第1話 婚約破棄、からのバリキャリ転生
「キャサリン・ホワイト。僕はキミとの婚約を破棄する」
「へ?」
それはパーティ会場にて起きた、あまりに突然の出来事だった。
目の前の男――正確に言えば両親が決めた婚約者が発した言葉に、まだ齢十三歳の少女は目を丸くする。
「占い師に言われたよ。このままキミと結婚すれば不幸になると。キミは〝この世とあの世の境〟にいるらしい」
少女の婚約者の名はピーター・ジュルナル。
ジュルナル公爵家の令息で、年齢は十八歳。
比較的端正な顔立ちをしてはいるが、自分よりもずっと背の低い少女を見下ろす目つきは険しい。
とても忌々しいモノでも見ているかのようだ。
――実は、なにを隠そうこの日が初の二人の顔合わせ。
なんなら思春期真っ盛りの少女は、期待に胸躍らせていた。
どんな方が自分の婚約者様なのだろう――と。
にもかかわらず、その期待していた婚約者に、彼女は唐突に婚約破棄を突き付けられたのである。
しかも、大勢の貴族たちが集うパーティ会場のど真ん中で。
ジュルナル公爵家の令息の行動に、周囲の貴族はざわっとどよめく。
「キミは僕の妻に相応しくない。それに――」
「それに私たちは、真実の愛を見つけてしまったのよね、ピーター様」
ピーターの傍にいた女性が、ぎゅっと彼の腕に抱き着く。
彼女の年齢はだいたいピーターと同じくらいで、容姿も美しく、スタイルもいい。
自分の婚約者はこの女に誑かされたのだと、少女にはすぐにわかった。
と同時に「真実の愛もなにも、私とピーター様って今日会ったばかりなのですけれど!?」と心の中で突っ込む。
「そういうことだ。キミのお父上にもこの話は伝えておく。以後、僕の前に姿を現さないでくれ」
そう言い残すと、ピーターは少女に背を向け去っていった。
まだ幼い少女の脳内は、我が身に降りかかった出来事を処理できず、一瞬で真っ白になる。
もはや開いた口が塞がらず、言葉すら発せない。
そして――
「……きゅう」
少女は失神し、パタッと床に倒れた。
▲ ▲ ▲
――少女は夢を見た。
この世界でない、どこか別の世界の夢を。
そこはなにもかもが違う世界なのに、何故か少女は目に映る景色全てに見覚えがあった。
大きな一室の中に何十人ものスーツを着た人々が集い、デスクに座ってPCモニターを睨んでカタカタとデスクワークをしている。
誰も彼も忙しそうだ。
そんな中に、少女の前世の姿はあった。
そこでの彼女は三十五歳まで歳を取り、一際大きな机に腰掛けてバリバリ仕事をこなしていた。
「マネージャー、例の報告書できあがりました」
「ああ、ありがとう。お疲れ様」
「……なんだか疲れた顔をされてますよ? 最近あまり休まれていないみたいですし……」
「休んでなんていられないわ。今回は大きい企画を任せられてるんだもの」
心配する部下。
チームのマネージャーである彼女は多くの部下を持ち、その全員に慕われ尊敬されていた。
彼女は肩をすくめておどけて見せ、
「それに、私には今よりもっとやりたい事があるからね。キャリアの一環として、今回の仕事は失敗――でき――」
椅子から立ち上がった彼女は、突然眩暈に襲われる。
そのまま全身に力が入らなくなり、床へと倒れてしまう。
「マ、マネージャー!? しっかり! は、早く救急車を――!」
部下の言葉が、段々遠くなっていく。
遂に彼女の意識は――暗闇の中へと沈んでいった。
▲ ▲ ▲
「うぅ~ん……」
酷くうなされながら、少女は意識を取り戻す。
彼女が目覚めたのは、自身が普段から使っているベッドの上だった。
どうやら気絶した後に自宅である屋敷まで運ばれ、ベッドで寝かされていたらしいと少女は理解。
「あれ……私、なにしてるのかしら……? 確か大事な仕事をバリバリこなしてたはず……ですわよね……?」
しばし意識が混濁する少女。
だがすぐに気付く。
自分が二つの記憶を持っていること――より正確に言えば〝前世の記憶を取り戻した〟ことを。
「私……私って誰でしたっけ……?」
――ああ、そうだ。
今の私の名前はキャサリン・ホワイト。
前世の名前は佐藤法子。
少女は思い出す。
自分が前世で、過労の末に死亡してしまったことを。
そしてキャサリン・ホワイトという十三歳の少女に転生してしまったらしいということを。
「……なるほど、つまりこれは例の異世界転生というヤツ?」
なんかそういうネット小説とか漫画とか流行ってたわよね……。
まさかそれが自分事になるとは……。
とキャサリンは驚くよりも先に呆れ果てる。
彼女が目覚めた世界はどうにも中世っぽい雰囲気で、部屋の隅々に置かれた家具のデザインはなんともファンタジー。
ベッドから出て窓の外を見てみると、そこには緑が広がる大自然の中にポツリポツリと木造の家々が立っている。
実にノスタルジックな光景だ。
何十階もある巨大なコンクリートの建物が乱立する大都会、道路を行き交う車、スーツや学生服やお洒落着を着て歩く人々……そんなモノはどこにもない。
「なんだか凄い世界で目覚めちゃいましたわね……。それにしても、大きな企画の途中で倒れてしまうなんて……我ながら不覚ですわ~!」
無念そうにキャサリンはギュッと拳を握る。
同時に自分の喋り方がちょっと変で、前世の記憶が戻る前の癖が残ってしまっていることも自覚。
これは所謂この世界の上流階級訛りなのだが――なんだかアラフォーの女がお嬢様を演じてるみたいで、自分で喋っておいてすっごい違和感……なんて思ったりするキャサリンもとい佐藤法子。
まあ別に喋り方なんてどうでもいいけど……今までだってこの喋り方で十三年間生きてきたワケだし……。
彼女はそう思って、ありのままを受け入れることにした。
……というより、これからどうしましょう?
なんてことを彼女が思った矢先――〝コンコン〟と部屋のドアがノックされる。
『お嬢様? お目覚めになられましたでしょうか?』
「ええ、入ってもよろしくてよ」
『! 失礼します』
キャサリンが答えると一人の侍女がドアを開けて入ってくる。
この侍女は、いつもキャサリンの身の回りの世話をしてくれている女性だ。
彼女は元気そうなキャサリンの姿を見ると安堵した様子で、
「よかった、お目覚めになられたのですね……! もう三日間も寝続けておいでだったのですよ!」
「わ、私、そんなに眠りこけてたんですのね……」
「はい。その間、ずっとうなされておいででした。……お身体は大丈夫ですか?」
「勿論! バリキャリである私が大丈夫でない時なんて、あるワケありませんわ~! オーッホッホッホ!」
威勢よく高笑いを上げるキャサリン。
だがすぐに「あ、やべ」と笑いを止める。
「バリキャリ……とはなんでしょう?」
「き、気になさらなくって結構でしてよ! それより、なんのご用かしら?」
「はい。お目覚めになられたのなら、すぐに荷造りを始めてください」
「えっ」
「大変申し上げ難いのですが……旦那様――キャサリン様のお父様は、あなた様がピーター様から婚約を破棄された事実に大変お怒りでございます。ホワイト侯爵家のメンツに泥を塗られたと……」
なんとも悲しそうに言う侍女。
それを聞いて、キャサリンの額からダラダラと冷や汗が流れ始める。
「旦那様はキャサリン様を勘当し、ホワイト家から追放することを決定されました。私もあなた様のお世話係を解雇されることとなりましたので、明日にも荷物をまとめて屋敷から出て行きます。これまでお世話になりました」
申し訳なさそうに侍女は頭を下げる。
え? 私が悪いの? 私がお父様に怒られるの?
私、一方的に婚約破棄を突き付けられたのだけど???
なのに勘当されるって、なに?
キャサリンはもう色々と突っ込みたかったが、それ以上に自分はこれからどうなるのかという不安の方が先にきた。
「ちょ、ちょっとお待ちになって……? 追放って……わ、私の身の振りはどうなるんですの……!?」
「旦那様のお母様――キャサリン様の祖母であるグラニー様が身元引受人となってくださるそうです」
あ、身元引受人いるのね? ならよかった……。
と胸を撫でおろすキャサリン。
しかし「ですが」と侍女は話を続け、
「グラニー様はキャサリン様がお生まれになる前に、旦那様と大喧嘩していて……。旦那様によってホワイト家から追われた過去をお持ちなのです。以来長らく絶縁状態が続いていたようですし、確執は相当なモノがあるのではないかと……」
――という説明を追加で聞かされ、改めて目が点になるキャサリン。
「え……あの……私、そんな気まずい関係の方に引き取られるの……?」
「グラニー様が身元引受人となったのも、なにか裏があるんじゃないかと使用人たちが噂しておりました……。こんなお言葉しか掛けられず申し訳ありませんが、頑張ってくださいませ、キャサリン様」
「ア……アハ……アハハ……」
キャサリンの喉から、思わず乾いた笑いが出る。
突然の人生ハードモードに、彼女は心の中で叫んだ。
「最悪ですわああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」と。
新連載です!
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