第4話 幽霊との出会い
「う~ん……おトイレ……」
――深夜。
キャサリンはグラーニから宛がってもらった自室を出て、トイレへと向かう。
そして火のついた蠟燭を片手に真っ暗な廊下を進み、トイレに到着。
手早く用を済ませた。
「大きなお城っていうのも風情がありますけど、廊下が長くてお手洗いに向かうのが面倒なのが面倒なのが玉に瑕ですわねぇ。まあその内慣れるかしら」
むにゃむにゃ、と半分寝ぼけつつそんな独り言を呟くキャサリン。
――と、その時だった。
〝カタンッ〟
という小さな物音が、どこからともなく聞こえてくる?
「あら?」
物音に気付いたキャサリンは、トイレの中を見回してみる。
『ホプキンス城』のトイレは案外と広く、最大で四名分の個室が容易されている。
個室と言っても薄い木の板で仕切られただけの簡易なモノだが、それでも最低限のプライバシーが守られてはいる。
とはいえ碌に手入れがされていないボロボロの小城なので、所々苔が生えた石畳の床や腐りかけの仕切り板が、なんとも雰囲気を醸し出している。
「なんの音かしら? まさかどなたかいらっしゃったり――なーんてあるワケありませんわよね!」
このお城は私とお婆ちゃまの二人暮らしなのですから! と心の中で笑い飛ばすキャサリン。
しかし、
〝カタンッ〟
また、音が聞こえた。
同じくなんの音かわからない、でもハッキリとした物音が。
二度目の物音を聞いた瞬間、キャサリンの背筋がピンと伸びる。
まるでその音は、自分の発言に返事をしたかのように感じられたから。
「………………」
ドバーッ、とキャサリンの額から滝のような冷や汗が流れ始める。
同時に、彼女の直感が告げた。
今すぐここを離れなきゃ――と。
「オ、オホホ……」
棚に置いておいた蠟燭を手に取り、そろーりとトイレを後にするキャサリン。
トイレを出た直後、彼女は思い出す。
御者のおじさんが笑顔で言っていた、〝幽霊〟の話を。
「あ……ああああり得ませんわ、あり得ませんわ! 幽霊なんているはずありませんもの! 非現実的ですわ! 信じませんわ!」
唱えるように自らに言い聞かせながら、キャサリンは廊下の中をスタスタと歩いていく。
だが『ホプキンス城』の廊下は長く、おまけに夜は蠟燭がなければなにも見えないほど真っ暗なので、雰囲気抜群。
こんな不気味な場所進みたくありませんわ……でも進まないと部屋に帰れませんわ……と彼女はグッと恐怖に耐え、極力周囲を見ないように薄目になって足早に歩いていく。
しかし周囲を見ないようにしても、不気味なほど冷気を帯びた夜風がスゥッとキャサリンの頬を撫でていく。
もう色々怖すぎて、キャサリンは「そうだ、羊を数えよう」と脳内で羊を数え始める。
「ひ、羊が一匹……羊が二匹……羊が三匹……!」
『……もし、お嬢さん?』
「羊が四匹、羊が五匹、羊が――」
『ミス? レディ? 俺の声が聞こえていないのかな?』
「ああもうっ、うるさいですわよ! 今怖くないように羊を数えてた……と……こ……」
ようやっと自分が声をかけられていたことに気付き、キャサリンはバッと後ろに振り向く。
だが、すぐに彼女は後悔した。
振り返ってはならなかったと。
それを――見てはならなかったと。
『ああ、よかったよかった。やっぱりキミは見える人なんだな』
振り向いたキャサリンの目に飛び込んできたモノ。
それは、両手に抱えられた男性の生首だった。
顔立ちだけを見るならおそらく二十代前半。
華やかな貴族衣装に身を包んだ首なしの身体が、生首を両手に抱えている。
つまり、切り離された頭と胴体が動いて、笑顔でキャサリンに話しかけてきているのである。
生首の顔立ちは実に端正で、その笑顔からはキラリと白い歯が覗く。
パッと見ては爽やかなイケメンだ。
だがなにせ胴体から離れているので、幾らイケメンでもカッコよさよりも怖さの方が明らかに勝っている状態。
身体から首が離れているというだけで、キャサリンにとって魅力値マイナス百万点のデバフがかかっていると言って過言ではない。
誰が――どう見ても――それは〝幽霊〟で間違いない存在であった。
本物の幽霊を見てしまったキャサリンは顔面蒼白になり、恐怖のあまりカチコチに身体を固める。
『ようやく振り向いてもらえた。この城の元城主として、新たな住人にご挨拶せねばと思ってね』
「は……ひゃ……」
『俺の名前はハンニバル・ホプキンス伯爵。今からかれこれ三百年ほど前に、城の城主をしていた者だ。どうか〝デュラハン伯爵〟と呼んでくれ給え』
生首を片手で抱え直し、空いたもう片方の腕を律儀にもキャサリンに差し出してくる。
しかしキャサリンにそれを握り返すだけの精神的余裕などなく――
「――ふぎゃあああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
白目を剝いて、絶叫と共にその場に卒倒。
すぐに失神した。
『おっと』
首なしの幽霊は慌てて頭部を本来の位置に戻し、倒れるキャサリンを抱きかかえる。
と同時に片手で蠟燭をキャッチ。火が付いたモノを落とすと火事になってしまうからと。
『驚かせるつもりはあったんだが、まさか気絶されてしまうとはなぁ』
少しばかり反省する首なし幽霊。
彼は白目を剥くキャサリンの顔を愛おしそうに見つめ、
『……俺たちと会話できる生者と出会えたのは、随分と久しぶりだ。歓迎させてもらうよ、可愛いお嬢さん』
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