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アンヘルハント~人類に仇なす天使を狩りつくせ!!~  作者: 兎束作哉
第1部 復讐者と記憶なき天使
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Capture2-2 推薦書



「え……何で?」



 この場で状況が飲み込めていないのは、ツバサだけだった。ツバサは、何故何も言っていないのに駄目だと、却下されたのか理解できていないようで、目を丸くしたまま固まっていた。しかし、ミカヅキも、珠埜も、当然だろうと、立場は違えど理解していたようで、ミカヅキの肩を叩いていた支部長・煙岡青吾たばおかせいごはツバサの前までやってくる。百八十㎝をゆうに超えたその身体は筋肉質で、ツバサを見下ろし圧倒する。銀色の髪は、狼のようで、憧れの人であっても、ツバサは萎縮してしまうほど恐ろしい存在感を放っていた。



「な、何で……煙岡さん、≪対天使専門医師トレイター≫になるためには≪誘導隊員セージ≫が必要だって、相棒がみつかったら、認めてくれるって言っただろ」

「だが、相棒が天使となれば話は別だ」



と、煙岡はいうと、部屋の奥にある支部長のための椅子に座った。


 ツバサは弾かれたように、我に返ると、煙岡に詰め寄り、バンッと、机を叩く。



「そんな話聞いてねえしっ! 俺が、≪救護隊員セイヴァー≫として精神世界に入るための≪誘導隊員セージ≫見つけたら、認めてくれるって。その、俺の相棒がたまたま天使だっただけだろ!」

「たまたま――か。天使だったら誰でもいけるんじゃないか?」

「試したことねえからわかんねえし」

「駄目なものは、駄目だ。諦めろ。その天使も研究員に引き渡せ。『自我持ち』は、久しぶりだからな」



 ミカヅキはまずいと思ったが、出入り口は珠埜に塞がれてしまっている。その壁を突破できるほどの力はミカヅキにはない。珠埜は、ミカヅキとも、ツバサとも違って大人の身体で、煙岡と比べては劣るが、がっしりとした身体つきの男だった。

 ミカヅキは、このままでは自分が想像していた最悪の展開になりかねないと思ったので、おい、とツバサの腕を掴む。



「ミカヅキ」

「アンタが大丈夫って言ったから、僕はここまで来たんだ。何とか説得しろ」

「説得しろって。煙岡さん、頑固なところは頑固なんだよー」

「はあ!? アンタが諦めてどうする! てか、アンタか、有栖に適性あるっていったやつ」



と、ミカヅキは、標的をすり替え煙岡に怒鳴った。煙岡は、動じない。ミカヅキは、どうして何も言い返さないのかと不思議に思っていると、煙岡がボソッと言葉を漏らす。



「適性があったとしても――――だな」



 それは、近くにいた珠埜にも聞こえていたようで、珠埜は声を殺して笑っていた。

 ミカヅキには何と言ったのか聞こえなかったが、煙岡の眉間に皺が寄ったのを見てしまい、少し肝を冷やす。だが、その間に割って入ったのはツバサで、ミカヅキが味方についたことをいいことに熱弁を始める。



「こいつ凄ぇんだよ。何? ≪合体ユニオン≫だったけ? で、昨日話したみたいに、俺天使倒せたわけ。『天使病』の患者を、俺とこいつ二人で倒したんだよ。精神世界に入る方法を見つける以外にも、俺、戦ったんだって」

「話は全て聞いている。お前が、昨日送ってきたメールで、大体な。それを疑っているわけではない。だが、有栖――」

「俺は、煙岡さんや、ちは兄に憧れて≪対天使専門医師トレイター≫の≪救護隊員セイヴァー≫を目指してたんだよ。俺、やっとその夢が叶えられそうなんだよ。な、頼むよ」



 ツバサは、そういって、煙岡に頭を下げた。ミカヅキは、彼らがどういう関係で、何があったか理解はできなかったが、ツバサのいう憧れの人で、親代わり……そして、七年と一緒に過ごした仲なのだろう。ツバサがこれだけ情に訴えかければ、どうだ? と、ミカヅキは頭を下げることなく煙岡を見ていた。煙岡はミカヅキの視線に気づいている様子はなく、ツバサだけを見ていた。その顔は険しく、何かを堪えているようにも思えた。



「お前が、昨日治療した『天使病』の患者は……まだ、治療しやすい部類だった。あんなの新人の≪救護隊員セイヴァー≫でも治療できる。お前が特別なわけじゃない。適性はあると言ったが、一人治療したぐらいで驕り高ぶっているようじゃ、この仕事は向いていないぞ」

「実戦つんでけば、どうにかなるって」

「……」

「じゃなきゃ、俺、また天使捕まえるために女装しなきゃいけねえじゃん」

「…………」

「女装、好き好んでやってるわけじゃないのに!」



 そういえば、そうだった、とミカヅキは、ツバサに奇異の目を向ける。昨日のことだが、すっかり、何日も前のことだと思うくらいに衝撃で、衝撃があったからこそ抜け落ちていた。

 ミカヅキは、女装して泣き真似をしているツバサに捕まったのだと。

 そんな仕事をずっとさせられているのかと思うと気の毒だし、ツバサに女装癖があるとは思えなかった。ただ、そうしなければ、≪対天使専門医師トレイター≫に近づけないということなのだろう。憐れみの目を向けつつ、ミカヅキは煙岡がツバサを≪対天使専門医師トレイター≫の仕事から離れさせようとしているような気がしてきて、引っかかりを覚えた。確かに、≪対天使専門医師トレイター≫――しかも≪救護隊員セイヴァー≫の危険度は、渦中に投げ込まれるようなものだ。下手すれば命を落しかねない仕事である。昨日は運がよかったものの、精神世界での天使は悪魔のように人間を殺しにかかってくるわけで。



(それでも、こいつにとって、≪対天使専門医師トレイター≫ってのは、憧れで、なりたい自分の姿なんだろうな)



 ミカヅキには、理解できなかったが、夢を必死に追うツバサの姿には心を打たれた。そして、自分も何とかしてツバサの夢の後押しが出来無いものかと手を伸ばそうとすると、後ろから、ぐいっと肩に腕を引っかけられ、身体が前に傾いた。肩を組んできたのは、まさかの珠埜で、ミカヅキは殺されるのではないかと警戒する。



「煙岡さん、オレは、推薦しますよ」

「珠埜、お前――」

「可愛い弟が、こんなに必死になってんだ。兄貴として、後押ししてあげたいって思うのが普通じゃないっすか。それに、珍しい組み合わせだと思うんですよね、天使の相棒って」

「前例がないとは言わないが……はあ……全く」



 珠埜が推薦したことにより、頭が痛いと煙岡は頭に手をあてた。しかし、それ以上何を言うこともなくミカヅキとツバサを見比べて溜息を吐く。



「まあ、適性があるのは事実だしな……≪対天使専門医師トレイター≫も少ない。こっちは、いつだって猫の手を借りたい気分だ。だが、大切な息子を――いや、そうだな。一週間だ、有栖」

「一週間?」

「ああ、一週間以内に『天使病』の患者六人を治療しろ。自分で患者を見つけ、許可を取り、治療するんだ。できなければ、≪対天使専門医師トレイター≫になるという夢は捨てろ。二度と口にするな」

「一週間、なのか……んで、六人……一日一人って計算か。はい! やってやりますよ! 俺絶対に≪対天使専門医師トレイター≫の≪救護隊員セイヴァー≫になってみせるから」



 ツバサは、目を輝かせた。その輝きは、ミカヅキが昨日見た、夢を抱き輝いている少年そのもので、眩しかった。

 煙岡は、フッと呆れたように笑ったが、ミカヅキに対しては冷たい目を依然として向け続けていた。その嫌な目つきに、ミカヅキは心を痛めつつも、差し出された、ツバサの手を見て、顔を上げる。



「何?」

「一週間、いや一週間後も、よろしくな。相棒」

「勝手に……」

「だって、駄目だったらお前、研究所送りだぜ?」

「分かってるけど……うっ、本当に馬鹿、勝手に決めて」

「んじゃあ、試験監督はオレがやりますわ。煙岡さんそれでいいっすね」

「そうしてくれ、こいつら二人じゃ何するか分からないしな。ベテランのお前が面倒を見てやってくれ」

「うっす」



 ツバサはミカヅキの手を取り、握りぶんぶんと上下に振った。そして、珠埜が付き添って二人で外に出ていくことになったわけだが、ミカヅキは最後まで煙岡の鋭い眼光に睨まれており居心地が悪くて仕方がなかった。



(嫌なヤツ……)



  それが、ミカヅキが≪対天使専門医師トレイター≫第八支部・支部長――煙岡青吾に抱いた印象だった。



「――はあ~肝ひえっひえだぜぇ」

「ちは兄ありがとう。推薦してくれて」

「推薦したはいいけどよ、試験の偽装工作はできねえから。有栖が頑張るしかないけどなあ。オレにできるのはここまで」

「それでも、ちは兄がいてくれて助かった」

「おうよ。可愛い弟の為なら、お兄ちゃん何でも聞いてやるぞ」



 よしよしよし~と、また、仲のいい疑似兄弟ごっこを始めたと、ミカヅキはフードを被り直し遠距離から彼らを見ていた。珠埜が悪い人ではないとは分かっていつつも、やはり自分が天使だからか、珠埜がミカヅキに向ける視線は、ツバサとはまた異なるものだった。兄弟と他人、どちらを大切と思うかは、明白だろう。そして、≪対天使専門医師トレイター≫は、『天使病』によって、天使によって大切な人を失った人が多いと聞く。天使への復讐心からか、≪対天使専門医師トレイター≫の適正値があがり、職に就くとかなんとか。噂でしか聞いたことはなかったが、ツバサがそうであるなら、珠埜もそうなのかもしれないと、ミカヅキは薄々思っていた。



「『天使病』の患者ってなると、やっぱり、病院とか当たった方がいいよな。昨日は運良く、『天使病』患者の家族に出くわしたけど、一週間でどれだけ出会えるかわかんねえし」

「まあ、そうだな手っ取り早いのは病院か。でも、手続き踏まねえといけないし≪対天使専門医師トレイター≫じゃなきゃ、通して貰えないことも多いしな。有栖は違うだろ?」

「う……っ、その内、免許、とるから」

「試験合格したらだろ。今回は多めに、病院についていってやってもいいが、煙岡さんにバレたらなあ」

「バレなきゃセーフだし、てか、『天使病』の患者を治療することが≪対天使専門医師トレイター≫の仕事なんだし、何も悪いことしてないじゃん」

 


 「まあ、そうだな」と、珠埜は吹っ切れたように笑うとツバサの赤い髪の毛をワシャワシャと撫でた。



「僕もいかなきゃ駄目か?」

「は?」

「何言ってんだよ。相棒なんだし、当然だろ。なっ、ミカヅキ、なっ!」

「……」

「有栖……さっきから、気になっていたが、こいつ。本当に、オレたちの味方か?」



 ツバサを庇うように前に出た珠埜は、ギロリとミカヅキを睨み付けた。その宵色の瞳から感じるのは、殺意や憎悪。煙岡に向けられたものと似ているな、とミカヅキはため息を漏らす。

 どこへ行っても天使は、天使。忌むべき存在として扱われると。

 ただ、ツバサだけは――



「ちは兄、殺気! 殺気! ミカヅキビビっちまうじゃん。それに、ミカヅキは味方だって」

「本当は、オレも反対だったんだぞ。天使が相棒なんて特例中の特例……≪対天使専門医師トレイター≫の中には、天使に大切な人を奪われたヤツが殆どだ。天使なんて存在、ここでうろつかれたら、斬り殺されても文句は言えねえ。それでも、相棒にするっていうのか」

「あーそれは、俺も考えたけど。俺が≪対天使専門医師トレイター≫になるためにはミカヅキしかツテがないっつぅか……ウイルスばらまくようなヤツじゃないし。まあ! 大丈夫だろって」

「……」

「ミカヅキも何か言えよ。ちは兄も……ここにいる人は天使のこと嫌ってるし、俺も嫌いだけど、ミカヅキだけは違うと思ってるからさ。俺の相棒だし」

「珠埜がいっていることは正しいだろ」

「ミカヅキ」

「僕がいなければ、アンタは何にもできない。精神世界に入ることも、治療することも――」

「おいっ!」



 ミカヅキは、ツバサと珠埜の間を通り抜けて走った。そして、ちょうどきたエレベーターに乗り、ボタンを連打し、下へ降りてしまう。一歩タイミングが遅かった、ツバサと珠埜はミカヅキを取り逃がしてしまう。



「あっちゃー、こりゃ、また怒られる案件だぞ」

「……俺の相棒」

「天使だって、保身に走る。てか、まず一週間で六人も治療って無茶ぶりなんだよなあ……煙岡さん」

「ちは兄は無理だって思ってんの?」

「有栖も分かってると思うが、『天使病』の患者を勝手に治療することは基本禁じられている。法律があるわけじゃねえけど、人間の心理的に。患者の家族が許可した場合、治療を許される。『天使病』の患者は死にたいって思ってるやつなんだ。人を巻き込んだ自殺と違って静かだし、他人に被害も出ねえから、医者としても勝手に死んでくれた方がいいんだとよ」

「……」

「ただ、有栖が思ってるように『生きて欲しい』って願っている家族の声を聞いて、俺らは治療する。『死にたい』やつを、『生きて欲しい』ってヤツのエゴで生き返らせる。それが、オレたち≪対天使専門医師トレイター≫だ」

「…………分かってる」



 ミカヅキに逃げられ、一週間の計画が目の前で崩れ落ちたツバサだったが、兄と慕う珠埜の声かけに、少しだけ勇気づけられる。ゴッと珠埜の肩に寄りかかりつつ、≪対天使専門医師トレイター≫が望まれぬ職業であることを再度認識するツバサ。

 正しさと、エゴとエゴのぶつかり合いを制した先にしか≪対天使専門医師トレイター≫の大義は果たされない。また、必ずしも賞賛されるわけじゃないことも。



「ちは兄は、十年以上この仕事やってんだろ。俺、全部知ってるわけじゃないけどさ、ちは兄とか、煙岡さんみたいになりたいって、今もずっと思ってるよ。子供の夢だって笑われるかもだけど」

「憧れるのはいいと思うぜ。正直嬉しいし。辛いことだってあるからな。適性があって、たまたま治療できるみたいなもんだし。ただ、憧れだけじゃ前に進めねえよ。有栖」

 珠埜は、ツバサの頭を再度撫でた。

「≪対天使専門医師トレイター≫の≪救護隊員セイヴァー≫はいつだって、戦場の真ん中にいる。オレは、何人も、≪救護隊員セイヴァー≫の死を見てきた。有栖にはそうなって欲しくねえんだよ」



 肩に寄りかかったツバサを引き寄せて、珠埜は、戻ってきたエレベーターを見つめる。



「死なないし。俺、悪運いいから」

「ぷっ、オレ譲りだな。有栖は。じゃあ、まあ、あの根暗天使ミカヅキくんを探しつつ? 病院に向かおうとすっか」

「おっす。試験監督、よろしくお願いします」

「よし、その域だ、有栖」



 珠埜は、後輩であり、弟のような存在であるツバサの背中を押し、エレベーターのボタンを閉めた。




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