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王都へ

インストーラを手にしたディカはこの世界の真実を知る。抜け出し方も分からず、とりあえずこの世界を満喫することにした彼女は、クラウディア王国の王都「キムロス」を目指す。

 インストーラによってこの世界を知ったディカは王都へと続く道を進んでいた。

「もう3日か、足の充電、気になってたけど全然切れないや」


 3日前


「王都へは徒歩で数日ほどかかります。馬車も出ていますがどうしますか?」

 馬車に揺られてみるのもいいが、せっかくなので自身の足で歩いてみることにした。疲れが出たら休む、あるいはアイシュを呼ぶ。これでいい。現実世界では何も気にせず歩ける時間なんてそうそうなかった。ならばこの時間を有効活用するほかないだろう。

「歩いて王都まで向かいたいと思います。ご親切に感謝します」

「いいえ、では気をつけていってらっしゃいませ」


 現在


「アイシュ、あとどのくらいで王都かな?」

「マップによると、現在のペースなら残り21時間ほどでしょう」

 インストーラから得られたのはHUDと、そこに入った様々な情報。マップデータもその一つ。地理的情報は最も重要とも言える。正直めちゃくちゃありがたい。

 その後しばらく歩くと、前方で何やら少し騒ぎが起きている。

「エイリーン嬢、お下がりください。これは厄介なことになった。全員! 馬車から距離をとりつつ討伐せよ!」

「抜刀!」

 1.5メートルほどのカモシカのような獣が馬車を取り囲んでいる?

「アイシュ、あれ見える?」

「映像受容器を通して情報を確認。偶蹄類様生物、数5。鎧を着用した男性、数3、馬車内部に女性、数1」

「あれ、ヤバそうだよね。ぱっと見2匹くらいなら相手できそうだけど数が多すぎる。多分全員殺されるよ。あの見た目で草食じゃないのか」

「戦闘能力指数は獣の方が大幅に上回っています。生物の様子を見ると、動作がやや鈍いですが、これは生物の皮膚が有する耐久性の高さを示唆しています。彼らの有する武器では満足にダメージを与えられないでしょう」

「助けるか。人死にが出るとこなんて見たくないし、一応ゲームの中だしね。ヒーローロールプレイってことで」

「衝撃を与える兵装は非推奨、高確率で爆風に人間を巻き込みます」

「はいはい、わかってる。ミサイルとか使って馬車を吹っ飛ばすわけにはいかないからね。というわけで、【ウェポンデプロイ】MWイリディエーター」

 この兵装は、要するに遠隔電子レンジだ。どうあっても、あれは生物。神経で運動している。水分子をマイクロ波で振動させて加熱し、行動を不能にする。ディカの背中に2基のMWイリディエーターが現れる。

「照準任せた。アイシュ」

「照準、偶蹄類様生物。頭部、中枢神経」

「照射!」

「照射開始」

 音はなく、目にも見えない。現実世界では不可能な出力の兵器でも、ここはゲームの世界。瞬時に脳と脊髄を焼き切るなど造作もない。一体、また一体と瞬く間にその生物達はその場に倒れ込む。すかさず、人間達は剣を用いて倒れた生物の急所を突き刺している。斬撃は通らずとも、力を入れた刺突なら革を破れる様だ。

「これは……」

 護衛の中でもリーダーと思われる人物が、生物の頭部から立ち昇る蒸気を気にしている。

「あのー、大丈夫でした?」

「奴らを倒したのはあなたですか? 助かりました。我々だけではおそらく全滅していたでしょう」

「お役に立てたのなら何よりです。では」

 足早に去ろうとすると、

「お待ちください!」

 馬車の扉が勢いよく開き、先ほどアイシュが捉えたドレスの女性が姿を現す。遠目から見てうすうす感づいていたのだが、この装飾の施された馬車。これは、かなり上等な地位の人間だろう。

「呼び止めてしまい、申し訳ありません。私は、エイリーン=ウィントラス。助けていただいた恩、何も返さなければ、ウィントラス家の恥。見たところ、貴女も王都へ向かう道中の様子。どうでしょう、ここはご一緒しませんか?」

 こう言われては誘いを断ると逆に大変そうだ。

「エイリーン様もこうおっしゃられてますが、どうでしょうか?」

「わかりました。ご一緒させていただきます。(小声)アイシュ。また後で」

「待機状態に移行します」

 ディカはエイリーンとその護衛達と行動を共にすることになった。馬車の馬は付近にいた様で、無事馬車は走り出した。

「王都への到着予想時刻を更新。残り5時間」

 アイシュからの情報だ。

「あの、ウィントラスさん」

「エイリーンでいいわ、さっきのは形式的なもの。貴女の名前は?」

「ディカです」

「じゃ、私はディカって呼ぶわ。だから、気軽にエイリーンって呼んで! 慣れないかもしれないけど敬語もいらないわ。それで、ディカの出身は? 同い年くらいよね?」

「えーっと出身はちょっと言えないと言いますか……年は17」

「なるほど、訳ありってわけ。王都なら身分証とかも発行してるし、それ目当てって感じね。その辺なら私が助けになれると思うわ。年も同じ……フフっ! なんだか妹ができたみたいでうれしいわ!」

「意図せず無礼な振る舞いをしていたら申し訳ないです。世の中に疎いもので」

 高貴な身分の人間と関わる機会など、日本ではあり得なかった。独自の文化体系における無礼は最も危ぶむべきものだ。

「大丈夫よ、問題ないわ。それに、貴族じゃないんだから。要求される礼儀は最低限のはずよ。あと敬語出てるわよ」

「なら良かった」

 貴族社会とは。これまた息苦しそうだ。

「それにしても、クロフートの群れの討伐なんて並の冒険者ではまず無理よ? 一体何者?」

 先ほどの生物はクロフートというらしい。後でデータとして打ち込んでおこう。

「それなりに鍛えたから」

「そう。まあ一人旅しているくらいだし。そりゃそうよね」

 正直、アイシュがいるので1人という感覚は全くしなかった。

「王都に着いたらどうするの?」

「まずは、しばらく暮らせる様な準備を整えようかと、宿とか」

 衣食住の衣は【格納庫】でどうにでもなるとして、食と住は最低限の暮らしをするのに必要だ。【格納庫】に貯蔵されている食料なんてセグメンター用の栄養ブロックくらいだ。嫌いではないが、せっかくの異世界なのにディストピア飯を主食にするのはさすがに勿体無い

「そんなものうちに泊まればいいじゃない。屋敷には空き部屋もあるし」

「それは流石に……」

「いいじゃない。こういうのは甘んじて受け入れておくものよ。それにディカの様な力を持つ人とは友好関係を築いておかないとね!」

 笑っているが貴族として社会で生き残るための本能のようなものが働いているのだろう。同い年とは思えない。末恐ろしい女子だ。


 王都、北門


「エイリーン=ウィントラス様とその護衛だ」

「そちらの方は?」

「クロフートの群れに襲われたところを助けてくださった、旅の方だ。通行証はお持ちでない様なので、私達の紹介ということで入れてもらっても?」

「承知しました」

 通行証がないと厄介なことになるかと思いきや、サラッと通してもらえた。ウィントラス家恐るべし。


 ウィントラス家、邸宅


 馬車の中から少し見える景色で想像はしていたが、見事な建築だ。

「エイリーン!」

「あ、お父様だわ。お父様〜!」

 馬車から降りたエイリーンはこちらへ向かってくる男性の方に駆け寄っていき、手を引いてこちらに連れてくる。

「ディカ、こちら私のお父様。お父様、こちらはディカ、旅をしている方で、私たちの命の恩人よ」

「初めまして。ディカと申します」

「失礼。ご挨拶が遅れましたね。スタニス=ウィントラス。この娘の父だ」

 頭を下げながら挨拶をする。そういえば綴莉のお母さんと初めて会った時もこの様な形だった。綺麗に整えられた洋服を着た男性だ。

「君がディカ殿か、早馬から報告を受けている。うちの者、そして娘が世話になったね。ありがとう」

 おそらく、門についた際に先に1人先行して状況を伝えていたのだろう。連携の取れた行動だ。

「お父様、かくかくしかじかでディカに屋敷の部屋、一部屋、貸してあげたいんだけど、いいよね?」

「ああ、構わないぞ。しかし、ディカ殿は?」

「はい、是非。可能であればお願いします」

 付き合いは数時間とはいえ、知り合いの家というだけで安心感は段違いだ。

「もちろん。ただ」

「ただ?」

 何か条件が提示されそうな雰囲気だ。受け入れるのが無理そうなら拘る理由もないので、別の宿を探すとしよう。

「私の娘と変わらない年齢でクロフートの群れの討伐とは、どの様な力をお持ちなのか。私は非常に興味がある。是非、手合わせ願いたいのだが」

「ちょっと待ってください。それは……」

 エイリーンの方を向くと、「諦めろ」という様な身振りで目を瞑っている。

「お父様は軍事関係の役人で、こういうことになると止まらないのよ。ちょっと相手してあげて」

「私は対人戦闘経験は少ないのですが……」

「構わないさ。ただし、殺さないでくれよ? ハハハ!」

 困った。どうしたものか。非殺傷性の武器を選ぶか、格闘で戦うしかない。相手の武器はおそらく剣、この世界ではそれがスタンダードだろう。私に剣術の心得は皆無だ。

「ヒドロネルギウムスーツを着用していただければ、私がある程度近接戦闘を補助します」

「アイシュ、一応だけど。防げなさそうなのがきたら守ってくれるよね?」

「はい。セグメンターを保護することは私の役目です」


 ウィントラス家、裏庭


 ウィントラス家の裏庭にやってきた。流石、軍事関係者といったところか、グラウンドを2回りほど小さくした広さのちょっとした訓練場が備え付けだ。噂を聞きつけて屋敷や馬車の護衛や、どこにいたのやら見覚えのない鎧姿の人間も何人か見物に来ている様だ。

「ディカ殿、エイリーン嬢とさほど変わらんではないか」

「大丈夫なのか? ウィントラス様は我々が束でも敵わないほどに手練れだぞ」

 私のパッシブスキルによってアイセグの各種センサーが露出せずとも常に働いているので、情報は筒抜けだ。聞こえているぞ、そこの兵士ども。

「とのことですが藍。勝利、引き分け、敗北から一つを選択してください」

「そんなの決まってる。勝つしかないでしょ! 【装備変更(ロードアウトチェンジ)】ヒドロネルギウムスーツ」

 勝ちと負けが存在する事柄において、負けるわけにはいかない。私が求める最強に、近づくための道だ。

「私は武器を使用してもらっても構わないが、大丈夫か? それにその服は、かなり薄い仕立てではないか?」

「ご心配なく。本気で来ていただいて構いません。骨と肉を断ち切る気で剣を振るってください」

 今の私の体は実体ではない。しかし、感覚は完全に再現されている。おそらく、ナーヴファイバーで私の現実の体とシステムが接続されているためだ。私の現在の体は、私の脳と、アイシュにつながっている。つまり、アイシュが私の体を操作することも可能だ。

「じゃアイシュ、諸々よろしくね。アシスト頼むよ」

「ヒドロネルギウムスーツのモーションアシストシステムとアイシュヌラAIが接続されました。今回の戦闘は戦闘訓練として行います。仮想敵の殺傷、不可。目標、仮想敵の無力化」

 私が体を操作するとアイシュが最適化し、格闘による打撃として十分な用に体の動きを調整する。簡単に言えば、電動自転車だ。ペダルを漕げば電動でアシストして坂道でも楽々。それと同じこと。体の使い方を最適化することで、思い通りに体を動かすことができる。

「仮想敵、戦闘分析。兵装、両手用ロングソード、主原料、鉄―――」

「では、始めよう。誰か開始の合図を!」

 スタニスは両手剣を構え、数メートルほどの間合いをとっている。剣士同士の戦いにおいては1歩踏み込めば得物同士が当たる距離だろう。

「試合開始!」

 開始と同時にスタニスの剣が上から下へ一直線に振り下ろされる。それを左側に半身になって避け、右足で蹴りを繰り出す。

「そりゃあ!」

「くっ、いい蹴りだ」

 スタニスは剣の腹で衝撃を受け流した様だ。ヒドロネルギウムスーツとスキルにより私の脛への衝撃はほとんどない。生身なら慟哭をあげ、悶え苦しんでいるところだ。

「ではこれではどうだ!」

 上段の横薙ぎ、両足を深く曲げてそれを回避した。その瞬間、振り抜いた方向から刃が戻ってきた。下段の払い。このままでは回避できない。が、このまま受けて問題ない。体より先に左足が剣に接する様にやや外側に出し防御する。そもそも、私のスキルが発動している以上、ただの剣程度では脅威になり得ない。

「クッ、硬い!」

 義足に弾かれた剣は、衝撃の反動により振動し、それは剣を持つ手にも及んでいた。すぐさま立ち上がり、剣目掛けて左足で蹴りを入れる。ヒドロネルギウム合金で構成された義足の蹴りは生半可な物ではない。

 パキンという音と共に、溝が掘られた刀身が折れて吹き飛んだ。

「このままでは終わらん! 【覇気刀身(スピリットブレード)】!」

 折れた部分より先端がエネルギー体で補完されていく。戦闘用スキルだろう。ところで、物理攻撃に対しての防御力が高いヒドロネルギウム合金だが、あれは防げるだろうか?

「ああっ、お父様! スキル使ったらダメぇっ!」

「ねぇ、あれ、大丈夫なやつ? アイシュ? アイシュ!?」

 エネルギー体の刀身が眼前まで迫る。

 普段の自分では不可能な角度で自身の体が後ろに曲がり、剣を回避する。

「セグメンター保護プロトコル。スキル使用申請、自動受理。【ウェポンデプロイ】対人SPD」

 のけぞった体勢のまま背中からターサスが伸び、SPDスタンプローブディスペンサーの照準がスタニスを捉えて射出する。電極が射出され、電流が彼を襲う。スタニスは撃ち込まれた電流は、彼を数秒間気絶させるには十分であった。

「あっすみません! つい」

 スタニスはカッと目を開いた。

「はっ! いやはや、参った参った。変わった戦術をお使いになるのですな。これでは件の戦果も納得です」

 観戦していたエイリーンが駆け寄ってくる。

「す、すごいわ! お父様と一騎討ちで勝利なんて」

「でも私は剣に対して飛び道具を使用してしまいました。こういう場面では負けでしょうか?」

 スタニスに手を差し伸べ、体重を乗せて起こした。こう言う場面においての飛び道具はやや反則気味だろう。勝利と言えるだろうか?

「なに、私も躍起になってスキルを使ってしまったからおあいこさ。つまり、私の負けだ」

 ヒントによると、基本的にスキルは人それぞれだが、一般的に1つか2つ。稀に複数持っているものが存在するらしい。私は外から来たせいか、様々なスキルを習得できている。【格納庫】に至っては数十個分が複合されているほどの多機能っぷりではなかろうか?

「申し訳ない、突然、模擬戦を挑んでしまって。私の性分なのだ。さあ、立ち話はこの辺りにして屋敷に入ろう」

「は、はい。お邪魔します」

「自分の家だと思ってくつろいで!」

 エイリーンに手を引かれ、屋敷に足を向ける。

「あ、ちょっと待って」

【装備変更】で、制服に着替えた。ブレザーベースの制服は意外と違和感がないものだ。しかし、折角だ。しばらくしたら適度にこの世界の服を記録して、アイシュにデザインを任せよう。彼なら迷彩作成の応用で、この世界に溶け込める服を作ることができるだろう。

「そうだ! ディカ、こんど、騎士団長のところに行って訓練に参加してみてはくれないだろうか、彼らにも刺激になるだろうし、騎士団長との模擬戦も見てみたい」

 一通り見学した後、空室に案内されることとなった。

ウィントラス家に居候することになったディカ。彼女は稼ぎ口を手に入れるために冒険者となることを決め、ギルドへと足を運ぶ。


次回! アイアンセグメント クラウディア王国戦役

「冒険者たち」

お楽しみに!

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