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第14話 顔のない修道女と燃える骸骨

 ギルレモ子爵が出た先は、明らかに長年使われていないと思しき使用人部屋だった。

 錆び、腐り、埃まみれになったベッドや小さなテーブルや暖炉が、時の流れを否応なしに感じさせる。


 部屋には一つだけ窓が存在し、ほんの僅かにではあるが月光が室内へと注ぎ込まれている。

 完全に真っ暗だった直前の廊下と比べれば、ギルレモ子爵にとって部屋の中はずっと目で見やすい環境だった。

 そして――そんな部屋の窓際。


『うぅ……うぅ……』


 黒い修道服を着た女性がギルレモ子爵に背を向け、床に膝を突き、窓の外に向かって祈りを捧げている。

 修道女は頭に頭巾(ウィンプル)を被っており、全身を衣服で覆い包んでいるため、ギルレモ子爵からは彼女の髪の色や肌の色などは見て取れない。

 そんな修道女は何故かすすり泣いており、悲しみに満ちた嗚咽を漏らし続けている。


『うぅ……うぅ……』


 明らかに、異質な光景だった。

 人が生活している気配が全くない朽ち果てた部屋の中で、修道女が祈りを捧げているのだ。

 オマケに部屋に入るまではまるで人気など感じなかったのに、気が付けば彼女はそこにいた。


「……もし、シスター? なにかあったのかね?」


 恐る恐る、ギルレモ子爵は修道女に近付いていく。


 異常だ。おかしい。そうわかっても、そこに〝人〟がいるならば近寄らざるを得ない。

 極限の不安環境に置かれた人間が必ず取る行動だ。勿論、これもキャサリンの思惑通り。


 勿論、ギルレモ子爵だってこの状態がおかしいことなど理解している。だから彼は、修道女がキャサリンの手配したキャストなのかどうか確かめようとする。


「キミは、キャサリン殿が手配したキャストの一員なのかね? それとも――」


 ギルレモ子爵は修道女のすぐ傍まで歩み寄り、尋ねる。

 すると――修道女のすすり泣く声が、ピタリと止んだ。


『……』


 ギルレモ子爵の言葉に反応するかのように、俯いていた頭が少しずつ持ち上がる。

 そして、ゆっくりとギルレモ子爵へと振り向いた。

 ――〝顔〟のない修道女が。


「――!? ヒッ……!?」


 思わずギルレモ子爵は腰を抜かし、その場に尻餅を突く。

 彼が目にしたモノは、顔も手もない衣服だけの修道女だった。本来見えるはずの、本来そこにあるはずの肉体(・・)がない透明な修道女の姿だったのだ。


『フフフ……』


 透明な修道女は僅かに笑う。

 直後、修道女の衣服はまるで突然着用者が消えてしまったかのように、バサッと床へ落ちる。

 被られていた頭巾(ウィンプル)も一瞬フワリと宙に浮き、少し遅れて衣服の上に落下した。


「あっ……なっ……!」


 ギルレモ子爵は自分の目を疑った。

 今、絶対にそこには人の形をしたなにか(・・・)がいたはずなのだ。修道女の服を着た何者かがいたはずなのだ。

 それが、一瞬にして消えた。衣服だけをその場に残して。


 なにが起きたのか、自分はなにを目撃したのか、ギルレモ子爵には理解できなかった。

 もしこれがトリックなのだとしたら、どうやって騙されたのか全くわからなかったのだ。


 彼が愕然として顎を震わせていると、部屋にもう一つ備えてあったドアがキィッと開く。

 この使用人の部屋はドアが二つあって通り抜けができる間取りになっており、さっきギルレモ子爵が入ってきたドアとは異なるドアが開いたのだ。


 ――〝こちらにお進みください〟

 独りでに開いたドアは、明らかにギルレモ子爵をこっちに進めと誘っていた。


「フーッ……フゥーッ……!」


 ギルレモ子爵は砕けた足腰にどうにか力を籠め、手足を震わせながら立ち上がる。

 この時、ギルレモ子爵はもう一刻も早くここから出たいと思っていた。彼の頭の中は恐怖でいっぱいだったのだ。


 開けられたドアを潜り、部屋から出たギルレモ子爵を迎え入れたのは長い廊下だった。

 それも今度は先程のような狭い廊下とは違って較的広く、幾つものドアが見受けられる。

 おそらくこのドア一つ一つが使用人の部屋なのだろうと、ギルレモ子爵にはすぐにわかった。

 しかしそのドアのほぼ全てが×印に木の板が打ち付けられて、通れなくされている。


 透明な修道女がいた部屋から出たギルレモ子爵は、長い廊下の中央にポツンと立たされる形となる。

 進行方向としては、右にも左にも行けるようだが――


「こ、これは……どっちに行けばいいんだ……?」


 一本道だと聞かされていたのに、道が二本に分かれてしまい困惑するギルレモ子爵。

 しかし直後、たった今自分が通ったドアが〝ガチャンッ〟と閉められる。


「なっ……!」


 またも退路を塞がれ、狼狽えていると――彼の視界の端に、〝灯り〟が映る。

 見ると――ギルレモ子爵から見て左側の廊下の向こうに、いつの間にか〝骸骨〟が立っていた。

 それも、青い炎に全身を包まれた骸骨が。


『……熱い』


 目玉のない眼孔と、ギルレモ子爵の目が合う。

 すると骸骨は足を動かし、炎を揺らめかせながら走り始める。

 ――ギルレモ子爵に向かって。


『熱い……熱い……! 火炙りだ! お前も火炙りになれえええぇぇぇッ!』

「ッ!? ヒ、ヒイィッ!」


 明らかに生者ではない燃える骸骨に追いかけられる展開となったギルレモ子爵は、脱兎の如く逃げ始める。

 この時退路が絶たれ、廊下の一方からは骸骨に追いかけられ、結果的に進む方向は一本道となる。


 同時にギルレモ子爵はキャサリンから聞かされた話を思い出す。〝火炙り〟になって死んだ騎士が、かつてこの城にいたと。

 アレは火炙りで処刑された騎士の怨霊だ。怨霊が生者を自分と同じ目に遭わせようとしているのだ。ギルレモ子爵にはそうとしか思えなかった。


 必死に逃げるギルレモ子爵。

 もう無我夢中になって足を動かし、廊下の()へと向かう。

 そしてようやく、廊下の端が蠟燭(キャンドルホルダー)の灯りで照らされる。廊下の端にはまたドアがあり、ギルレモ子爵は迷うことなくそのドアを勢いよく開けた。

 ドアの向こうに入るや否やすぐに自らの体重をかけてドアを塞ぎ、向こう側から開けられないようにする。


〝ドンドンッ!〟と向こう側から荒々しくドアが叩かれる。

 一度ドアが叩かれる度にギルレモ子爵は目を瞑って神に祈り「どうかお助け下さい」と慈悲を乞う。

 何度かドアが叩かれた後――燃える骸骨は諦めたのか、急に静かになった。


「…………」


 ギルレモ子爵はガタガタと身体を震わせながら、ゆっくりと目を開ける。

 三秒、四秒、五秒――少し待っても、またドアが叩かれる気配はない。

 どうやら諦めた(・・・)らしいと、ギルレモ子爵は安堵する。


 だが――それも束の間だった。


『……我が城(・・・)でなにをしている、不届き者め』


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