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第16話 ネタばらし

 ――ギルレモ子爵が『ホプキンス城』を訪れる少し前。


「では、各所アトラクションのおさらいをしますわよ」


 MTG(ミーティング)と称し、キャサリンは四人の幽霊たちを集めて最終確認を行っていた。

 キャサリンの言葉に対し、デュラハン伯爵たち幽霊は真剣に耳を傾ける。


「念のため再度私の考えを共有しておきますけれど、今回私が目指したのは〝ミニマムに恐怖演出をまとめ上げること〟ですわ。融資を受けない時点で起業資金はないも同然ですから、できるだけ内装や演出にお金をかけずにギルレモ子爵を怖がらせてやりますの」

『ああ、腕が鳴るな』

『フフ、幽霊の本領発揮といった所でしょうか』


 意気込むデュラハン伯爵と逆さま婦人。

 そんな二人を見てキャサリンもニッと笑い、話を続ける。


「ですから、ギルレモ子爵に通って頂くルートは使用人居住区のごく一部となります」


 キャサリンはテーブルの上に城の見取り図を広げる。これも彼女が城中を歩き回り、自分で手書きしたモノである。


「まずスタート地点。元々緊急時の避難路として使われていた使用人住居棟の裏口に、ギルレモ子爵をご案内します。そこで私が蠟燭(ロウソク)の火を消したら、さっそく逆さま婦人様の出番ですわ」

『はい、キャサリンさんをギルレモ子爵の頭上に引っ張り上げればよろしいのですよね』


 穏やかな微笑を浮かべながら、逆さま婦人が答える。

 ちゃんと役割を覚えて理解もしてくれているようだと、少しキャサリンも安心。


「その、私を持ち上げるのは少々大変かもしれませんが……どうか頑張ってくださいまし!」

『大丈夫ですわ、キャサリンさんがとっても軽いのは予行練習(リハーサル)で確認済みですもの』


 ウフフ、と笑う逆さま婦人。

 自分の全体重を他人に預けるというのはキャサリンにとって気恥ずかしく、それも貴族の女性にとなれば申し訳なさもあったのだが、逆さま婦人は気にしていない様子だった。


 常に逆さ吊り状態で浮遊する彼女であるが、特技の一つとして〝自分が浮遊する高度を自在に変えられる〟というモノがあった。

 逆さま婦人には接地という概念がなく、果ては霊体であるが故に身体が壁をすり抜けられるため、天井という概念すらない。なのでやろうと思えば、何メートルも上空を漂えるらしい。一応は地縛霊なので、城の周囲を漂うに限られるようだが。


 キャサリンはそこに目を付け、〝ギルレモ子爵の目の前から自分(キャサリン)を消し去る〟という演出を取ることを決めた。

 スタート地点で蠟燭(ロウソク)の火を消すと同時に逆さま婦人がキャサリンの身体を引っ張り上げ、ギルレモ子爵の頭上まで移動させる。

 灯りが消えて真っ暗な状態では、ギルレモ子爵はキャサリンの動きを目で追えない。


 それにキャサリンは〝歩く〟ではなく〝浮く〟状態となるワケだから、足音もしない。

 ギシギシと足音が鳴る場所でも、逆さま婦人に持ち上げてもらってゆっくりと床から足を離せば、音でバレることもない。


 もし床から足を離す際に多少軋み音が鳴ってしまったとしても、人間特有の歩行音がなかった時点でギルレモ子爵は不気味に思うはず――というのがキャサリンの狙いだった。


 つまりギルレモ子爵が「目の前からキャサリンが消えた」と思ったあの時、彼女は逆さま婦人に引っ張り上げられたままギルレモ子爵の頭上で息を潜めていたのだ。


 次にキャサリンは人魂スケルトンの方を見て、


「私がギルレモ子爵の頭上に移動したら、続けて人魂スケルトン様の出番。部屋の隅にある蠟燭(キャンドルホルダー)に火を灯し、〝どうぞお持ちください〟と書かれた紙を置いてくださいまし」

『承知した』

「この時、蠟燭(キャンドルホルダー)に独りでに火が付いたとギルレモ子爵は錯覚するはずです。おそらく心情的にまだそれほど恐怖心はないはずですから、人魂スケルトン様のお姿も見えないでしょう」

『なに、見えたら見えたでいいサプライズにもなるさ』


 相変わらずのイケボで微笑する人魂スケルトン。

 彼は『見られてもすぐ壁の向こうにすり抜けしまえばいいしな』と余裕を見せる。

 もっとも骸骨なので表情がなく、余裕の表情を浮かべているのかまではキャサリンにはわからなかったが、いずれにせよ頼もしいことだった。

 続けてキャサリンの視線はデュラハン伯爵へと向き、


蠟燭(キャンドルホルダー)に火が付き、私が消えたことをギルレモ子爵が認識したら、デュラハン伯爵様は部屋の鍵をお閉めになって」

『これで退路を断って、一本道にする――だろう?』

「ええ、これで一気にギルレモ子爵の心情は揺さぶられるはずですわ」


 そう言って、キャサリンは改めてデュラハン伯爵、逆さま婦人、人魂スケルトンの三人を交互に見やる。


「ギルレモ子爵が先へと進んだら、お三方はすぐに次の持ち場(・・・・・)へと向かってくださいまし。遅れることのなきように!」

『おいおい、俺たちは壁をすり抜けて移動できるんだぞ? 心配無用だ』


 ハッハッハと笑うデュラハン伯爵。

 全く調子いいんだから、この伊達男は……と内心でちょっと白い目で見るキャサリン。

 とはいえ彼女もギルレモ子爵がデュラハン伯爵たちより先にそれぞれの持ち場(・・・)に辿り着くとは思ってはいないので、言ってみただけではあるが。


『とはいえ、ギルレモ子爵の顔色を窺うくらいはやってもいいだろう? こう、曲がり角から覗き見るくらい』

「……構いませんけれど、覗き見るだけですからね」

『わかってるわかってる、自重するよ』


 ――ギルレモ子爵が最初の狭い廊下を進んでいた際、視界の端に映った〝自分を見つめてくる男の顔〟。

 アレの正体は『ギルレモ子爵、ちゃんと怖がってるかな~』とチラッと様子見したデュラハン伯爵であった。


 既に恐怖を感じ始めていたギルレモ子爵の目に、朧気ながら覗き見るデュラハン伯爵の顔が見えたのだ。

 もっともデュラハン伯爵もすぐに顔を引っ込めたので、幸か不幸かちょっとしたサプライズ以上にはならなかったのだが。


「ギルレモ子爵が狭い廊下を抜けたら……一番槍ですわよ、透明人間シスター様」

『ひゃ、ひゃい!』


 キャサリンに言われ、ビクッと肩を揺らす透明人間シスター。

 彼女は暗唱するように呟き、


『え、えっと、キャサリン様がご用意してくださった修道服をまとって、窓に向かって祈りを捧げながら、悲しそうに泣いていればいいんですよね。それでギルレモ子爵様にお声をかけて頂いたら、ゆっくりと振り向く』

「そうですわ。ギルレモ子爵が驚いたら修道服を脱ぎ捨てて、床の下にすり抜けてくださればOKですの」

『う、うぅ……なんだか殿方の前で全裸になるみたいで、は、恥ずかしいです……』


 なんとも気恥ずかしそうに透明な両手を透明な頬に当てる透明人間シスター。

 どうせ透明で見えるモノも見えないのでは……? とキャサリンは突っ込みたくなったが、恥ずかしがり屋な彼女の性格を考慮してなにも言わないでおいた。

 そもそも、そんな恥ずかしがり屋さんがこうやって手伝ってくれているだけでもありがたいのだから、と思って。


 ――透明人間シスターを始め幽霊たちに一貫して言える特徴だが、彼女たちは物質に対して触れるもすり抜けるも自由に選べる。

 だから触れようと思えば触れられるようだし、すり抜けると思えば大体のモノはすり抜けられるのだ。

 これは物質であればなんでも含まれるようで、当然〝衣服〟も。


 幽霊たちの特徴を理解したキャサリンは、買ってきた修道服を透明人間シスターに着てもらい、ギルレモ子爵を驚かす演出を思い付いた。

 服の中身が忽然と消えるなど、常人から見れば恐怖でしかない。これは「イケる」と踏んだのだ。


 一方、透明人間シスターからしてみれば服を脱ぎ捨てる=すっぽんぽんになるという感覚のようで、相当に恥ずかしかったらしい。

 なので最初キャサリンがこの演出を思い付いた時、透明人間シスターを説得するために少しばかり時間を要していたりもする。

 最終的に意を決してやってくれることになったので、無事キャサリンの狙い通りギルレモ子爵は腰を抜かしてくれた――という流れだ。


「私の予想ですが、この段階でギルレモ子爵の心は恐怖で満たされると思いますわ。あなた方幽霊も、歪な姿として見え始めてくるはずです」

『そこで二番槍、僕の出番というワケだ』


 人魂スケルトンはカタッと顎の骨を鳴らして笑う。

 キャサリンは頷き、


「ギルレモ子爵が広い廊下に出た後、彼と目が合い次第ダッシュで追いかけてくださいまし。ただし――」

『接触は厳禁。怪我をさせるのはもっと厳禁。だろう?』

「ええ、充分にお気を付けあそばせ」

『フッ……精々本気で逃げてもらうとしよう。大声でも張り上げてみようかな』


 このイケボで大声を張り上げるのか~イメージできないな~、とキャサリンは思ったり。

 とはいえ無傷のまま怖がらせられるのであれば、それに越したことはない。人魂スケルトンは冷静な人だし、裁量は彼に任せようとキャサリンは判断する。


「最後に、人魂スケルトン様がギルレモ子爵を玄関ホールまで追い立てたら――」

『三番槍、大トリを務める俺たち姉弟の出番だな!』


 興奮したデュラハン伯爵は頭を外し、ボールのように宙に放り投げる。そしてすぐにキャッチして腋へと抱えたのだが、何度見ても慣れないキャサリンは少しだけ目線を逸らした。


「お、お二人はできるだけ派手で仰々しい登場の仕方をしてくだるといいかと。なにせクライマックスですから」

『任せてくれ! そういうのは大得意だ!』

『ええ、どうぞお任せを。最後は〆として、ギルレモ子爵を玄関ドアへと誘導して差し上げればよろしいのでしょう?』


 逆さま婦人の確認に対して「ええ」と返事をするキャサリン。


「彼が玄関ホールから飛び出てきたら、私がお迎えして差し上げます。そこで〝お化け屋敷〟はクリアですわ」


 そう言って――キャサリンは改めて、幽霊たち四人を一瞥する。

 これから〝お化け屋敷〟のキャストとなり、会社の社員となり――そして仲間(・・)となる、大事な者たちのことを。


「全て上手くいけば、ギルレモ子爵は泣いて鼻水を流しながらゴールに辿り着くはずでしてよ。ですがそうなるかは、私を含め皆様の双肩にかかっておりますの」

『『『『……』』』』

「私は皆様を信じます。ですから――思いっっっきり、ギルレモ子爵を怖がらせて差し上げましょうッ!」

『『おう!』』『『はい!』』

「絶対に成功させますわよー! オーッホッホッホ!」


 口元に手を当て、高笑いを上げるキャサリン。


 一つ、彼女が前世の頃より大事にしている考え方がある。

企画(プロジェクト)の責任者は笑顔でいなければならない〟

 病は気からというように、余計な不安は時に失敗を誘発する。だからこそ責任者は笑顔でいて、自信を持って部下を引っ張っていかねばならない。

 勿論、笑顔でさえいればそれでいいというワケではないが――少なくとも部下に安心感を与えるには笑顔が一番だと、彼女は知っていた。


 そうしてこの後、実際に〝お化け屋敷〟は最高のスタートを切ることができたのであった。


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