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基本的に身内が閲覧する目的で投稿しました。その他の方もご興味があればご覧ください。外伝作品なので初見では意味不明な単語も多数登場します。ご留意ください。
この世にゲーム数多あれど、この作品ほど完成されたものはないとまで言わしめたハードコアSFロボットゲームの超大作「アイアンセグメント」。
親会社の軍事産業由来の人工知能技術をはじめとする最先端技術を用いたゲームシステム構築は、他社のゲームを大きく上回る高い完成度を誇っていた。しかし、その世界観のとっつきにくさや、操作難易度の高さゆえに覇権を握ることはない。そのアングラな雰囲気がゲーマーたちの心を刺激し、人気を博していた。
そのゲーム内において知らぬ者はいないプレイヤー「ディカ」。その正体は日本の女子高校生だった。彼女の名は「秋津 藍」。病によって片足を奪われた悲劇の少女は、世界の外側より来たりし理、転移技術で製作された義足を装着し、自分なりの強さを追い求める。そう、彼女自身の「アイアンセグメント」で―――
アイアンセグメント外伝
クラウディア王国戦役編 開幕
「ここは……」
藍が目覚めたのは、鬱蒼とした森の中だった。自分に何が起きているかも分からないまま、しばらく歩いてみることにした。
「お、ちょっと開けてきた」
未舗装だが、どうやら道のようだ。見覚えのない植物の花が点々と路肩に咲いている。
「そういえば、バッテリーは」
スマートフォンを探すが、見当たらない。というか服以外の所持品はなし、ポケットをたたいてもビスケットは出てこない。
「アイシュも返事なし。でも歩けるには歩けるのか。ん〜、いつバッテリーが切れてもおかしくないけど。移動しないと状況が掴めないか」
道路に沿って歩いていると、小さな集落のような人工物の集合が見えた。近づいてみると、どうやらその集落は木製の壁で囲まれており、入り口の門の左右には槍を持った男性が立っていた。
「この雰囲気は、スペリアっぽくはあるかな?」
藍の中に眠るゲーマーの血がふつふつと沸いている。置かれた状況を鑑みると、異世界。またはそれに準ずる何かというものに間違いはなさそうだが、なぜここにいるのかの記憶だけ完全に欠如している。
「はぁ、アイシュ……あなたのサポートが恋しいよ」
いる訳のない戦友を思い出しつつも、これからの計画を立てる。言語が通じるか否か。まずはそれを確認しなければ。門番を配置するということは、門の外に危険視するものが多少なりともあるということだ。早急に交流、安全圏に入るべきであろう。そう考えた藍は門番の前へと歩みを進める。
「すいません。ここは通行証など必要な場所ですか?」
「ん? 嬢ちゃん。変わった服だな。どこから来た?」
その反応も無理はない。もちろん私の装備はこれ、「私立紫翠高校制服女性用」一式である。おおよそ雰囲気にはそぐわない。しかし、これ以外の衣服を持ち合わせていない。
「それが……」
ダメ元で放ってみた言葉が通じるということにも衝撃を受けたが、私の発言を待たずして門番らが会話し始めた。
「その雰囲気……おい、この嬢ちゃんを婆さんのとこまで連れてけ。くれぐれも失礼のないように」
「はっ! わかりました。さあ、こちらへ。お名前は?」
「ディカです」
「ディカさんですね、私の後ろに」
片方よりも若い門番の後ろについて、藍は町の中へと進んでいく。事がトントン拍子すぎて不気味なほどだ。
「ここです。さぁ、入りましょう」
外装が少し離れている石積みの建物。教会のような建築物だった。
「ん? こんな寂れた村に客かい。そりゃ一体どういう……」
少し年長の女性が、私を見て目を見開き、口をあんぐりと開けた状態になってしまった。
「あの……」
「ああ! いかんいかん。突然のことで固まってしまいましたよ。私の名前はリームと申します。貴女のお名前をお聞きしても?」
「ディカと言います」
「ディカ様、少々お待ちくださいね。貴女に渡さなければいけないものがありますもので、では失礼アハハ……」
そういうと、少し慌てた様子で教会の奥の部屋へと入っていった。
「ばあさんの慌てた顔、初めて見たぜ」
門番の青年も驚いている様子だ。部屋の奥からはカートゥーンのような物音がする。
「あの、お兄さんはずっとここに?」
「ん? あ、ああ、そうとも、生まれも育ちもこの村さ」
「なるほど」
藍らは木製の扉の前で数分待っていると。先ほどの女性が奥から小走りで現れた。
「すみません、封印の解除に手間取ってしまって。どうぞ」
『封印』とかいう不穏な言葉が聞こえた気がするが、おそらく自分の空耳だろう。女性が持っているのは表紙がボロボロになった一冊の本のようだ。
「これは、貴女様のような方が現れたら渡すよう、代々伝わってきた魔法書です。私たちには使えませんが、ディカ様ならば」
その本を手に取り、まずは外観をぐるっと見てみた。魔法「書」というくらいなのだから、読まなければ何も始まらないだろう。勢いよく1ページ目を捲った。
その瞬間、藍の周囲を光の柱が覆った。
「ディカ様!」
数秒で光の柱はおさまった。あまりの眩しさに目を瞑っていた藍が次に目を開けた時、視界に衝撃のものが飛び込んでくる。
「これは|ヘッドアップディスプレイ《HUD》? でも……」
藍は自分の顔をペタペタと触ってみるが、何かをかぶっている訳ではなさそうだ。
改めて自身の手にある魔法書の表紙を見てみた。少し、じっと見つめてみると「インストーラ」という文字がカタカナで浮かび上がってくる。私以外には見えていない。視線で、というより、意識すればHUD内の活性化された部分を操作できるようだ。しばらく夢中で触っていると、
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、はい、問題ありません」
「ディカ様。ところで、貴女、公用語を話せるようになったんですか?」
それは藍にとって全く身に覚えのないことだった。頭がだんだん混乱気味になってきている。
「それはどういうことです?」
「この街には中心に置かれた魔石に刻印された自動翻訳魔法によって、使う言語が違っても会話は可能なのです。しかし今は、ディカ様が公用語を話されていますよ」
大体の想像はついた。このインストーラは私みたいな外の世界からやって来た人間のためのものだ。この世界で暮らす上で、私自身にインストールする必要のあるもの。きっと、この村に最初に来ることを想定してここに置かれていたのだ。そう、つまりここはチュートリアル村というわけだ。
「少し休んでもいいですか? 頭の中を整理したいので」
「ああ、では、こちらへ」
一室に案内され、テーブルには紅茶のような飲み物を置かれる。
「では気分が優れましたら、お呼びくださいね」
と言い、部屋には自分1人だけとなった。
「さて、HUDがあればこっちのもの、しかも見覚えあると思ったら。このデザイン。アイセグのUIデザイナーに依頼したのか?」
思い通りに動かすことができるHUDにより、自身のステータスを閲覧できた。
「口に出さなくて良いのはありがたいね」
しばらくいじり倒すことで、さまざまなスキル。その発動条件、発動方法、様々なことを学んだ。この飲み込みの速さはゲーマーの特権だ。
ヒントという項目に至っては、何不自由なくこの世界についての基礎情報を得ることができる代物だった。
この世界は、神経接続技術をはじめとする「転移技術」を応用して完成していたメタバース。NPCはより人間に近いAIで構成されている。これら人工知能技術は健君の活躍によりもたらされたものだ。
「つまり、私の現実の体はアイシュのコックピットにいるわけね。ん? というか、アイシュ? そこにいるの?」
「はい、セグメンタータクティカルシステムオンライン、ステータス正常、ナーヴファイバー接続済み」
聞き慣れた声に安堵の息を吐く。
「いるならさっき呼んだとき答えてくれてもよかったじゃん……」
現実世界においてのアイシュヌラAIは私の義足のコンピュータ上で動作している。しかし、ここは仮想空間。私の体をそのままキャラクターデータとしてこちらに移したとしてもアイシュヌラAIまでは無理だったようだ。
「インストーラを手にするまではパスが遮断され、音声情報による会話が不可能でした」
インストーラのおかげで色々な制限が解除された。つまり最初のチュートリアル村であるここに行くのは正解だったというわけだ。
「こういう時の運はいいね、私」
「あなたが運に任せた選択肢で正解を選んだ確率は64.2%です」
「半分より上なら上出来じゃない? というか、貴方どこにいる扱いなの? リアルの方?」
「ゲーム『アイセグ』の格納庫です。しかし、普段の出撃プロセスとは異なるアクセス経路が構築されています」
どうやら格納庫にいるアイシュと繋がっているらしい。音声は耳の横に出現したホログラムのような物体から発生しているようだ。
「そう。まあここもゲームベースの世界ならそうだよね。んで、こっちの声は聞こえてるわけか……なんかスキルとやらを使ったら、貴方を呼べるのかな?」
「そちらへのパスは繋がっています。きっかけがあれば転送は可能です」
私の職業は「セグメンター」となっている。おそらくこの世界の全ての人間に職業が割り振られているのだろう。アイシュを呼び出せそうなスキルを探してみると、基本的にゲーム「アイアンセグメント」と、私の経験に基づいたスキルが使用できる様だ。
そしてアイシュを呼べるであろうスキルはこれだ。
【格納庫】、本来は別空間に存在するアイセグ格納庫と、自身のいる空間座標をつなぎ、即時戦力展開可能。アイアンセグメントで利用可能なシステムをすべて利用可能。
格納庫はいくつかのスキルが複合されたもののようだ。そのうちの一つ【ウェポンデプロイ】では兵器、アイセグにおける武器を単独で部分展開。加えて、【オールデプロイ】では自身が選択したアイセグ1機を召喚、アイアンセグメントと同様に運用できる。
ここで【オールデプロイ】を試すのは部屋の広さ的に流石に無理だ。【ウェポンデプロイ】を試してみることにした。
「じゃあ、【ウェポンデプロイ】対機熱誘導弾」
砂嵐の様なエフェクトが空間に発生し、背中にTARSUS(Tactical Utility Rear Support Unit System)背面武器保持アームが現れ、その先端にミサイルラックが現れる。HUDには残弾数が表示され、クロスヘアもバッチリだ。
「サイズ感はそのまま、ってことはこの教会くらいなら軽く吹き飛ばせる威力だね、すぐ送り返してっと……」
エフェクトがミサイルラックとターサスを消し切ると同時に、部屋の扉がノックされた。
「ディカ様、入ってもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
「失礼します、ディカ様。ところで、これからのご予定はお決まりですか?」
全く決まっていない。そもそも、私の意識は元の現実に戻れるのだろうか? いや、正直に言うと、せっかくだしこの状況を楽しんでおきたい。
「特には決まっていません。しばらく暮らせるような場所はありますか?」
「でしたら、この先の王都キムロスまで行かれてはどうでしょうか? 物価も宿もそこまで高くはないですし、美しい街ですよ」
今の私に食べ物が必要なのかはいささか不明だが、寝泊まりできる場所は必要だ。アイシュを呼んで野宿するにも限度ってものがあるだろう。
「わかりました。すぐ出立します。色々とありがとうございました」
「とんでもない。ディーエーを導くのが私どもの役目ですから」
『ディーエー』とはおそらく私のような外から来たものの呼称だろう。何か私の所持品から謝礼として置いていければ良いのだが、この世界でも価値のあるものはなんだろうか。
考えつくのは貴金属、宝石の類だ。希少価値はどこでも同じ。よほどの産出量がなければ価値が低いことはあり得ない。アイセグ時代の倉庫が【格納庫】によって使用できる今なら、収集していた金属、鉱石、宝石類が、手元にあるも同然だ。
「これはお礼です。色々お世話になりました。これならしばらく暮らせますか?」
私が選んだのはレアメタル扱いで収集していた純度の高い金で構成されたインゴットだ。金は装備製造のコストに使うのでかなりの量をファームしていた。まさか金銭的な価値の側面を活用することになるとは……
「これはまた見事な……ではなく、このままでは流石にいただけません。いくらか余剰分をお渡しします」
少し高価値すぎたか、しかし、これは棚から牡丹餅。こちらの世界で使える貨幣が手に入ったのは大収穫と言っていい。さて、これからどうなるか、ゲーマーの好奇心はとどまるところを知らない。