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第二話

「し、失礼しました」

「今日はありがとうね」

「はい……ぁ、それじゃあ僕、今日は帰ります」

「ええ、気をつけて帰りなさいよ」

「は、はい」


 上司(ギルマス)に呼び出された恭夜は、彼女から話を聞き終えるや否やそそくさと執務室を出て、そのまま逃げるようにギルドを後にした。


「……はあ〜〜〜」


 そして帰路につく途中、その憂鬱な心を表現するかのように彼は深々とため息をついた。よほど気落ちしているのか、顔も俯いていて……いや、これは単に猫背なだけだった。


「どうしよう」


 現在、彼が頭を悩ませているのは、司に頼まれたダンジョン配信の件についてである。


 ぼっち、根暗、コミュ症。陰キャとしての要素をふんだんに詰め込んだ人格に、自分を変えようとして失敗したこと数知れず。友達と呼べる存在は隣人の幼馴染と、ネトゲのフレンドの二人のみ。幼稚園で友達の作り方より先に人から注目されない術を学んだ男、それが陽月恭夜という人間である。


(うぅぅ、僕ってやつはいつもいつも)


 そんか彼が配信なんて出来るかと言われたら、答えはノーだ。司に頼まれたダンジョン配信も、当然のようにお流れとなった。


「はあ、死にたい。出来る事なら誰にも迷惑を掛ける事なく死にたい。この世から僕という存在を抹消したい」


 ダンジョン配信はしなくて済んだ。なのに何故、彼はこんなにも激しく自己嫌悪しているのか? それは配信がお流れになる経緯が関係していた。


 彼はダンジョン配信を頼まれた時、断ろうとしたのだが中々言い出す事が出来ずに数分ほど黙りこくってしまっていた。


『……いえ、やっぱりいいわ。急にごめんなさいね、今日の事は忘れてちょうだい』


 その様子を見て察したのか、この話は無かった事にと司の方から言ってきたのだ。


(自分で言わなきゃダメなのに、社長の方から言わせて。本当に僕ってやつは……!)


 途方に暮れていた所を拾って貰い、ギルドに入れてくれた恩ある彼女の頼みを断るどころか、言いづらそうにする自分を察して彼女の方から言わせてしまった。その事実が彼の豆腐よりも脆いメンタルをズタボロに砕いていった。


(けど実際、僕に配信なんて出来る訳ないし)


 ワーギャーと喚き後悔する彼だが、じゃあさっきの話を受けようとは思わない。普段は周りに流されてノーと言えない恭夜だが、今回ばかりは受け入れ難かった。


(も、もし僕が配信なんてしたら……)


衆目に晒されて挙動不審に→もはや放送事故な配信がネットに拡散→炎上→ギルド解体


(絶対こうなる!!!)


 限りなく後ろ向きな未来予想図を描いた恭夜は、思わずうずくまって頭を抱えてしまう。流石に妄想が過ぎるが、実際彼に配信活動が務まるのかと聞かれたら首を捻らざるを得ないだろう。


「僕のせいでギルドのみんなが路頭に……も、もしそうなったらどう責任を取れば……」

「……」


 ブツブツとその場で独り言を続ける恭夜。すっかり自分の世界に入った彼の背後に、背後から冷ややかな視線を送る者が居た。


「……何で悩んでるのか知りませんが、家の前で蹲るのやめて下さい」

「…………はっ!?」


 声を掛けられて我に返った恭夜は、咄嗟に後ろを振り向く。


「ひ、日向」

「……はあ」


 呆然と座り込んだまま下から見上げる恭夜に、彼女はため息を一つ溢すと恭夜の手を掴んで引っ張り上げた。


「ボサッとしてないで立つ! こんな所ご近所さんに見られたらどうするんですか!」

「ご、ごめん」

「まったく」


 オドオドとした態度を見せる恭夜に呆れながら、彼女は目の前の家の玄関を開ける。


「ほら兄さん、早く中に入りますよ」


 陽月(ようつき)日向(ひなた)。気の強さを感じさせる釣り上がった目つきに、オシャレに気を遣っている事が伺える整えられた短いツインテール。見るからに恭夜とは正反対な、恭夜の妹である。


「それで?」

「……へ?」


 妹に急かされる形で我が家に帰った恭夜は、そのまま自室へ直行しようとするものの寸前で妹に呼び止められた。


「今日は何に悩んでいたんですか?」


 それは日向にとって、いつも交わしているやり取りと変わりない質問だった。兄があのような痴態を晒すのはいつもの事であり、そういう時は大抵何かで思い悩んでいる時だ。


「え、えっと……あー……そのぉ……」


 また何かしょうもない事で悩んでいるのだろう。そう思っての問いかけだったのだが、今回はいつもと違って答えづらそうにしていた。


「……怪しいですね」


 そしてそんな兄の反応は、彼女が不審に思うには十分な物だった。


「何かあったんですか? 確か今日はギルドに行く日でしたが、それと何か関係が?」

「うぇ!? い、いや、ちがっ」

「……図星みたいですね」

「あっ、あっ、あっ」


 あっさりと見抜かれてしまい慌てる恭夜に彼女は近づき、背伸びをして彼の頬を両手で包む。


「もごっ」

「教えて下さい。ギルドで何があったんですか?」

「い、いや」

「お し え て く だ さ い」

「うっ……はい」


 家庭内でもヒエラルキーの底辺に居る恭夜は、妹からの尋問に呆気なく白旗を上げた。




「───なるほど、ダンジョン配信」

「は、はい」


 一階のリビングでじっくり問い詰められた恭夜は、妹にダンジョン配信を頼まれた事を教えた。


「まあ確かに、配信活動なんて兄さんから程遠いジャンルですね」


 兄さんが配信する姿なんてまったく想像出来ないと言いながら、彼女はおやつのプリンを一口食べる。それを見て恭夜もおやつのスルメをガジガジ齧る。


「……でも」

「?」


 ガジガジガジガジ、俯きながら黙々とスルメを味わっていた恭夜は、ふと聞こえた日向の呟きに顔を上げる。


「兄さん」

「え、あ、はい」


 どこか真剣な表情で見つめてくる日向に、恭夜は思わず姿勢を正す。


「そのお話、受けましょう」

「…………へ?」


 そして続けて放った彼女の一言に、気付けば腑抜けた声を出していた。


「受けるの、ダンジョン配信を」

「い、いや、実はもう断ってて」

「関係ありません。そんなの今から電話でもしてこっちから提案しちゃえば良いのよ」

「で、でも僕なんかが配信したら、炎上してギルドが解体に……」

「……はあ」


 必死に抗議する恭夜に、日向は失望したと言わんばかりにため息を漏らす。


「甘いですね」

「え?」

「いいですか? 兄さんが所属するギルドは、兄さんを使ってダンジョン配信をしないといけないぐらい追い込まれてるんです。つまり……」


 配信活動を断る兄さん→打つ手なしで衰退するギルド→ギルド解体→自分が断ったせいだと罪悪感に潰される兄さん→心が折れて引きこもりに


「こうなります!!」

「そ、そんな……!」


 自信満々に言い切る日向。それを真に受けた恭夜は持っていたスルメをポロリと机に落とし、力なく項垂れる。


「ぼ、僕はいったいどうしたら」


 八方塞がりな未来……正直、どちらの未来予想図も悲観的過ぎるが、それを言える者はこの場に居なかった。


「……兄さん」


 非情な現実に震える恭弥に、日向は椅子から立ち上がってそっと彼の肩に手を置く。


「いい機会です。ダンジョン配信を通して人と関わる練習をしていきましょう。大丈夫、兄さんはやれば出来る人って、私知ってますから」


 兄の将来を憂う彼女は、そう言って彼の背中を押し、微笑みかける。


「…………日向」

「はい」

「ごめん無理かも」


……が、その言葉が恭夜を前に進ませる事は無かった。


「〜ッ、ああもう兄さんのバカ! なんでそういつも行動に移そうとしないんですか!」

「ご、ごめん、けど人付き合いの練習にダンジョン配信をするのはハードルが高いと言うか」


「───ただいま〜」

「お、恭夜達はもう帰ってるか」


 なんとか弁解しようとする恭夜だったが、玄関から両親の声が聞こえた事で中断させられる。


「おーい、お土産買って来たぞー……って、何してるんだ?」

「あ、お父さんとお母さん、いい所に。実は───」

「あっ、あっ、あっ」


 一瞬にしてダンジョン配信の件を暴露する日向に、恭夜が止める術など無かった。


「あら〜! いいじゃないダンジョン配信、お母さん応援するわよ!」

「はっはっは! そうだな、折角だしやってみても良いんじゃないか恭夜」

「だ、だけどもし失敗したら、炎上してギルドが」

「大丈夫よ〜、なんだったら……」


 ダンジョン配信大成功!→バズりにバズって各地から注目の的!→人生勝ち組!→自著伝出版!→我が子、印税生活へ!


「こうなる事も夢じゃないわ〜!」

(ゆ、夢物語すぎる……!)


 ポジティブシンキングの塊みたいな妄想をする母に恭夜は内心でツッコミを入れる。


「ほら兄さん! お父さんとお母さんもこう言ってますよ!」

「ファイトだ恭夜、父さんが手伝える事ならなんだってするぞ!」

「印税生活、印税生活〜♪」

「うっ……うっ……」


 家族全員に詰め寄られる恭夜は、


「うわぁー!!!」


 堪らず逃げた。

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