第15話 首なし伯爵と逆さま婦人
「――!?」
突然、ギルレモ子爵は何者かに声をかけられる。それも怒りに満ちた声を。
彼が両目をしっかりと開けて自らが入った部屋の中を見回すと、そこは広々とした玄関ホールだった。
開けた空間の中央に大きな階段があり、中二階とも呼べる部分を経て左右に枝分かれした階段から上階へと上がれるようになっている構造。
そして、その中二階部分に――
『城主の許可なく、神聖な城内に土足で踏み込むなど……恥知らずめが』
一人の貴族衣装の男が立っている。
その男は、酷く恐ろしい形相をしているようにギルレモ子爵には見えた。
ギルレモ子爵は階段の下まで赴き、
「ま……まさかあなたは、かつてこの城で処刑されたという――!」
この時も、ギルレモ子爵の脳裏にはキャサリンから聞かされた話がよぎっていた。
彼女が言っていた話の中に〝ギロチンで首を落とされた城主〟というのがあったと。
『貴様も……断頭台に送ってやる。俺と同じように』
そう言った直後――貴族衣装の男の〝頭〟がゆっくりと首からもげて、ボトッと床に落ちた。
にもかかわらず、落ちた頭の視線はギルレモ子爵へと向けられ、身体は直立を保っている。
「な……なっ……!」
衝撃的な光景に、ギルレモ子爵は絶句する。
つい今しがたまで話していた人間の首が、床へ落ちたのだ。それも胴体から離れた頭は怨めしそうにギルレモ子爵のことを見続けている。
ギルレモ子爵の目は、首なしの貴族へ釘付けだった。
当然――この視線誘導もキャサリンの計画の内。
彼が恐怖のあまり身動き一つ取れず、首なしの怨霊を見続けていた――その時、
『――ばぁッ!』
突然、ギルレモ子爵の目の前に〝宙吊りになった女〟が振ってくる。
口の端が耳まで裂けるほど笑っており、首から大量の血を流して顔と髪を真っ赤に染め上げた貴族衣装の女が、ギルレモ子爵の視界を遮ったのだ。
いきなり目の前に不気味な貴婦人が振ってきたギルレモ子爵は――
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
もう耐えられなかったとばかりにパニックを起こし、絶叫しながら走り出す。
最後の最後、突然振ってきた宙吊りの貴婦人に驚かされたことよって、僅かばかりに残っていた彼の理性は蒸発。
逆さ吊りのまま血抜きをされた城主の姉というのも、キャサリンの話に出た通り。このままでは本当に呪い殺されると思い込んだ彼は、もう「死にたくない!」の一心であった。
ギルレモ子爵は首なしの貴族や宙吊り貴婦人に背を向け、手にしていた蠟燭も放り投げて、彼らから逃げるように全力疾走。
無意識に首なしの貴族が立っていた階段の向かい側にある〝玄関ドア〟へと走る。
ギルレモ子爵からしてみれば、怨霊たちから逃げるように走った先にあったドアがたまたま玄関ドアであったのだが――このドアへの誘導も、キャサリンが仕組んだ通り。
恐怖のあまり涙も鼻水もよだれも垂れ流し、これ以上ないほど取り乱したギルレモ子爵は玄関ドアを勢いよくあける。
すると、その先で彼が見たモノは――
「――ゴール、ですわ!」
幾つもの松明に火を灯し、できる限り周囲を明るくしてギルレモ子爵を出迎えてくれたキャサリンの姿だった。
彼女は満面の笑みを浮かべ、手作りと思しき〝クリアおめでとうございます〟と刺繍された横断幕を両手で広げている。
「へ……?」
「〝お化け屋敷〟のクリアおめでとうございます、ギルレモ子爵様。ここがゴール地点でしてよ!」
ポカン、と間抜けな表情をして呆気に取られるギルレモ子爵。
改めて彼が周りを見渡すと、そこは城内の中庭。さっきキャサリンと一緒に入った使用人居住区への入り口もそう遠くない場所にあり、どうやら建物の中をグルリと回ってきただけのようだと、理性の蒸発した脳でかろうじて理解する。
「キャ、キャ、キャサリン殿……!? ゆ、ゆ、幽霊、本物の幽霊が……ッ!」
まだパニックが収まらないギルレモ子爵は、小柄なキャサリンの身体に這う這うの体でしがみつく。
そんな彼の姿に、キャサリンはご満悦だった。もう最高の気分だった。
「幽霊? 嫌ですわ、なにを仰られるのかしら。彼らはキャストでしてよ」
「キャストだと……!? だ、だがアレは確かに……!」
「ギルレモ子爵様が遭遇した顔のない修道女も、燃える骸骨も、首なしの貴族も、宙吊りの貴婦人も、全て私がご用意した〝お化け屋敷〟のキャストの皆様ですわ。勿論、そのキャストの中には私も含まれていますの」
私も――というキャサリンの一言に、ギルレモ子爵はハッとする。
最初にキャサリンが突然姿を晦ましたが、あの時にもう〝お化け屋敷〟は始まっていたのだと。
そして〝お化け屋敷のオーナー〟としか思っていなかったキャサリンが唐突に消えたことで、彼女が作り出した演出にまんまと飲み込まれてしまったのだと。
いや、処刑された城主たちの話をしていた時には既に――とギルレモ子爵はようやく理解した。
だが理解しても尚、彼の混乱と困惑は収まらない。
「だ、だがあれらの演出はどうやったのだ!? とても人間にできる芸当とは思えん!」
「お気になられますかしら? 顔のない修道女が服だけ残して消えたのも、燃える骸骨が追いかけてきたのも、男の身体から首が落ちたのも、宙吊りの女が振ってきたのも……突然私がギルレモ子爵の前から消えたのも、一体どうやったのか」
キャサリンは得意気にフフンと笑うと、
「それは……〝企業秘密〟でしてよ♪」
唇に人差し指を当て、ウィンクしながらそう言った。
「さて、ギルレモ・デル・ロロ子爵様……私めがご提供した〝恐怖〟と〝非日常〟は、存分にお楽しみ頂けましたでしょうか――?」
「うっ……」
そんな彼女の問いに、ギルレモ子爵は認めるしかなかった。
自分の完敗だと。キャサリン・ホワイトの〝お化け屋敷〟は、ホラー好きが泣いて逃げ出すほどの非日常を味わえる素晴らしいモノだったと。
これより後、ギルレモ子爵はキャサリンが経営する〝お化け屋敷〟のスポンサーに名乗り出る。「この恐怖はもっと多くのホラー好きに知られるべきだ」と太鼓判を押して。
さらにキャサリンの狙い通り、ギルレモ子爵はあちこちで今回の体験を話した。彼が所属するホラー好き・オカルト好きのコミュニティ、元々ホラーやオカルトには関心がなかった貴族たち、さらには商人や町人たちにまで。
文字通りギルレモ子爵は〝情報発信者〟の役割を担ってくれたのだ。
結果、たちまち〝お化け屋敷〟の存在は多くの人々に知られることになる。加えて没落したホワイト伯爵家の令嬢であり、まだ十三歳のキャサリン・ホワイトという少女が経営しているというのも話題性に拍車をかけることとなった。
同時に、ギルレモ子爵の体験談が広まったことでとある〝噂〟が囁かれるようになる。
「キャサリン・ホワイトは、〝お化け屋敷〟のキャストに本物の幽霊を使っている」――と。