第9話 作戦会議
「さて……それでは作戦会議を始めますわよ」
グラニーからお化け屋敷を始める許可を貰ったキャサリンは、その夜さっそく幽霊四人を集めていた。
「お婆ちゃまはこのお城でお化け屋敷を始める許可をくださいましたわ。ですからお婆ちゃまのためにも、絶対に失敗できなくてよ!」
『キャサリン嬢、さっそくなのだが質問いいか?』
デュラハン伯爵が挙手。
キャサリンは質問を許可する。
『お化け屋敷の経営を始めるのはいいんだが……どこにそんなお金が?』
『そうよキャサリンさん。私たちお金なんて持っていないし、城にあった金銀財宝もとうの昔に奪い去られてしまったわ』
逆さま婦人が残念そうに言う。
彼女たちがまだ生前だった頃、貴族が住む『ホプキンス城』には金目の物が大量にあった。
しかし他国からの侵略を受けたことで全て奪い去られ、三百年も前にもぬけの殻に。
それが残っていれば最初にどれほど楽できたことか……とキャサリンは思ったりするが、ないものはないので頭を切り替える。
「お金に関しては、私たちが取れる選択肢は二つに一つ。投資あるいは融資を受けるか、でなければ自前の資金でどうにかするかですわ」
投資というのは、個人投資家などを集って資金を集める方法。融資というのは、銀行などの公的金融機関から資金を借り受ける方法。
この世界の場合は、裕福な貴族であったり銀行ギルドからお金を借りることを指す。
これらは新たに起業するに当たってごく一般的に行われる金銭の貸し借りであるが、いずれにしても借金であることには変わりない。
キャサリンとしては、借金をするというのはできるだけ避けたかった。
特に最初の最初は。
勿論選択肢としては常に持っておくべきなのだが、それは多少なりともお化け屋敷の経営が軌道に乗り始めてからにしたいと思っていた。
「私は現状、借金をすることは考えておりませんの。まずは今手元にあるモノだけでスタートさせるつもりですわ」
キャサリンが自分の考えを言うと、人魂スケルトンが「う~む」と唸る。
『つまりお金を用意せずに事業を始めようということか? 果たしてそんなに上手くいくものか……』
「その考え、よろしくなくてよ」
『なに?』
「なにかを始めるに当たってお金をかけないと不安……というのは、逆を言えば〝お金をかけさえすれば成功するはず〟という先入観を生みます。これは経験の浅い起業家のみならず、多くの大企業すらも陥るジレンマですわ」
キャサリンは前世において、多額の予算を用意したがそれでも失敗した企画を幾つも見てきていた。
他にもビジネス書を読み漁って「何故○○という世界的大企業の○○という企画は失敗したのか?」といった大企業が起こした大失敗の歴史――詰まる所の〝失敗学〟に関する知識を豊富に有していた。
言うなれば、彼女は自分の中に「やってはいけないことリスト」のようなモノを持っていたのだ。
そしてこの「やってはいけないことリスト」を脳内に持つと同時に、その裏を返した「やらなければならないことリスト」もきちんと自身の中に備えていた。
確かに莫大な資金を投入すれば、企画が成功する可能性はぐっと高まる。特に宣伝費に多額を費やせたなら、返ってくる見返りもより大きくなる。
だがそれは、あくまで大きな会社が取れる手法だ。
それにキャサリンは気付いていた。本質的に「準備資金の多さ=成功ではない」ことを。
「事業を成功させるに当たって、重要なのは資金を用意することではなく市場調査と工夫、そして行動……。私は、成功の本質を〝アイデアの実行〟だと思っていましてよ」
『で、でも、そのアイデアが上手くいくとは限らないんじゃ……』
不安そうに透明人間シスターは言った。
その言葉を受けて、
「確かにそうですわね。だからこそ入念な調査によって市場の動向を掴み、試行錯誤を繰り返すことが最初は特に大事になってくるんですの」
キャサリンはフッと不敵に笑う。
「試行錯誤を繰り返すことで、アイデアというのは確実に磨かれていきます。闇雲に資金を集めて散財するのは、浪費となにも変わらなくってよ」
――巷ではよく「自分への投資」という言葉が使われる。自分を成長させるため、学びを得るためのお金をケチってはならない、といったニュアンスで。
キャサリンはこれを非常に大事なことであると理解していたが、いざ事業展開となった場合には〝必要な投資〟と〝不必要な投資〟は分けるべきとも考えていた。
つまり「お金の選択と集中」はあって然るべきだと。
なにに資金をつぎ込まねばならないのか? それは今投資すべき事柄なのか? なにより、その投資は本当にいずれ自分に戻ってくるモノなのか――?
そういった自問自答を踏まえ、その上でやるべきと確信を持ったモノに資金を投入する。それがキャサリンのお金の使い方だった。
キャサリンは「それに」と言い足し、
「今、皆様が不安になられている原因は〝想像している目標が高すぎる〟ことにありますわ」
『想像している目標、とな?』
デュラハン伯爵が小首を傾げ、思わず頭を床に落としかける。
キャサリンはそんな彼から微妙に目を逸らしつつも話を続け、
「皆様は、お化け屋敷が成功すればすぐに大きなお金が入って城に活気が戻ると無意識に思っておいでです。ですが現実はそう上手くはいきませんわ。基本的に事業が軌道に乗るまで、五年~十年はかかると思った方がよろしくてよ」
『つまり……最初は大きく稼ごうと思わず、段を踏みながら小さな成功を収めていこう――ということだろうか?』
デュラハン伯爵が言うと、キャサリンは少しばかり楽しそうに頷いた。
「そういうことですわ。まずは最小限の成功から……それを雪だるまのように、徐々に大きくしていくんですの」
『ふ~む、なるほど……』
「借金をして最初に大きな資金を準備すればするほど、失敗した時のリスクも大きくなります。それを許容できるだけの資本金がないのであれば、リスクを負うべきではなくってよ」
キャサリンはビシッと宙を指差し、
「起業する、組織を立ち上げるのであれば、中~長期的な視野を持つべきなのです! その上で思い立ったら即行動という胆力を持つ! この相反する考えを併せ持って、上手く使いこなす広い視野と判断能力を獲得することこそが、事業を成功させる鍵ですわ!」
堂々と演説してみせる。
その姿はなんともカッコよく、幽霊たちが思わず見惚れてしまうほどだった。
――と同時に、
『『『『…………』』』』
「な、なんですの……? 皆様、鳩が豆鉄砲を食ったようなお顔をして……」
『いやな……齢十三のいたいけな少女が、どうしてこれほど事業経営に詳しいのかと……』
目を丸くして、なんとも不思議そうにデュラハン伯爵が言う。
他三人の幽霊たちも、全く同じことを思っていた。「キャサリン・ホワイトというこの少女、一体何者……?」と。
キャサリンは若干慌てふためき、
「オ、オホホホホ! わ、私も伯爵家の娘ですから!? お金のことに関しては、多少は勉強しておりましたのよ!」
『いや、それにしても……』
「そ、それより! それよりですわ!」
どうにかキャサリンは話題を変える。
「まずは最小限の成功を目指すとはいえ、起爆剤が必要なのは事実です。どれだけご立派なお化け屋敷を始めても、人々に知られなければ意味ありませんもの」
『それはそうだが、ではどうするのだ?』
「決まっておりますわ――〝情報発信者〟を頼るんですのよ」