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アンヘルハント~人類に仇なす天使を狩りつくせ!!~  作者: 兎束作哉
第1部 復讐者と記憶なき天使

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Capture8ー4 正しい主張



「――天使協会……」

「……」



 目の前に広がる空間は、教会の内部そのもので、祈りをささげるような像が数体ある。入り口から最奥まで赤い絨毯が敷かれており、両脇には真っ白な石像が並んでいる。等間隔に並んだその石像はどれも人間のような形をしており、穏やかな微笑みを浮かべている。その像の一体が、猫羽と似たような姿をしており、ツバサは、あっと口を抑える。

 不気味なほど静かな教会には、パイプオルガンの音が響き、その音色が、この場が神聖な場であるということを主張してきているようだった。



「……宗教団体かよ」

「んーまあ、初めはそんな感じだったみたいだけどにゃ? 理事長――セラフィムが来てから変わったにゃよ。天使協会……協会は、ある目的ために協力していく組織のことにゃ。混合されるのは、しかたにゃいことだし、ボクは別にどーでもいいと思ってるんだけどにゃ……まー面倒な奴が、仲間にいるわけで……ああ、話がずれたにゃ」

と、猫羽はいうと、くしくしと髪をかいた。真っ白なその髪は、やはり猫の耳のようにピンと主張しており、色が変わったとしても、猫羽は猫羽であると、ミカヅキは確信する。

「てか、セラフィムって誰だよ。名を名乗る天使……てか、その、ある目的ってなんだよ」

「アリスはせっかちだにゃーほら、あの真ん中の像が、セラフィム。ボクの像もあるにゃ。まあ、これも勝手に協会の人間が作った祈りをささげるための石に過ぎないだけどにゃ」



 猫羽は自分の像を見て「こんなんじゃないにゃ」と呟いた後、一番大きく最奥に置かれている像を指さした。ひときわ大きなそれは、六枚の羽根を持ち、大きな光輪に、長い髪をなびかせ、まさに天使と呼ぶに相応しい姿だった。体つきは男と分かる肉の付き方をしているが、味方によっては女性とも見える美しさを放っており、その存在感は圧巻だった。まるで美術館の美術品のように佇む像に、ミカヅキは息を呑んだ。畏怖の念さえ抱くその像に、ミカヅキは羨望さえ覚える。



「ミカヅキくん、見惚れてるにゃ」

「な、そんなわけ」

「まあまあ、分かるにゃよ。セラフィムは美しいし。アリスはどうにゃ?」

「は? 別に、天使だなーって」

「そうかにゃ。人それぞれだだしにゃ」

「……」



 ツバサは、セラフィムという天使に何も感じていないようで、ミカヅキは、自分だけが、美しい、この天使にはかなわない、祈りを捧げなければと思っていることに目を細める。

 セラフィムという天使もまた、人間が天使になった姿なのか。だが、人間とは似ても似つかぬその美しさは、元から天使だったのではないかとすらも思えた。この天使が、天使ウイルスを――『天使病』をこの世にばらまいた存在なのではないかと、ミカヅキは考察する。しかし、セラフィムの像を前に、そんな疑いの心も、すべて取り払われ、残ったのは無だけだった。

 猫羽はくしくしと髪をかくと、その大きな羽を広げぐるりと宙に浮いた後、ゆっくりとツバサたちの目の前に降り立つ。そして、ミカヅキを見てにやりと笑うと、ツバサの陰に隠れながら口を開く。



「天使協会は、セラフィムを中心に回ってるにゃ。天使は『自我持ち』だろうが、なしだろうが、セラフィムを見て、畏怖の念を抱き、その神々しさに服従の心を抱く。ミカヅキくんが感じてるのはそれにゃ。人間ですら、神々しいと思うのに、天使だったら猶更――それが、ミカヅキくんが天使である証にゃ」

「服従……」

「セラフィムに立ち向かえるものっていったら、それはもう反逆者にゃ。()()使()――そう言われてもおかしくないにゃ」



と、猫羽はいうと、パンパン、と手を鳴らし、一歩、二歩、後ろに下がった。すると、ツバサたちの後ろから、白いローブを羽織った人間が三人入ってき、ツバサたちの前に並んだ。横に並んだ三人は、先ほどのローブの人間とは違うようで、だが、同じローブを羽織り、その胸には、金の天使の羽のブローチがつけられていた。



「ミカエル様――」

「はいはい、いつものお祈りご苦労様にゃ。悪いけど、天使協会について、こいつらに教えてやってほしいにゃ」



 三人のローブの人間は、ツバサたちに一度背を向け、猫羽の方を向くと、膝をつき頭を垂れた。猫羽は気にした様子もなく、腕をくむとその三人を見下す。

 信仰対象と信者――そんな関係を思わせるような光景に、ミカヅキとツバサは顔を見合わせるが、猫羽は「気にしないでにゃ」とだけ言った。



「ミカエル様、この者たちは……」

「そうにゃね~……天使の敵かにゃ? それとも味方かにゃ?」

「……っ!」

「早く、こいつらに天使協会について教えろ。早くしろ」

「ミカエル様の言う通りに――」



 ローブを羽織った三人の人間は、再びツバサたちに向き合い、そのフードをとった。ツバサたちからみて、左から男、女、男、と何かの職業についているであろう大人が顔を見せる。平凡な顔立ちに、猫羽と比べてしまいそうになるが、それがかえって、彼らが人間であることを証明していた。彼らが純人間であることにツバサたちは安堵を覚え、次の瞬間には違和感を覚えた。



「ミカエル様に、命を授かりました――天使協会についてお教えしましょう」

「これを聞いたらあなた方も、我々の目的・思想に共感し、一緒に歩むことになるでしょう」

「はじめは、分からないことだらけです。しかし、何の心配もいりません。天使様たちが、我々を導いてくれるのですから」



 重ならないよう、また練習でもしてきたかのように、協会の人間は順に話していく。その者たちからただようただならぬ空気に、ミカヅキは息を呑み、ツバサもまたその異様な空気に顔をしかめる。

 それはまるで、洗脳でもされているような、気味の悪さを孕んだものであった。彼らは正気でないことをうかがわせている。まるで、宗教団体のような、独特な雰囲気だ。



「我々は天使協会の目的は、人類を苦しみから解放し、人類を新たな存在へ進化させ――『新世界』を作ることです」

「……しょっぱなから、やべえだろ」



 ツバサの小言など、全く耳に入っていない様子で、教会の人間は微笑み続ける。



「『天使病』により、人間は天使へと姿を変えることが出来ます。完全に天使となれば、それまでの苦しみから解放され、新たな人生を歩むことが出来るのです。死にたくなるような苦しみから、それらをすべて忘れ――生まれ変われる。『天使病』は、我々人間を救う清いウイルスです。我々は、この『天使病』、天使様を神聖視しています。ですから、≪対天使専門医師トレイター≫なる、邪悪な存在とは相いれません」

「……そうかよ」

「そもそも、人間には生きる権利と死ぬ権利があると我々は考えています」



 そう口にしたのは、医者のような身なりの男だった。



「しかし、日本では安楽死が認められておりません。患者を100%救うことが出来ない医者など、患者にとっては無駄に苦しい時間を与える悪魔のような存在です。生きたくても、生きるのが辛い、死にたいという患者に医者がしてあげられることといえば、少しでも長く生きさせることです。体の苦痛をやわらげられたとしても、心まではケアしきれません。ならば、患者の望む死を与えられたら――しかし、それは認められていない。安楽死を望む人間に我々医者は何もしてあげられないのです。ですが、『天使病』は≪対天使専門医師トレイター≫しか治せない特別な病気……別名”安楽死病”。我々医者が治せない病気でありかつ、患者を苦しませることなく願いをかなえてくれる特別な病気なのです」

「私たち、教師は、生徒一人一人を思っています。しかし、確実に見落としがある。マンツーマンでついてあげられることも、一人一人定期的な面談をしてあげられることもできません。何に悩んでいるか、その悩みや、苦しみにすぐに気づいてあげられることが完全にはできないのです。そして、一人思いつめた生徒は、自殺を選ぶ……亡くなった側の家族も、自殺に追い込んだ生徒も、教師も学校も、皆が不幸になるのです。自殺という苦しい死を選ばざるを得なかった。だったら、『天使病』で、苦しまず死にたいという気持ちを尊重し、やわらげ、忘れさせてあげられるのなら……それを望んでも仕方がないでしょう。『天使病』にかかった患者も、周りも、誰も苦しまないのです」

「わかりましたか? 『天使病』は、安楽死を望む人間から、一人思いつめた人間まで、すべての人間を助けてくれる夢のような病気なのです。かかったからといって、何か治療が必要なわけでもなく、苦しむ必要もない……そして、天使という存在に生まれ変わる。天使には法律が存在しないのです。だからこそ、研究者に捕らえられたりもするのですが――天使にも、法律が作られるでしょう。人間とは違う存在に、法など必要ないかもしれませんがね……『天使病』とは。法から外れた安楽死であり、生まれ変わる権利なのです」



 三人の協会の人間は、恍惚とした笑みでそう演説すると、わかりましたか? と言わんばかりに、ツバサとミカヅキに手を差し伸べる。なんてすばらしいのだと、『天使病』こそが、人間を救う病気なのだと言った。

 しかし、それにはいくつもの矛盾があり、ツバサたちから見て左から医者、教師、政治家……と多種多様で、人と関わる職業の人間ばかりだった。だが、その誰もが『天使病』を称賛している。命を預かる、人の心と向き合う職業の人間もだ。



「――さっきから、聞いてれば、『天使病』が、安楽死がどうとか……お前ら、自分の責務放り出して、楽になりたいだけじゃねえか」



 こらえていたものが爆発したように、ツバサはそう叫ぶと、教会の中に声が響く。猫羽はそんなツバサを見て、にんまりと笑っていた。



「医者が、安楽死とか患者を殺すとかいうなよ。確かに、世の中、死んだほうがましだって、死なせてくれっていう患者もいるだろうよ。俺は馬鹿だから、世の中にどんな病気があるか知らない。でも、末期がんとか、一生一部の器官が使えなくなるとか、事故で欠損するとか……ニュースとかで聞く。死にたくなる瞬間に、人生一度は遭遇するだろうよ。だからって、お前は医者だろ。お前は、生かすための職業だろ。安楽死が認められればいいって、分かんねえでもねえけど、それはお前の仕事じゃない。お前は、生かすための力つけて、医者になったんだろうが!」

「ツバサ……」

「あと、教師だって! 自殺を肯定してんじゃねえよ。そうなる前に、見つけてやれよ。それだって、辛いことは言わねえってやつ多いよそりゃ。言えねえだろ、辛いこと。でも、それを見抜いて声をかけるか、何とかしろよ。学校っていう場で、頼れる大人はお前たち教師だけだろうが! 保身……自殺したらニュースになる? 学校の責任? 死に追いやった生徒の未来? 知らねえよ。そういうの指導して、自殺者出さねえようにするのが、お前たちの役割だろうが!」



 はあ……はあ……と息を切らしながら、ツバサは、三人を睨みつけた。彼らの顔から、笑顔がすとんと剥がれ落ち、真顔になる。人間、こんなにも、感情をそぎ落とせるのかと思うくらい、真顔だった。顔のパーツがくっついているだけのマネキンのようだった。

 ツバサの意見も一理あり、三人の意見も一理あるだろう。どちらが正しいとか、それは聞く人によって異なる。正義のぶつかり合いのようにも思えた。ミカヅキも実際、どちらがいいか分からない。『天使病』は人に迷惑をかけない死であり、苦しまずに死ねる、もしくは天使になれる安楽死病だ。だが、死にたいという気持ちがその人間の中に芽生えたわけで、『天使病』にかかる前になんとかできたのではないかと、そうも思ってしまう。

 病気で、学校で、会社で、もっと言えば社会で――生きづらさなんて感じるに決まっているのだ。死にたいとも。その死にたいという心を、死にたいくらい辛いのにという叫びは、世の中ではかき消されて、誰にも聞こえなくて、そして自ら死を選ぶ。そんな世界だ。

 誰かが手を差し伸べられればいい。けれど、そう簡単にいかない、見つけられない、寄り添えない。自分のことで精いっぱいなのだから。

 ツバサが言っていることが正しいわけではない。それは、ツバサの意見であり、ツバサのわがままだ。それでも≪対天使専門医師トレイター≫として、ツバサという一人の人間として、それが間違っていると主張したのだ。


 じゃあ、天使の自分は――?



「そちらの方なら、分かってくださいますよね。我々の考えを」

「……僕、は」



 目が泳ぐ。天使になった自分が、人間の思考で、言葉で語っていいのか。一度、死にたいと願い、天使になった身。けれど今は、『天使病』を治すために戦う≪対天使専門医師トレイター≫の一人。自分の言葉に重みがあるのか、権利があるのか、ミカヅキはすぐ答えを出すことが出来なかった。三人の後ろで、猫羽が笑っている。まるで、お前は天使なんだからこっち側だろ? というように。

 正直、どちらの主張も分からないでもない。正しいのがどちらか、という問題でもない。ただ、双方、考えがあり、人生を選ぶ権利、生き続ける権利を主張している。そもそも、死にたくなるようなことがない世の中にする方が、一番どちらの主張も通っていくのだろうが、それがかなわない世界だからこそ、生きる権利と死ぬ権利の問題が上がってくるのだ。美しいまま死にたいとか、もう十分やり切ったから死んでもいいとか。死生観は人によって違うのだから。

 天使協会も、≪対天使専門医師トレイター≫も、エゴの塊だ。 



「ミカヅキ」

「ツバサ……?」

「……ミカヅキは、どうなんだ……? どっち、なんだよ。俺らが、正しいよな?」



と、ツバサはミカヅキの手を掴んだ。その手が珍しく震えていて、彼の青い瞳が自分に訴えかけてきているようで、ツバサは息をのんだ。ツバサもまた、彼らの話を聞いて、自分のやっていることは、思っていることは間違っているのではないかと不安になっているのだ。


 相棒として、彼になんて言葉をかければいいのだろうか。そして、自分はなんて答えを出せばいいのだろうか。



(分からない、けど……)



「――僕は……」



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