第7話 新たな幽霊たち
「さ、先程は失礼を致しましたわ……」
コホン、とキャサリンは小さく咳き込む。
恥ずかしさを隠そうとして。
新たに登場した三人の幽霊を見て思わず失神してしまったキャサリンだったが、すぐにデュラハン伯爵が介抱。
頬を優しくペチペチと叩いて起こしてくれて、どうにか事なきを得たのであった。
――現在、キャサリンは合計四人の幽霊に囲まれた状態で応接間のソファに座っている。
デュラハン伯爵はキャサリンの隣に腰掛け、修道女の服を着た透明人間と燃える骸骨は反対側のソファに着席。
逆さ吊りの貴婦人は天地が逆さまになってプカプカと浮遊している。
『気になさらないで。私たちの姿を見れば驚いて当然ですもの』
逆さ吊り状態の貴婦人が、優しげな笑みを浮かべて言う。
彼女はデュラハン伯爵と同じく華やかな貴族衣装を着ており、艶々な金色の髪が眩しい。
年齢はデュラハン伯爵とあまり変わらないらしく、二十代前半~半ばくらい。
顔立ちもとても美人で、どことなく雰囲気がデュラハン伯爵と似ている。
彼女はとてもいい人そうだな……逆さまなのが気になりすぎるけど……なんてキャサリンは思ったり。
「お、お気遣いどうも……」
『まずは自己紹介をさせて頂戴な。私の名前はクラリッサ・ホプキンス。ハンニバルの姉をしております。以後、よしなに』
『おいおい姉さん、俺のことはデュラハン伯爵と呼べって言っただろ?』
『あらあらそうでしたわ。私は〝逆さま婦人〟と名乗るという手筈なのでした♪』
ウフフ、とお茶目に笑うクラリッサ――もとい逆さま婦人。
アンタら似た者同士か。いや確かに姉弟なんだもんな、そりゃ似てるか……と内心で悪態混じりに突っ込むキャサリン。
「と、ところでその……」
『私が逆さまな理由?』
「……差し障りなければ、お聞きしてもよろしくて? すっっっごい気になるので」
『私はね、逆さ吊りのまま首から血抜きをされて処刑されたの! だからなのか、幽霊として目覚めた時にはこんな風になっていたわ』
――聞きたくなかった。いや、聞かなければよかった、とキャサリンは後悔した。
彼女はホラー全般が苦手で、その中にはスプラッター系のモノも当然含まれる。
だから逆さ吊りのまま処刑される光景を想像してしまい、ちょっと気持ち悪くなった。
当の逆さま婦人は飄々とした様子で語るのだが。
『ずっと逆さまのままなのは不思議な感じがするけれど、世界が逆さまに見えるというのは、慣れたら案外面白いのよ!』
「……そうですの……」
わかりたくないなぁ、その気持ち……とキャサリンはスルー気味に返事。
次に修道女の服を着た透明人間がやや慌てた様子で身を乗り出し、
『わ、私はテレサ・メリンといいます! えっと、〝透明人間シスター〟と呼んでください……!』
あがり症なのか、ややたどたどしい感じで自己紹介。
透明人間シスターは白黒の修道女服に頭巾というわかりやすい出で立ちをしているが、なにせ身体が透明。
服を着ていなければ彼女が修道女なのかなんなのか、そもそもそこにいるのかすらも判別できないだろう。
実際、キャサリンの目からは修道服が独りでに動いているようにしか見えないほどだった。
顔が見えないので年齢はわからないが、声色から察するにきっと若い女性なんだろうな、とキャサリンは判断する。
『ひゃ、百年ぶりに私たちとお話できる生者様とお会いできて、嬉しいです……!』
「は、はぁ……」
『そ、それにこんなに可愛らしいお嬢様だなんて……!』
『ウフフ、この子ったら昨日からとっても楽しみにしていたんですよ? 姿が見えないのにおめかししなきゃ、なんて言って』
『う、うぅ……言わないでください……』
逆さま婦人に告げ口されて、恥ずかしそうに顔を真っ赤にする透明人間シスター。
いや、顔が見えないんだから真っ赤になってるのかなんて知りようがないけど、たぶん絶対そう、とキャサリンは彼女が恥ずかしがり屋さんなのを理解する。
「えっと、あなたが透明なのは……」
『わ、私は自分の最期を覚えていないのですが……生前からすごい人見知りで……。人と顔を合わせるのが恥ずかしくて、誰にも見られたくないなと思って生きていたら……』
「死後、透明人間になっちゃったと?」
『はい……』
恥ずかしがり屋さんにもほどがあるだろ、とキャサリンは突っ込もうとしたが、どうにかグッと喉の奥に押し留める。
『では最後は、僕の番だな』
最後に、燃える骸骨が声を発した。
『僕はダニー・ブレイズ。生前は名誉ある騎士をしていた。このような姿で淑女と相まみえること、どうか許してほしい』
――骸骨の声は、すっごいイケボであった。
そのままアニメなどに出演できてもおかしくないような、声だけでイケメンだとわかるレベルのちょっと渋いイケボ。オマケに話し方が紳士のそれ。
そんな渋い声の紳士は、見た目とのギャップがあまりにも酷すぎた。
なにせ彼の姿は、頭のてっぺんから足のつま先まで真っ白な骨だけの完全な骸骨人間。
さらにそんな骸骨は青白い炎に包まれており、さながら人魂のように常にメラメラと燃えている。しかし骨しか残っていないせいで熱さを感じないのか、当人は至って涼しげだ。
彼の外観をファンタジー風に例えるなら燃えるスケルトン、日本風に例えるなら燃えるガシャドクロ、そんな感じ。
そんなガシャドクロが、渋いイケボ紳士なのだ。イケボで喋る度にカタカタと口が開閉し、歯や顎の骨を鳴らしているのだ。
キャサリンはギャップで風邪をひきそうなくらいだった。
『そんなにまじまじと見ないでくれ給え。これでも恥部を曝け出している気分なのだ』
「も、申し訳ありませんわ。えっと……」
『ああすまない、僕も渾名を名乗るべきだったな』
ダニーという骸骨はスッと右手の人差し指を掲げ、
『見ての通り僕は全身が火で包まれていて、指先で触れるだけで蠟燭に火を灯せるのが自慢なんだ。だから僕のことは〝着火マン〟と呼んでくれ給え』
「……お願いでしてよダニー様、〝着火マン〟だけはおやめになって」
『何故かな?』
「えっと、うんと、なんと申しますか、お姿やお声とのギャップがさらに酷くなってしまいそうで……」
前世が日本人であったキャサリンにとって、イケボ紳士を〝着火マン〟呼ばわりするのには猛烈に抵抗があった。例え見た目が、よく燃える骸骨であったとしても。
渾名をキャサリンに気に入ってもらえなかったダニーはちょっとだけ残念そうにしつつも、
『ふむ、では〝人魂スケルトン〟ではどうだろうか?』
「そちらの方がよろしいと思いますわ。ええ絶対に。それであなた様は、どうして燃える骸骨のお姿をされていらっしゃいますの……?」
『僕の死因は火炙りによる処刑だったのだ。だがどうも火の勢いが強すぎたらしくてね。幽霊になった後も骨しか残らなかったというワケさ』
冗談交じりに語ってくれる人魂スケルトン。
本人にとっては既に冗談で言える話なのかもしれないが、人が骨になるまで燃やされる光景を想像しかけたキャサリンは気分が悪くなった。
同時に「よくもこんなイケボ男性を骨になるまで燃やしてくれたな」と、三百年前に彼を火炙りにした者たちを心の底から恨む。
せめて首吊りとかであったら、ここまで声と外観のギャップを感じることもなかったはずなのに……と悔しがるキャサリン。
そうして幽霊たちの自己紹介が終わった所で――
「コホン……それでは私も自己紹介をさせて頂きますわ」
四人の幽霊たちに対し、キャサリンは丁寧に自己紹介。
礼儀には礼儀で応える。
これも彼女にとっては大事なことだった。