2-6 業界人、タレントに懐かれる
会社を出た私はネモとの待合せに指定した六本木の行きつけの店へ向かう。
「あー!ツバメさん!いらっしゃませ!お待ちしてましたよ!」
開店準備をしていた馴染みの店長、タクスケが嬉しそうに声をかけてくる。
「久しぶりにお会いできて嬉しいですよ。どうしてたんです?」
「仕事の掛け持ちを始めたんだ。なかなか顔が出せなかった。開店前に申し訳ないな」
「もちろんですよ!ごゆっくり!」
ここは六本木交差点にほど近い雑居ビルの最上階にある会員制のバーだ。
バーといってもそれなりな食事も楽しめるし、広いラウンジのほかには個室もあり、カラオケやダーツもある。
大勢で騒ぐことはもちろん、個室で静かに過ごすこともできるとても使い勝手のいい店で長年通っている。
コロナ禍のときはどうしても顔を合わせて話す必要がある時には鍵をかけて場所貸ししてくれたりとてもありがたかった。
今ではセカンドオフィスのような使い方も許されるような関係だ。
待っている間、装甲車やゾンビハウスについてネットでリサーチをしていると、ほどなくしてネモからラインが届いた。
『これからスタジオを出ますがヒカリさんに捕まっちゃいました。次の仕事まで空いてるらしくて連れて行っていいですか。てかダメっていっても絶対着いてくると思います』
ヒカリはいま人気の若手女優だ。
懇意の事務所の社長が力を入れて売り出すというのでデビュー前から連載を立ち上げて私もブッシュすることにした。
以来、何度か顔を合わせるうちにすっかり私になついてしまった。
娘のような年頃なので私もつい甘やかしてしまいがちなのだが、人気女優へ成長したいまとなっては、よからぬ噂になっても責任なんて取れないので、なるべく仕事外では会わないようにしていた。
といいつつも社長からは「ツバメさん、ヒカリの面倒見てくれたらいいのに。知らない輩と遊ばれるより安心だし、ウチは大歓迎だよ」と半ば冗談だか本気だか分からないようなコメントもあったりするのだが。
『長くならないならね。マネージャーにも許可を取っておくように』
『伝えておきます。向かいますね』
――ピンポーン――
10分ほどで電子音が鳴った。
エレベーターでこのフロアのボタンを押すと来客を知らせるアラームが店内に鳴るようになっているのだ。
しばらくして店のドアが開く。
同時に女性が店内に駆け込んできて私に飛びついてきた。
「わー!ツバメさーん!やっと会えたー!」
やっぱりいつ見ても造りが違うな。
これが変わらない第一印象。
めちゃくちゃかわいくて小顔。
細身でもスタイルは抜群。
作り物みたいな過度なサイズはない。
でも身体が細い分、大きすぎないのにとても目立つ。
いや、エロい目線ではないよ。
元グラビア誌の編集長目線だ。
「あのなヒカリ、こんなとこ誰かに見られたら大変だぞ。いまはみんながタレコミできる時代なんだからな」
「全然会いに来てくれないツバメさんが悪い!それにここなら安心でしょ」
「そういうことじゃない。雑誌の編集長は交代できるけど、ヒカリはそうじゃない。替えの利かないブランドなんだからな」
「はーい、気をつけまーす」
「今日はネモと大事な打合せがあるからな。適当なところで仕事に戻れよ」
「わかってますよー。あとでマネージャーが迎えに来てくれるからそれまでね!」
ヒカリは私の腕にしがみつきながら嬉しそうにそう答えたのだった。
腕にしがみついたまま離れようとしないヒカリの前で「世界の終わり」なんてことを話せるはずもなく、私たち3人は当たり障りのない近況報告をし合っていた。
――ピンポーン――
そこへエレベーターのアラートが鳴った。
「タクスケー。誰か来るみたいだよ」
「なんだろ、他に予定ないんだけどな。配達かなあ」
「えー、もしかしてもうマネージャーが来ちゃったのかなあ。早すぎでしょ!」
しばらくしてドアが開く。
現れたのはどこか暗い感じの若い男性だった。
「えっと、どちらさまでしょう?」
どうやらタクスケの知り合いでもないようだ。
「…………あ、え、あの、、あ、しょ、食事を、したくて」
少しオドオドした様子で口ごもったあと、男性はたどたどしく言葉を発した。
「あ、そうだったんですね。でも店は夜からなので、まだオープン前なんですよ」
「……あ、え、でもあの、その、、人たちは、、」
「あちらの方々は関係者でして。それにここは会員制なんですよね。もしどなたかのご紹介ならまた時間を改めてその方とご一緒にお越しいただけますか?」
男性は黙り込んだあと、身体を震えさせながらこちらを見ていた。
さすがにしがみついてはいなかったものの、明らかに私に寄り添うヒカリを見て、ガサゴソとカバンに手を入れて何かを取り出そうとしていた。
「………ずるいぞ。…ヒカリと。なんでお前がヒカリと…、僕のヒカリと…。……僕のヒカリなのにぃ!」
突然、男はナイフを取り出して対応していたタクスケに切りかかった。
次の瞬間―――。
男は壁にめり込んでいた。
「キャ………」
遅れてヒカリが悲鳴をあげかけたが、それすらも間に合わないほどの瞬間の出来事だった。
「「「え?」」」
ヒカリ、ネモ、タクスケはなにが起きたのか理解ができずにそのままフリーズしていた。
(しまった。つい動いてしまった)
咄嗟のことに、私は立ち上がって男の横に移動。手首を捻り上げてナイフを取り上げてから、腹に当て身をしたのだが……手加減したつもりが男はまるでマンガのように壁にめり込むことになったのだった。
「「「…………」」」
なにか言いたげな、でもなにを言えばいいのか分からないような口ぶりで言い淀む3人に私は告げた。
「えーと、とりあえず救急車。詳しくは落ち着いてから話そっか」
―――――――
その後、警察には昏倒している男はヒカリのストーカーであり、ナイフを持って暴れ出したためにやむなく対応したことを伝えた。
タレントが関わっていることは外部に漏れないように頼みつつ、すぐに駆けつけたマネージャーが警察に同行して引き続き交渉してくれることになった。
私からも社長には騒ぎにしてしまったことに詫びの連絡を入れておいた。
逆にお礼を言われてしまったが。
救急隊員に運ばれていった男は幸いにして命に別状はないとのことだった。
崩れた壁は隠しようがなく、思い切ってそのまま回りもぶち抜いて、隣の部屋と繋げるDIYの工事中だということにした。
警察や救急が出ていったあと、私は3人に説明をすることにした。
「実はね、これから話すことはとても信じられないようなことなのだけど、まず私は誓って嘘をつくつもりもないし、どこかおかしくなったわけでもないと伝えておくね。そのうえでどうか落ち着いて聞いてもらいたいんだけれど……。
「……実はこの世界、あと半年で終わっちゃうんだよね」