第一話
十年前、世界は一瞬にして在り方を変えた。
世界各地、ありとあらゆる場所から無作為に現れた謎の柱。未知の物質で構成されたそれらは、その外見と異質さから当初はモノリスと呼ばれていた。
全くの謎であるモノリス、原因も正体も全く分からないまま世界中で調査が行われて一週間後……とある男がモノリスの側から出現した事で事態は大きく進展した。
その男曰く、いきなり自分には資格があると思うようになった……曰く、モノリスに触れると別世界へ飛んだ……曰く、その世界には見た事ない物や生命で溢れていた……曰く、その世界で自分は、不思議な力を扱えていた、と。
そこから立て続けに発覚する新事実。男のようにいきなり自分には資格があると思った者が世界には大勢居て、その誰もがモノリスに触れると別世界に飛ぶ事ができ、更には特別な力を有していたと言う。
常識外の数々、その最後の決め手に向こうの世界で手にしたというドラゴンの頭を見て、人々はフィクションが現実となった事を思い知らされるのだった。
……あれから十年。突然飛び出してきたファンタジーにも人々はすっかり慣れ、なんならそれを存分に有効活用していた。
別世界の事はダンジョンと、ダンジョンに行く為のモノリスはポータルと、そしてダンジョンに潜る事が出来る資格ある者は探索者と呼称されるようになり、ダンジョンから有用かつ画期的な素材を回収できる探索者は、今や社会で重宝される存在となっていた。
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ファンタジーが現実化した事で及んだ影響は計り知れない。技術の急速な発展から世の情勢の変化、現代ダンジョンものといったサブカルが世界中から注目されるなどなど……小さな所から大きな所まで、色んな所で影響を受けていた。
大なり小なり、どんな界隈でもダンジョンから影響を受けている今の時代、当然ダンジョンが現れた事で生まれた新しい事業というのも存在する。
ダンジョン業。職種分けやら事業拡大やら日々頻繁に行われているが、世間では全部引っくるめてこう呼ばれている。そしてそんなダンジョン業を営む会社は、総じてギルドと呼ばれていた。
日本の都心部から少し離れた街の一角、そこにあるこぢんまりとした三階建てのオフィスビルこそ、世間でも注目度の高いダンジョン業を営むギルド……の、零細企業である。
社員八名、資本金八百万、どこに出してもパッとしない純然たる零細企業、天神ギルド。そこの社長である天神司は、自身の執務室で一人の少年と対話していた。
「───という訳なのよ」
少年を部屋まで呼び出した彼女は、まず最初に現在のギルドの状況について語った。
五年前にギルドの民営化が為されて以来、ダンジョン業は今もなお急激に発展し続けている。そこから出る利益は途方もなく、ダンジョン業で成功したギルドや探索者は数知れず。
しかし同時に、失敗して破滅に追いやられる者も少なくない。ダンジョン業の利益の元となるダンジョンは、常識から外れた未知の世界だ。モンスターという明確な脅威も蔓延っており、命を落とす危険性も普通にあり得る。ダンジョン業とは、まさにハイリスクハイリターンな業界なのだ。
「このままじゃいずれ、ウチは倒産するわ」
現在、天神ギルドで直面している問題は知名度の低さ。スタートダッシュを遅れてしまったこのギルドは、致命的なレベルで顧客が付いていなかった。
「何か一つ、大きな事をして注目度を稼がないと手遅れになってしまう……そこで」
かなり終わっている現状について説明した彼女は、つり目がちなオレンジの瞳を少年に向けて言い放つ。
「あなたにダンジョン配信をやって欲しいの」
ダンジョン配信。それは一年ほど前から始まった文化で、今もなお人気急増中の流行コンテンツ。ダンジョン内での活動をネット上に配信するそれは、ダンジョンに潜る事が出来ない非探索者にとって物凄く興味を唆られる話だった。
「前々からこの流行りには乗りたいと思ってたし、これを機に始めようと思うの」
「……ぁ、しゃ、社長」
執務室に入ってから今に至るまで、カケラも口を動かさずにいた少年が初めて司に声を掛けた。
「なにかしら?」
「その……な、なんで、僕なんですか?」
辿々しい口調ながらも少年は尋ねる。
「は、配信って僕向きじゃないと思うんです。ほ、ほら、僕ってこんな見た目だし、喋るのも得意じゃない、ですし」
彼……陽月恭夜の言う事は実に正しかった。淀み切った喋りに目元が隠れるほど伸びた前髪、加えてその内面もどんよりジメジメ……とてもじゃないが、配信映えする人柄では無かった。
「まあ、あなたが不安に思うのも無理ないわ。けど見た目の方は心配する必要ないでしょ? 喋りや性格はともかく」
「うぐっ」
ナチュラルに喋りと性格は懸念すべきと言われたが、全くその通りなので反論できない。……いや、そもそも彼に反論する威勢の良さなど無いのだが。
「ぁ、も、もしかして、僕を選んだのってそれが理由ですか?」
「……そうね、あの見た目は広告塔として十分以上に使えるから」
急に図星を突かれた司は、気まずそうに目を逸らす。が、すぐに目線を恭夜の方へと向け直した。
「けど、一番の理由はそれじゃないわ」
「ぁ、え、そ、そうなんですか?」
「ええ……私があなたを選んだのは、ウチのギルドで一番強いからよ」
「……?」
いったい強い事と配信がどう関係すると言うのか、理解出来ずにいた彼は分かりやすく首を捻った。その様子を見て司は苦笑し、補足を入れる。
「良い? ダンジョンから唯一素材を取りに行ける探索者はダンジョン業の要よ。当然、ダンジョン業を営むギルドには探索者の質が何よりも求められるわ」
「……」
「探索者に一番大事な能力って何か分かる?」
「うぇ!?」
不意打ちの質問に動揺。
「え、ぁ、えっと、一番大事な能力は、ぅ、その」
なんとか答えようとするも、思考が乱れに乱れて考えが纏まらない。……そんな彼の心情がありありと伝わってきて、司は再び苦笑する。
「あはは……つまり、一番大事なのは強さって事よ」
「ぁ、強さですね、はい」
「そう、強さ。ダンジョンで取れる素材は色々あるけど、基本的に価値が高いのはモンスターから取れる素材よ」
謎の多いダンジョンという別世界、中でも一際異彩を放つのが、モンスターという生命体だ。
ゴブリンやらスライムやら、ドラゴンといった創作上の生き物に酷似しているものから、名状し難き未知の怪異まで、様々な存在がダンジョン内には蔓延っている。そして彼らは、人間を見かければこぞって積極的に襲い掛かろうとする。
「中でも強いモンスターの素材は価値が高まる傾向にある。……モンスターの素材をどう採取するのか?」
ダンジョンから持ち帰れる物には制限がある。モンスターを生きたまま持ち帰る行為は、その制限に引っ掛かる。ならばどうするか?
「───戦って、倒したモンスターから手に入れるしかない。それを成し遂げる為には強さが必要不可欠よ」
「は、はい」
「これが探索者に強さが必要な理由、そして探索者の強さは世間からも注目される要素……これがあなたにダンジョン配信をして欲しい理由よ。我がギルドで、いえ、世界でも通用するレベルの強さを持つあなたに、ね?」
「……ぁ、はいっ!」
ややレスポンスが悪い恭夜を見て、配信させる前に少し矯正させた方が良いかと司は思った。
「ぁ、で、でも社長、流石に世界でも通用するのは言い過ぎだと思います。ほ、他の人に失礼と言いますか」
「……」
この自信の無さもなんとかしたいなぁ。と、司は思った。
「コホンッ……それで恭夜くん、この話、受けてくれるかしら?」
気を取り直して、司は恭夜に答えを聞く。
「ぼ、僕は」
ダンジョン配信をやってくれるか? その問いに彼は───