第17話 始まりと別れ
〝お化け屋敷〟のスタートは、これ以上ないほど幸先のいいモノだった。
評判を聞きつけた者たちが少しずつお化け屋敷を訪れるようになり、さらにギルレモ子爵がスポンサーになってくれたことで、運営資金は確実に溜まっていった。
話題は話題を呼び、お金を呼び、人を呼ぶ。
いつしか『ホプキンス城』には人の往来ができ始め、ボロボロで寂れた過去の遺物でしかなかった城に活気が戻り始めていた。
まさに順風満帆という言葉がぴったりだった。
これなら幽霊たちの願いも叶えて、祖母にもいい暮らしをさせてあげられる、とキャサリンは思っていた。
――しかし、そんな矢先のこと。
グラニーが、ある日突然倒れる。
心臓の病が悪化したことが原因であった。
元々身体が弱っていたグラニーはほとんどベッドから出られなくなり、キャサリンはどうにか〝お化け屋敷〟を運営しながら看病するように。
どうにかこうにかキャサリンは時間をやり繰りし、祖母の回復を願って必死に看病を続けたが――グラニーがベッドから出られなくなって十日後、彼女は静かに息を引き取る。
孫に看取られながら、眠るように穏やかな最期であった。
亡くなる直前、グラニーはキャサリンに言っていた。
「キャサリンと会えて本当によかった」
「このお城がこんなに賑やかになるなんて、思いもしなかったわ」
「このお城は自由に使いなさい。私は天国から見守ってあげるから――後悔のないように、やりたいことを精一杯おやり」
この遺言があったことにより、『ホプキンス城』の所有権は正式にキャサリンへと譲渡されることに。
幸いなことに元の城の所有者であったメイトランド家は口出しをしてこず、ギルレモ子爵の働きかけなどもあったことで、僅か十三歳の少女が城主となる手続きはスムーズに行われた。
グラニーの葬儀の日、キャサリンは大声で泣いた。泣いて泣いて、一日中泣き続けた。
だが葬儀の翌日以降、彼女は決して泣かなかった。
本当は泣きたかったけれど、いつまでも泣いているのは祖母の望む所ではないように思えたから。
グラニーの遺体は『ホプキンス城』の敷地に埋葬され、墓石が建てられた。
本来であれば出生の地であるホワイト侯爵領にお墓を立ててあげるべきであったが、それは叶わなかった。
――葬儀から数日経って、この日もキャサリンはグラニーの墓石の前でしゃがみ、そっと花を添える。
そして両手を合わせて、安らかなれと祈る。
「……」
『……お婆さんが亡くなられて、寂しいかい?』
祈りを捧げるキャサリンの傍には、四人の幽霊たちの姿が。
デュラハン伯爵はキャサリンの背後に佇み、逆さま婦人と人魂スケルトンは黙祷。透明人間シスターは『神の下で安らかでありますように……』と祈りを捧げる。
「……お婆ちゃまは、どうしてあなた方のように幽霊にならなかったんですの?」
『さあな。だが幽霊っていうのは、なにかしらこの世に未練があるからなるモノだ。例えば俺なら、この城がかつての活気を取り戻す所が見たいって未練がな』
デュラハン伯爵はグラニーの墓石を見つめ、
『きっとミセス・グラニーは、思い残すこともなく大往生したのだろうよ』
「……」
『彼女にとって、死ぬ前にキミと出会えたことこそ幸福だったはずだ。それは間違いない。死者である俺が保証する』
「ありがとうございますわ。慰めてくれて」
キャサリンはフッと笑うと、立ち上がる。
「でも、もう大丈夫ですわ。あんまりクヨクヨしていては、天国にいるお婆ちゃまに怒られてしまいますもの」
『キャサリン嬢……』
「正直、やるせないですわ。お婆ちゃまのために頑張ろうと決意したのに……とも思います。けれどお婆ちゃまは私に言ってくださいました。〝後悔のないように〟って」
キャサリンは幽霊たちの方へと振り向くと、
「寂しくないか、と聞かれればとっても寂しいですわ。ですが今、私にはあなた方がいてくれますもの。だから私は、一人じゃない」
社員であり、部下であり、仲間である彼らを力強い目で見る。
自信と決意に満ちた、経営令嬢の目で。
「お婆ちゃまの願いは、私が後悔のないよう生きること――。なら私はお婆ちゃまから受け継いだこのお城で〝お化け屋敷〟を経営して、全力で盛り上げてやるだけですわ!」
キャサリンは拳を掲げ、歩き出す。
「さあ、今日もお客さんたちをビビり散らかさせてあげますわよ! 本日の〝お化け屋敷〟、オープンですわ~!」
『『『『おお~~~~ッ!』』』』
頼り甲斐のある小さな背中に幽霊たちも続き、同じように拳を掲げる。
――〝お化け屋敷〟は、今日も怖く楽しくオープンだ。
『楽しいお化け屋敷』はこれにて完結となります!
一応続きも考えてはおりますが、続くかどうかは読者の皆様の応援次第……!
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