5-8 業界人、農業とマネージャー体験をする
清山の視察翌日。
私とヒカリは早朝のうちに拠点を後にした。
高速方面には向かわず、しはらく一般道で戻ることにした。
周辺の環境を見ておきたかったのだ。
冨川はもうしばらく清山に残り防衛体制の詰めをしつつ、行政や現地法人との折衝をするということだった。
まあそれも大事だけど。
最後まで徹底してやってんなあ。
清山を含む北鴎市は畜産や稲作が県内では最大の収穫エリアとなってる。
牧場や近くにあるファームは拠点との直接アクセスを想定、検討しているが、基本的な考え方としては拠点内に大型ファームを用意してそこに農業従事者をスカウトしていく方針を取ることになっている。
ヒカリとそんな話をしていると、通りがかりに農業体験の看板をみつけたので立ち寄ってみることにした。
「うわー、なんだかここは特別に気持ちがいいところだねー!」
そこは渓流沿いに山を切り拓いて作られた素朴な場所で、大小さまざまな古民家がぱらぱらと建っており、小さな村のようだった。
受付はなく入口に近い古民家を覗いてみると、おばあさんたちがいたので声をかけてみた。
「こんにちは、少し伺ってもいいですか?」
「あらまあいらっしゃい。こちらへどうぞ」
ひとりのおばあさんが対応してくれた。
「いいところですね。ここはいつからやってらっしゃるのですか?」
「わたしはまだ5年くらいだわね。もとは自分の家で農業をしていたんだけどおじいさんが亡くなってからここを手伝うようになったのよ」
聞くとここは齢を重ねた方たちが集まって、暮らし通いながら農業をしているファームだという。
もともとはそれぞれが農家を営んでいたが、跡継ぎに恵まれず農場を維持するのが困難になった人たちで集まって、のんびり農業を楽しんでいるのだとか。
話を聞いていると、そこへ真っ黒に日焼けしたおじさんが現れた。
同年代か少し上かなと思ったのだが70歳だった。
それでもここの最年少だとか。
名は村山さんという。
「おう、お客さんか。平日に珍しいな!親子で旅行かい?」
「ぶー!私たちカップルなんだよー」
「やめなさい」
「ガッハッハ、元気なおねえちゃんだな。野菜でももぎっていくといい」
簡単な指導を受けながらふたりできゅうりやナス、トマト、ピーマンなどの野菜の収穫をさせてもらった。
「初めてでしたけど楽しいですね」
「これをすぐ食べるのが最高なんだよ、ほら」
庭の井戸で汲んだ冷たい水の入ったタライを渡され、採りたての野菜を冷やすよう促された。
「うわー、美味しすぎる! なんにもつけなくても甘ーーい! なにこれー!」
「採れたてだからな。旬のものは特に美味いんだよ」
「本当に美味しくてびっくりしましたよ」
気を良くした村山さんは私たちの質問に次々と答えてくれた。
話は今の農業が抱える悩みにも及び、少し問題が分かったような気がした。
「やっぱりいちばんは後継ぎなんですね」
「そうさな、どこもそうだが大変な労力をかけてもそんなに儲からないしな。若いもんは出ていっちまうよ。もう少し国も考えてくれりゃいいんだけどな」
私は清山に企業移転をすることを伝えた。
多くの仕事があり人が集まること。
そこにはもちろん若い者もいて、大規模な農園を地元の人たちの力を借りて運営したいと思っていることも。
「それは嬉しいな。今どきそんなことしてくれる企業さんがあるなんてなあ。清山も少しは元気になれそうだ」
「仲間がいま地元の行政とも話をしていますよ。
ここにいるみなさんともご一緒できると嬉しいです」
「それは楽しみだ。農業は厳しさもあるが面白いこともある。若い人たちにそれを教えたいぜ」
村山さんは笑っている。
おばあさんたちも嬉しそうだ。
「必ずまた来ます。ぜひまたお話を聞かせてください」
そうして私たちは古民家ファームを後にした。
国や組合が抱えている問題もあるだろう。
農業を営む人たちの抱える問題もある。
そこには多くのしがらみがあるのだろうけれどそんなものはもう関係ない。
新しく全部作り直せばいいのだ。
新世界は不安だけではないのかもしれない。
ここに立ち寄れたのも、また幸運だった。
―――――――
久しぶりに東京に戻った。
田舎からほんの2時間あまりでこの喧騒だ。
日本は狭いんだなと再認識した。
私はクルマを入れ替えに自宅へ戻ることにした。
都内にハマーH1は大きすぎる。
山橋さんに見つけてもらった新居は南青山の小さなマンションだ。
取り壊しが決まっているため住人はすでに不在で、私の貸し切りになっている。
地下の駐車場にハマーを停め、周囲を見渡しながらクルマを入れ替えた。
ヒカリが部屋を見たがったので案内すると、案の定ここに住むとか言い出した。
いつもなら一蹴するところだが……。
「まあ隣の部屋ならいいんじゃないか」
「うわー、まじで!? 言ったからね! 聞いたからね! やっぱりダメはナシだからね!」
「トミーの許可がもらえたらな」
まあ、出るだろうな。
ヒカリは大喜びだ。
「さあ送ろう。なぜか今日はオレがマネージャーらしい」
「え! そうなの!? やったーーーーー!!」
思わぬ延長戦にヒカリは狂喜乱舞である。
ついさっき冨川からその旨、連絡があった。
担当が風邪を引いてダウンしたらしい。
絶対仕込みだと思うのだが。
トミー、止まらねえな。
地下に降りて、さきほど出しておいたシボレーのアストロに乗りこむ。
ゴローのクルマでタレントの送迎車に使えそうなのはこれくらいしかなかった。
多少派手ではあるが……シリーズの警察ドラマの相棒役でまた再ブレイクしている大物俳優も若手の頃はこれを移動車にしてたしな。
もちろんヒカリは後部座席である。
高速で湾岸エリアにあるテレビ局へと向かう。
車両が申請してあったものと違うので止められたが、ヒカリが顔をのぞかせたら通してもらえた。
「さあ、ヒカリさん、行きましょうか」
「うむ! 手を引くと良い!」
「引かん!」
後部ドアを開けてアテンドし、エレベーターへ向かうと見知ったプロデューサーとADたちが出迎えに待っていた。
「これはこれはツバメ社長! 現場にお越しになるなんて珍しい! 光栄ですよ!」
「上埜さんそういうのいいですから。勘弁してかださいよ」
彼は湾岸テレビのドラマプロデューサーである。
昔、記者としてこの局を担当したときに広報にいた方だ。
私が新入社員のときだったので今思えばたくさん迷惑もかけただろうがとてもかわいがってもらった恩がある。
「一応、言ってみたよ。でも現場で会うのは本当に久しぶりだ。前は張り付いてくれてたのになあ。本当に現場こなくなったよな」
「本当は来たいんですけどね。自分も現場のときは偉いさんが来るの苦手でしたから。雑誌の取材現場では担当編集がスタジオでいちばん偉い人じゃなきゃダメなんですよ」
あれこれ話しながら控室へ。
ヒカリは荷物を置いてからメーク室へ向かった。
控室で調べものをしているとドアがノックされ、チーフマネージャーの羽山さんが入ってきた。
「あれ? 羽山さんどうしたんです?」
「冨川から今日はヒカリに付くように言われましたよ。社長、聞いてなかったんですか?」
トミー、やっばりな。
「送りは社長がやりたいって言ってるから現場合流でいいって聞きました」
「あー、そうだったかな。でもちょうど良かった。河東プロに行きたかったんだ。抜けるからあと任せます。終わったら戻るからヒカリにもそう言っておいてとらえますか?」
「もちろんです。いってらっしゃいませ」
「あ、そうだ大事なこと。冨川さん、これからトミーって名乗るそうだよ。そう呼ばれたら喜ぶって業界に広めといて。サプライズだからトミーには内緒でよろしく」
意趣返ししたった。 ざまあ。