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レイン

作者: 小弓 裕

 今月二度目の雨が降っていた。


「雨なんて憂鬱な気分になるじゃんか……」

 私はネットカフェに居座り、一心不乱にパソコンのキーを叩いていた。

 静岡の田舎から上京してきてから二年。結婚の「け」の字も見えてこない私は、休日はいつもここに来て、適当にサイトを見て回り、ドリンクバーとお惣菜だけで昼ごはんと夜ごはんを済ますという、徹底した不規則生活を送っていた。

 こんな生活を送っていれば、当然暗いと思われがちだ。でも、平日はきちんと会社に行き、周りのちゃらちゃらしたOLや、イケメン社員などにはわき目も振らないでせっせと仕事をこなしている。朝から夜まで、ちゃんとしたご飯を食べるし、上司には愛想笑いを見せる。

 ……だから、結婚の「け」がどんどん霞んでしまうのだろう。実際、ちゃらちゃらしたOLの方が随分モテる。

(結婚するのが一番の幸せ? 違う違う。自分の人生を精一杯生きた方が幸せなのよ!)

 休日、出会いを求めたりもせずにネットカフェでボーっと一日を過ごしていることが精一杯なのかは疑問だが、私は自分にそう言い聞かせていた。


(あー、雨が降ってるとどうしてもネガティブになるわ……そうだ、チャットでもやろう)

 高校時代からずっと使い続けている黒縁の眼鏡をくいっとあげ、私は気分転換のつもりでチャットルームへと向かった。

「恋愛相談……あ、あったあった」

 『恋愛相談室』は、私の行きつけのルームである。私と似たような状況にある女たちが、本音をぶつけ合うという、気分転換にはもってこいの場所なのだ。

 私は『恋愛相談室』をクリックし、名前入力にすばやく『ミソノ』と打ち込んでエンターキーを押した。


 ――ミソノさんが入室しました。

 ミソノ:こん^^お久しぶりのミソノですよ~!


 相談室には、三人の仲間がいた。


 菜々美:きゃーミソノじゃん! おひさー。

 かず:こんこん^^ミソノちゃーん!

 リンリン:こんちはー。


 三人とも知り合いだ。

 私は少しこった肩をぐいぐいと揉み、再びキーボードに指を乗せる。


 菜々美:なになに? ミソノ何かあったー?

 ミソノ:いやいや、雨が降ってると人間憂鬱になるもんじゃないですか。

 かず:あー私のとこも降ってるよー。やだねえ!

 菜々美:私のとこも。こういう日にはなかなか出会いが無いんですよねえ。

 ミソノ:あっはっは。私たちにはいつも出会いなんてないだろうが!

 かず:ミソノちゃんそれ禁句じゃないの! だめ!


 次々と文字が浮かぶディスプレイを見て、自然と笑みが零れてしまう。上司に見せる愛想笑いではなく、本物の笑みだ。

 普段人に満面の笑顔を見せることがない私は、頬の筋肉がなんとなく慣れていないのに気付き、そっと手で揉む。少し固くて、張りがなかった。


 菜々美:ていうかリンリンいるのー?

 リンリン:うぃーいますけど。

 かず:なんか喋れ!

 リンリン:今日は雨が降っていますね。植物たちが大いに喜ぶでしょう。ほら、外に咲いているパンジーがあんなに……。

 ミソノ:誰だあんた!


 リンリンは、チャットの中でも現実でも無口だそうで、現在二十歳。売れないロックバンドに所属しているらしい。身なりが相当派手らしく、会ったら一声かけてくれと言っていた。

 私はリンリンに会った時、どのようにして声をかけようかと悩みながら文字を打った。


 ミソノ:リンリンに会ってみたいな~。

 リンリン:あたしもミソノに会ってみたい。どんなかっこしてんの?

 ミソノ:普通の格好。TシャツにGパンで、髪はショートカットで、黒縁メガネ。

 リンリン:どうりでモテないわけだ^^

 かず:ちょっと、リンちゃん! 禁句、禁句!

 菜々美:私もミソノとおんなじような格好だよ。ただ、金髪で、メガネはないけど!


 菜々美とかずは、どうやら親しい友達らしい。菜々美は高校を中退しており、現在無職の二十四歳。ニートだと言うと怒る。

 一方かずは、一応有名女子大を出たようだ。しかし、男との出会いは全くなく、菜々美に誘われてこの部屋へとやってきた。風貌はかなりお嬢様風で、少し勇気を出せばモテモテになれる、と菜々美に言われていた。

 私は、菜々美とかずが並んで歩いているところを想像し、少し吹き出しそうになる。どうしても菜々美が男のように思えてしまうのだ。その隣でちょこちょこと歩いているかずは、それはもう可愛らしくて、れっきとした女の子であった。


 ミソノ:あー、おばさん、二人にも会ってみたいわー。

 かず:ね、会ってみたいね。菜々美とはしょっちゅう会ってるけど。

 菜々美:だってかずは私のもんだしね。ミソノおばちゃんには渡せないよ! 

 ミソノ:いやいや、かずに寄ってきた男どもを食らってやろうかと。

 菜々美:ぎゃー! おばちゃんキモい!


 ここで思わず噴き出した。菜々美は面白い子だ。お笑いを職にしてもやっていけるのではないだろうか。


 リンリン:雨、やまないから帰れないなぁ。

 ミソノ:傘持ってないの? おばちゃんが貸してあげようか?

 リンリン:うん、貸してよミソババ。

 菜々美:ミソババ!

 かず:リンちゃんナイスネーミング!

 ミソノ:ミソババはないよー。酷いなぁリンリン!


 こうして他愛もない話を続けているうちに、いつの間にか夕方になっていた。雨はまだ上がらない。


 菜々美:ふあー頭痛いよ!

 かず:かなり時間経っちゃったね。私そろそろ落ちるね! また今度話そうよ!

 ミソノ:そうだね。今日はここでお開きにしようか。

 リンリン:そうですねー。あー傘ないよー(泣)

 かず:がんばれリンちゃん! 走れ!

 菜々美:リンふぁいとー。んじゃ、さいなら。

 ――菜々美さんが退室しました。

 かず:さよならーノシ

 ――かずさんが退室しました。

 リンリン:ミソババ、傘貸してね?

 ――リンリンさんが退室しました。


 みんないなくなった。

 私のいるブースの外からも、長時間居座った人たちが帰っていく雑踏の音が聞こえてくる。

 かわいらしい女の子の声や、かったるそうな男の子の声も微かに聞こえた。

 

 『なな、……にいたん……な』

 『かず……こそ。ぐう……だね!』


 カップルだろうか。とても親しげに話していて、キャピキャピという女の子の笑い声も聞こえる。まったく、うらやましい限りだ。

 私はチャットの退室ボタンを押し、パソコンを手早くシャットダウンした。

(帰ろう。つまらない現実へ)

 ぼろぼろの革のバッグを持ち、ブースから出る。すっかり肩が凝っていて、動くたびにパキパキと音を立てていた。なんだか久々に地面を歩いた気がする。






 会計をして店から出ると、外は薄暗く、頭上の大きな雨雲は絶えず涙を流し続けていた。

「はぁ……雨キライ……」

 バッグからくすんだエメラルド・グリーンの折りたたみ傘を取り出して、差す。Gパンを引き延ばすつもりで大股を開き、一歩踏み出した。

 その瞬間だった。


「ねえ」


 少し低めの女の声に、私は振り返る。

 そこには、街の風景から浮き出たような身なりの女が立っていた。

 ぼさぼさな白いメッシュの入ったオレンジ色の髪に、黒く濃いアイメイクと血のように赤いルージュ。膝上三十センチくらいの短い赤チェックのスカート、網タイツ。唇と同じ色をした長い爪が、女の顎をつうっとなぞっていた。

 彼女はにっと屈託のない笑顔を見せ、手を差し出した。


「傘貸してよ、ミソババ」






 足もとで、雨を受けて嬉しそうなパンジーが咲き誇っていた。











 2作目です。早いか。

 こういう鬱々とした感じが嫌いじゃないんです。そうです、私変な人なんです。

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