金縛りに近い現象だったのか。
夢とは、不思議なものである。
私たちは毎日のように夢を見るが、そのほとんどは朝目覚める頃には忘れ去られている。
しかし時に、現実よりも鮮明で、深く脳裏に焼き付く夢がある。
それは単なる“寝ている間の出来事”では済まされず、
まるで自分自身の内側に潜む何か──疲労、恐怖、孤独、不安といった感情が、形を変えて語りかけてくるかのようだ。
この物語は、実際に体験した夢をもとに書かれた。
夢の中で夢を見て、目が開けられず、助けを求めても誰にも伝わらない。
それは一見、ただの奇妙な夢のようでいて、
深く読み解けば、現実に溜まった疲れと心の叫びが浮かび上がってくる。
眠りとは、休息でありながら、時に最も危うい世界への入口にもなる。
あなたがこの物語を読んで、その狭間にある“違和感”や“感覚”を思い出すきっかけになれば幸いだ。
『目が、開かない』
昼下がり。
カーテンの隙間から漏れる光が、ベッドのシーツに淡く滲んでいた。
体中が重い。頭はガンガンするし、足も筋肉痛で軋む。昨日、弟と自転車で出かけた疲れが、全身に貼りついて離れなかった。
──少しだけ、寝よう。
スマホを置く直前、「検索してはいけない 危険度7」と書かれた動画のサムネイルが目に焼き付いた。
不気味なサムネ。意味不明な音声。喉の奥にひんやりした感覚を残したまま、まぶたが閉じていく。
⸻
気づけば、夢の中だった。
だが、それが夢だとは分からなかった。
体は布団の中、現実と同じ配置。
ただ、ひとつ違うのは──目が開かない。
開けようとする。抵抗する。でもまぶたが鉛のように重く、視界は暗闇のままだ。
それなのに体は動く。右手も、足先も。
だけど目だけが、なぜか、どうしても、開かない。
「助けて……目が……開かない……」
声にならない声で、近くにいた弟に呼びかけた。
しかし彼はこちらを振り返り、不思議そうに眉をひそめて言った。
「……誰?」
その言葉が突き刺さる。胸の奥がズキンと痛む。
そのまま、もう限界だ、と目を閉じて──眠ってしまった。
そして次の瞬間、ベッドで目を覚ました。
……と思ったのに、また同じ状況だった。
同じ部屋、同じ疲労感、同じ重さのまぶた。
「また……夢か……?」
無理やり目を開けようと、力を込めると──
突然、**耳がキィィィィン……!**と叫んだ。
脳の奥に刺さるような音。体が警報を鳴らしているようだった。
痛い。怖い。逃げたい。でも起きられない。
気づけばまた、弟がそこにいる。
もう一度、声を振り絞った。
「俺……だよ……さっきから呼んでるだろ……!」
でも、弟はゆっくりと顔を背けた。
その輪郭が、だんだんとにじんで、知らない人に変わっていく。
その瞬間、恐怖よりも疲労が勝った。
意識が深く沈み込んで、また、眠りに落ちる──。
⸻
何度繰り返したか分からない。
そのうち「起きたはず」が全部嘘のように思えてきた。
現実とは?夢とは?
今こうして目を開けているこの瞬間も、本当に起きているのか?
静まり返った部屋の中。
じっと耳を澄ますと、どこか遠くで──
キィィィン……
あの耳鳴りが、まだ微かに鳴っていた。
※この話はノーフェイクです
この短編を書き終えたとき、ふと疑問がよぎった。
──「本当に今、自分は目を覚ましているのか?」
現実に戻ったつもりが、まだ夢の中だった。
そんな体験を一度でもしたことがある人なら、あの感覚の不気味さと、やるせなさを理解してくれるだろう。
身体は動いているのに目が開かない、助けを呼んでも名前を呼ばれない。
そして何よりも、「これが現実なのか夢なのか」が分からなくなるあの瞬間。
この作品には、単なる“怖さ”や“夢の不思議さ”だけでなく、
日常の中で私たちが見過ごしている「心の疲れ」や「助けを求める声」も織り込まれている。
もしあなたが今、少しでも心や体に疲れを感じているなら、
それはあなたの奥底が「そろそろ休んで」と、静かに警告しているのかもしれない。
この物語を読み終えた後、
今あなたがいる“ここ”が、本当に現実かどうか──
そっと、確認してみてほしい。
どうか、次に眠るときは、静かで穏やかな夢があなたを包みますように。