第12話 幽霊城の歴史
唐突に、キャサリンが尋ねた。
ギルレモ子爵は思い出すように口を開き、
「えーっと……確かずっと昔、一度敵国に占領されたことがあるとか――」
「ええ、今からおよそ三百年前、このお城は城主たちもろとも敵の手に落ちたことがあるそうですわ」
キャサリンは言葉を続ける。
どこか語り口調になって。
「捕らえられた者たちは、それはもう残忍は方法で処刑されたそうです。城主はギロチンで首を落とされ、その姉は逆さ吊り状態で首から血抜きをされ、騎士は生きたまま火炙りにされてしまったのだとか……」
「それは……なんとも惨いお話ですな」
「この『ホプキンス城』には、そんな殺され方をしたが故に怨霊となってしまった者たちが憑り付いているのです」
キャサリンの持つ蝋燭の火が、ユラリと妖しく揺れる。
語り部となった彼女の一言一句に、ギルレモ子爵は耳を傾ける。
「敵に敗れ、あまつさえ残酷な殺され方をした怨霊たちは、死んでも死に切れず……。今も尚〝痛い〟〝苦しい〟〝憎い〟と泣き叫んで、この城に足を踏み入れる者に呪いを振り撒いているのです」
「……それは、〝お化け屋敷〟の設定ですかな? それとも――」
「フフ、ご想像にお任せ致しますわ」
そんな話をしている内に、二人はスタート地点に到着。
キャサリンが〝ガチャッ〟とドアを開けて中へ入ると、そこは完全に真っ暗な一室だった。位置的に外光が全く入ってこない場所のため、蝋燭の灯りがないとどんな場所なのか本当にわからない。
その部屋は元々なにに使われていたのかわからないほど狭く、身長約180センチのギルレモ子爵では寝そべられるかどうかギリギリというくらい。
空気が淀んでいて埃っぽく、思わずギルレモ子爵は口と鼻を手で覆う。
床は年季の入った板張りで、小柄で体重の軽いキャサリンですらも一歩歩く度にギシギシと音がなる。比較的大柄なギルレモ子爵は、油断すると板を割って床を踏み抜いてしまいそうだと不安になる。
オマケに、なにもない。
視界に入るモノと言えば寂れて汚れた白い壁と、部屋の隅に置かれた小さなテーブル、その上に置かれた火の消えた蝋燭。あとは強いて言えば、ドアを開けて部屋へと入ったのにまたすぐ目の前に現れるドアくらいだろう。
数歩歩けばドアからドアへ。外光が入らない空気が淀んだ狭い部屋。年季の入った板張りの床。
――まるで、ただ通り過ぎるためだけに作られたような謎の空間に、ギルレモ子爵は言い様のない違和感を覚えた。
「キャサリン殿、ここがスタート地点なのですかな?」
「はい」
一言、キャサリンは答える。
だが彼女は、ギルレモ子爵の方へ振り向かない。
背を向けたままのキャサリンは、
「ここから先は一本道ですわ。ドアを開けて、真っ直ぐにお進みください。それでは――どうかお楽しみあそばせ」
手にしていた蝋燭にフッと息を吹きかけ、唯一の光源となっていた蝋燭の火を消す。
直後、部屋は真っ暗になった。
なにも見えず、なにも聞こえない。
ギルレモ子爵の目には暗闇だけが映り、耳には静寂だけが聞こえる。
灯りに慣れていた目はすぐには夜目に切り替わらず、なにも見えない彼は訳もわからないまま立ち尽くす。
しかし――それは時間にして、僅か三秒程の間のことだった。
突然、ギルレモ子爵の視界が暗闇から解放される。
彼の背後で火が灯り、再び部屋の中が照らされたのだ。
驚いて彼が振り向くと、小さなテーブルの上に置かれていた蝋燭に火が付いていた。
――いつの間に? マッチをこする音もしなかったのに。
驚くギルレモ子爵。独りでに着火した蠟燭に、彼の心拍数が上がる。
しかしギルレモ子爵が驚いたのは、それだけではなかった。
「……キャサリン殿?」
ギルレモ子爵が部屋の中を見回すと――ほんの数秒前までそこにいたはずのキャサリンの姿が、忽然と消えていた。
あまりにも唐突に消えたのだ。
ドアを開けて出ていったのではない。それならば〝音〟でわかる。
急いでドアを開ければ必ず音が鳴るし、この部屋の床は一歩歩けばギシッと音が鳴る。実際、さっきキャサリンはゆっくりと歩いていたのにもかかわらず床がギシギシと鳴っていた。
つまりキャサリンは一歩も歩かず、ドアも開けずに、ほんの一瞬の間に部屋の中から消えたのだ。
まさに神隠しであった。
どうなっているんだ――とギルレモ子爵が思ったすぐ後、今度はさっき通ってきた方のドアが〝ガチャッ!〟と突然施錠される。
「なっ……!?」
慌てたギルレモ子爵はすぐにドアを開けようとするが、向こう側から鍵をかけられたドアはビクともしない。
ギルレモ子爵は――完全に退路を断たれた形となった。
「……」
ふと気付いて、彼は火が灯った蝋燭の方を見やる。
すると蝋燭に寄り添うように、テーブルの上に〝どうぞお持ちください〟殴り書きされた紙の切れ端が置かれていた。
「ハ、ハハ……これもアトラクションの一つ、ということかね……?」
ギルレモ子爵はそう自分に言い聞かせ、蝋燭を手に持つ。
そして文字通りの一本道となった進行方向のドアを、〝ガチャリ〟と開けた。