽師の服装にとても似ていた。他にいる女性達の服装は巫女装束そのものだった。
(陰陽寮ってことは……)
「ここって、京都?」
「……京と?」
また、二人の間に沈黙が訪れる。
「京……の都?」
「はい、その通りです」
(京都かー。去年、修学旅行で来ているんだよね)
「失礼ですが、三浦殿はどちらからいらっしゃったのでしょうか?」
「ん?あー、えーと、鎌倉市だけど」
「はっ、鎌倉?!」
その初老の男も、後ろにいる男性や女性達からも驚きの声が上がる。
(あ、あれ?みんな急に目つきが厳しくなったんだけど、なにかマズいこと言っちゃいました?)
ざわつく人々の中から、一人の陰陽師が前に飛び出してきた。
「こいつは敵じゃ!」
よく通る大きい声を、マコトに向けて発する。
(もしかして、ヤバい雰囲気?逃げた方がいいかな?)
マコトは周りを見るが、部屋の中が暗いし、出口もよく分からない。
躍り出た陰陽師が何やら呪符らしい紙を取り出し、指先に挟んで顔の前で構えた。
「急急如律令!」
その叫び声と共に、陰陽師の周りに火の玉のような炎がいくつも浮かび上がる。
(ああ、ヤバい、ヤバいよ!月読尊さま!見てる?!見てるよね?やっぱりスキル欲しいよ!今すぐ!助けて、お願い!)
炎が引き延ばされるように矢のような形へと変え、その先が一直線にマコトの方を向く。
(もうダメだー)
マコトが諦めかけていたとき、
「安倍殿!お待ちください!」
透き通るような綺麗な女性の声が聞こえた。
マコトと陰陽師の間に、巫女装束を着た一人の女性が割って入ってきた。揺れる黒く長い後ろ髪にマコトは、つい見とれてしまった。
「このお方は、月読尊の遣いかもしれません!」
「何を言うか!そやつからは何の力も感じられん!」
巫女は一歩も引かず、二人の間に張り詰めた空気が流れている。
そこにマコトの少し間抜けな声が響き渡る。
「月読尊?ああ、その人……じゃない、神様ならさっき夢の中で会って話ししたよ。代わりに行ってこいって」
少しの沈黙の後、陰陽師達や巫女達がざわつき始めた。
「月読尊は応じてくださった、と見てよいのか?」
「誰も来なかったよりかは成功なのでは?」
などの声がマコトにも聞こえた。
安倍殿と呼ばれた陰陽師は気が削がれたのか、
「もういい。あとは神祇官の連中で好きにしろ」
そういって部屋を出て行った。炎の矢もいつの間にか消えていた。
(ああ……助かったかも)
部屋の中のざわめきも落ち着きだし、マコトに最初に話しかけてきた初老の男が口を開いた。
「失礼しました、三浦殿」
深くお辞儀をし、話を続ける。
「まだ名乗っておりませんでしたな。私は加茂忠明と申します。この神祇陰陽府の長官を務めております」
(一番偉い人なのかな)
長官は少し振り向き、
「月読奉斎巫女殿、こちらへ」
と、先ほどの巫女に呼びかけた。巫女は振り返り、近くまでやって来た。
(ああ、綺麗な人だなぁ)
マコトは少し見とれてしまった。男子高校生なので仕方がなかった。
「お初にお目にかかります、月読尊の遣いの方。私は月読奉斎巫女を務める葛野依と申します。依とお呼び下さいませ」
「ああ、これはこれはご丁寧に。俺……私は、三浦マコトです。よく分からないけど、ここに来ました」
長官と依が深く頭を下げる。そして、長官が口を開いた。
「三浦殿。まずは本日のところは、屋敷をご用意しておりますので、そちらでお休み下さいませ」
(ふぅ、一時はどうなるかと思ったけど、もう大丈夫そうかな)
「ところで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんでございましょうか?」
「今って、どういう時代?」
長官の表情から少しだけ険しさが浮かび上がったが、すぐに消え、間を置いてからその質問に答えた。
「今は、鎌倉殿の世になります」
マコトは依に先導されて、この部屋を出た。そして、廊下を歩き、出入り口と思われる場所から外に出た。
(暗くてよく分からないけど、大きな建物だなぁ)
マコトは自分が出てきた建物を眺める。
「三浦殿。さぁ、こちらへ」
依から声をかけられる。
(三浦殿……さっきのおじさんならともかく、同じ年ぐらいの女の子にそう呼ばれるのはちょっとなぁ)
「ねぇ、依」
「はい、なんでございましょうか?」
「俺のことはマコトって呼んでくれない?」
「は、はいっ?!」
依は驚き、目を見開いてマコトを見る。
「いやさ、同じぐらいの年だよね?そんな呼ばれ方するのは、なんかこう背中がむずむずするんだよね」
「し、しかし、あなた様は月読尊の遣いであられて」
「遣いかどうかは自分でもよく分かんないんだよね。行ってこいとしか言われてなくて」
「さようでございましたか」
「あとさ、言葉遣いももう少しくだけた感じにしてくれると助かるかな」
「ま、まあ、三浦……マコト様がそう願われるのであれば」
(マコト様……う、うん、まあ、それはそれでちょっと嬉しいかな)
マコトの表情が少しニヤける。
「うん、じゃあそんな感じでよろしくね」
「わかりました。それでは、参りましょうか」
マコトは依の隣りに並んで、その場所をあとにした。
「さあ、着きましたよ。こちらです」
依に言われて、マコトが目にしたのは、それなりに広い屋敷だった。
(暗くて、どこまでが敷地内かよく分からないけど、結構大きいな。鎌倉市内だったらサラリーマンだと手が出せないかなぁ)
「立派な家だね。ここに住んでいいの?」
「はい、月読尊に、しばし留まっていただくために用意した屋敷ですので」
(まあ、いっか。月読尊、あの様子じゃあ地上に全然興味なさそうだったし、来ることもないかな)
「じゃあ、お言葉に甘えて」
二人は門をくぐり、玄関の扉を開けて、中に入っていった。
依に案内されたのは、それなりの広さのある板床の部屋だった。部屋の隅に、木枠に紙を張った小さな灯りが置かれており、また机や座布団のような敷物などもあった。すぐに生活できる準備が整っているようだった。
「へぇ、すてきな部屋だね」
「本当は畳を用意したかったのですが、神祇陰陽府もそこまで余裕があるわけではなくて」
「全面板床フローリング、好きだよ。うちもそうだし」
「風呂?」
「風呂?……は、今日はもういいかな」
「わかりました。また、お望みとなられたらお声をかけて下さい」
「ありがとう」
(お風呂ってこの時代にあるのかな?)
マコトは少し疑問に思った。
「お食事はどうなさいますか?」
(なんだか、これって夫婦の会話みたいだなぁ)
顔がニヤけそうになったが、わざとらしく咳をしてから答えた。
「あ、うん、あんまりお腹がすいていないんだよね。明日の朝でいいよ」
「わかりました。それでは、私は隣の部屋で控えていますので、何かあればお声をかけてください」
「わかった。ありがとう」
そう答えると、依は軽くおじぎをして部屋を出ていこうとした。
「あ、そうだ、依、ちょっと待って」
そう声をかけると、マコトの方に振り返った。
「何か書く紙とペン……筆みたいなのってあるかな?」
「はい、ご用意できますよ。月読尊にお手紙でも書かれますか?」
(いや、そんなことはまったく考えもしなかったよ)
マコトは、ぶっきらぼうな月読尊の顔を思い出してしまった。
「手紙じゃなくて、日記でも書こうかなーって。せっかくここに来たんだし」
「まあ、日記ですか。風雅なことですね」
マコトは自分の右手をじっと見た。
(スマホがあれば「鎌倉時代の京都に来た」って投稿するんだけどなー)
右手を開いたり閉じたりしながら、馴染んだ重みがないことをマコトは寂しく思った。
マコトは部屋の中を見回しながら、
「まだ寝るには早い時間なんだけど、することがなさそうで手持ち無沙汰で……」
マコトは依に視線を向けた。
「つれづれなるままに?」
しばらくすると、依がいくつか物を抱えて戻ってきた。それを机の上に置いていく。
「紙に、筆に、硯に、墨に、これは水が入った入れ物か。うん、小学校の習字で使ったのと変わらないな」
マコトは満足そうな表情を浮かべた。そして、硯に水を入れ、墨をすっていく。
「よし、準備出来たかな」
「紙に書き終えましたら、こちらの箱にお納めください」
「ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして。それでは、これにて下がらせて頂きます」
マコトは、いざ紙に書き始めようとしたが、
「あ、依、何度もごめん。もう一つだけ」
「はい、なんでしょうか?」
嫌な顔どころか、むしろ頼られて嬉しそうな表情を浮かべていた。
「今日って、何年何月何日なの?」
「建保六年、神無月、十五日でございます。……今宵は満月ですね」
依は優しく微笑んだ。
「ありがとう。今度こそ、おやすみ」
「はい、それでは失礼します」
依は隣の部屋へと下がった。
(さてと、書き始めるとするかな。建保6年……って西暦何年なんだろう?まあいいか、そのまま書くか。神無月は10月だったかな)
建保六年十月十五日
『去年の修学旅行に引き続き、今年も京都にやってきた。鎌倉時代の京都も面白そう。明日が楽しみだ。』




