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2-1 業界人、 現実に帰還する



7月になった。

中途半端な梅雨の中、夏の暑さだけが続く。


子どもの頃は6月中に梅雨が始まって7月にはもう完全な夏だったような気がするが、それは気のせいだろうか。

そんなことを思いながら、いつもと同じく世間よりは少し遅めの朝10時にマンションを出た私は、玄関先にセミの死骸があることに気がついた。


「まだ梅雨も明けてないのに相手も見つからなかっただろう。かわいそうにな」


そう思いながらポーチにあるプランターに埋めてやろうと手を伸ばそうとして―――



私は気づく。


「デジャヴだろこれ。ていうか巻き戻しか?」


瞬間、脳に鮮やかに蘇るのは神様との邂逅。


この世界の終わり、

選んだ能力、

爆発的な力、

プレゼントアイテム、

そして優しい声。


夢かもしれない。でも違う。

 

身体の奥から届く反応が明らかに1秒前とは違うと解る。

なにより、心があれが夢ではないと告げてくる。

得た能力を確かめるまでもなく、私は急いでホールへ向かう。


先ほど同様に、この階でエレベーターが待っていた。


タイミングぴったりの信号待ち。

遠くに力強く立ちのぼる入道雲。

隣にぽっかりと浮かぶ大きな白い月。

そして空車のタクシーが少し先に見える。

横断歩道を渡り、手を挙げタクシーを待つ。

割り込みのようにタクシーに乗り込む若者。


そこで私は声をかける。


「すみません、私が先に手を挙げていたんです。急いでいるので譲っていただけますか?」


「あ、そうだったんですね。気づかずごめんなさい。もちろんどうぞ!」


気持ちよく譲ってくれた若者に丁寧に御礼を伝えてから私はゆっくりとタクシーへ乗り込む。

携帯で行く先を調べなおす仕草をして「あの惨劇」に繋がるタイミングを確実にずらす。


その時、タクシーの横を暴走トラックが走り抜けたのだった。


―――――――


編集部に着き、部長たちにひと通りの指示を出してから、私は役員会議室へ入室した。


管理者には重要なリモートミーティングを行うので退出するまで一切の入室不可と告げてある。

身体能力はあまりに人間離れしているだろう。

この場では確かめることは避けたほうが良さそうだ。

とすると、確かめるのはあのプレゼントギフトになる。


「アイテムボックス」


そう告げるとなにもなかった空間にそれは滑らかに現れた。

黒い布袋、サンタがプレゼントを詰めるような大きさか。


「わかってたけど、現実なんだな」


そう呟くとアイテムボックスから小さな妖精のような女の子が顔を出した。


『そうだよー!! これは現実です! ツバメくん! 初めまして!!!』


―――――――


会議室に突然響く子どもの声。

私は慌てて目の前に浮かんでいる袋を閉じるのだった。


「いや、声デカいだろ。ちょっと抑えてもらえるか?」


『大丈夫だよ! 私の声はツバメくんにしか聞こえないから。むしろツバメくんこそ独り言に気をつけたほうがいいと思うよ!』


「そうなのか、それはちょっと不便だな」


『まあ慣れれば声を出さずに会話できるようになるよ。それまでは我慢だねー♪ 』


きっと現実だと思ってはいたが、やはり目の前にアイテムボックスが浮かび、妖精が現れると私も動揺を隠せなかった。


「えーと、妖精……じゃないか、精霊だよね。名前を教えてもらえる?」


『名前なんてないよー。必要ならツバメくんが決めてよ』


「まじか。そんなこといきなり言われてもすぐには思いつかないよ」


『ま、なんでもいいんじゃない? 私たちには名前にあんまり意味なんてないしね』


『そうなのか。でも名前がないのは呼ぶときに不便だ。君はアイテムボックスのナビゲーターなんだよな……。安易だけどひとまずナビィ(仮)でどうかな?」


『オッケー。ナビィね。名前ありがとう!」


その瞬間、私と妖精を白い光が包み込んだ。

柔らかな光はしばらくして消えていった。


『わお!名付けで絆が結ばれたっ! 出会ってすぐとかあり得ない!よっぽど私たちって相性いいみたいだよ! どうする? 結婚しとく?』


「いや結婚はしないぞ」


『だよねー! 今度にしとこう! で、なにから教えようか!』


妖精軽すぎだろ。大丈夫かこれ。


「いや、とりあえずはもういい。さすがに会議室で意味不明な独り言を聞かれるのはよくない。どこか落ち着ける場所でまた呼ぶから一旦戻ってくれ」


『りょーかーい! じゃ次からは「ナビィ」と呼んでくれたら出てくるよ。あと先に伝えておくと他の人には声だけじゃなく、私の姿はもちろん、袋も見えないから。但し、中に入れたり出したりするのは他の人にも見えちゃうからもし隠したいなら気をつけてね!』


「便利なようなそうじゃないような。わかった。気をつけるよ」


「あ、あとさ。ツバメくんが呼んでくれなきゃこっちからは勝手に出てこれないからね!」


「そうなのか、わかった。基本明日からは夜中に呼ぶと思う。少しずつでいいから色んな知識を教えてほしい。よろしくな」


『あとあとあと最後に。これ、本当は「魔法の袋」って名前だよ。どうでもいいけど。じゃまたねー! バイバーイ!』


ナビィはそういってアイテムボックスに引っ込んで同時に袋も目の前から消えた。


とりあえずは事実確認はできた。


そしてこれが紛れもない現実だとなった以上、私は半年後にくるこの世界の終わりに向けてどのように備えるべきかを考えなければならない。

とはいえ、このハプニングが起きてからまだほんの1時間足らず。


なにをどこから始めればいいのか。

まだなんの覚悟もないまま私は今後の段取りを考えるのだった。

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