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アンヘルハント~人類に仇なす天使を狩りつくせ!!~  作者: 兎束作哉
第1部 復讐者と記憶なき天使

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Capture5ー5 バレバレな尾行



「――病気」

「ああ、勘違いしないで欲しいけど……『天使病』じゃないから。乳癌……よ。発見が遅れて……もう、過去の事だから」

「過去の事って、悲しかったんだろ」

「そうね」

「そうって……」



 ネガウが初めて口にした、自分のこと。それは、母親が亡くなったという悲しい過去で、しかしネガウは母親の死よりも、他に何か、別に悲しいことがあるような淡々とした口調で息を吐く。ツバサ自信も母親を亡くしているため、親を亡くす気持ちというのはいたいほど分かる。だからといって、同じだな、と親が亡くなったという共通点でまとめることは、さすがのツバサでもしなかった。その悲しみは、その人間にしか分からない、抱えられないものだと思ったから。



「じゃ、じゃあ、ネガウの父親は? 一緒に住んでるんだろ?」

「……住んでないわ。お母さんの葬式にも参列しなかった」

「はあ!? 薄情すぎるだろ」

「薄情ね……忙しい人だから。研究の方が、お母さんよりよっぽど大事だったんじゃない? 今も、そう――私よりも」



と、ネガウはいって、クッキーの箱に爪を立てる。すらりと伸びた指に少し痛んだ爪。爪の上から塗料か何かが塗ってあり、光の反射で輝いて見えるが、爪の先の方が痛んでいた。もしかしたら、噛んでいるのかも知れない。


 さすがに、薄情だ、なんて言い過ぎた、と思ったが、ネガウの悲しみというのが、その自分や、家族に興味がない父親に対してのものだと何となく察し、ツバサは自分の境遇に似た何かをここでも感じていた。けれど、ネガウも強い。それだけ辛いことがあっても死にたいと思わず、『天使病』にかからなかったのだから。そこは、同じといえるのかも知れない。



「こんな話、するつもりなかったけど、何故かしらね……貴方なら、話してみてもいいと思ったのかも知れない」

「俺、だから?」

「……」

「あ、いや、ごめん……ネガウのこと、もっと知りたいなとか、思っちまって。なんか、俺も話してくれて、すっげぇうれしかってっていうか。ネガウがそんなこと言ってくれるなんて、思ってもいなくて」

「だから、するつもりなかったっていったじゃない」



 ネガウは、美しい顔に皺を寄せつつ、クッキーの箱を撫でる。このクッキーも、この景色も、母親との思い出なんだろう。だから、ぽろりと思い出を口走った。ネガウのいうとおり、話すつもりはなかったと。



「私ばっかりだから、貴方も何か話しなさいよ。フェアじゃないわ」

「……いやネガウから話したんだし」

「話せないの?」

「いーいや、話します! 話させてください!」



 ネガウの圧に推され、思わず立ち上がり敬礼までするツバサ。それを見て、アホらしいと思いつつも、ツバサの話を聞いて、少しでも先ほどのことを忘れて貰おうとネガウは考えた。馬鹿だしすぐに忘れるだろうと。

 ツバサはベンチに座り直すと、ネガウの方をちらりと見た。オパールの瞳には、探究心が宿っていて、まるで、心の中まで見透かそうとしてくる。苦手ではないが、その輝きに、ツバサはサッと目をそらしてしまった。そうでなくとも、ネガウの顔は整っていて、タイプだというのに、見つめられたら、顔が熱くて沸騰してしまう。



「……俺の過去、面白くねえよ」

「フリ?」

「フリじゃ無くて! ネガウと似てるって、いいたくねえけど……まあ、俺は、虐待? されてた子供らしくて」

「なんで、はじめから疑問系なのよ」

「そう、聞いたから。煙岡さんと、ちは兄に」

「聞いたって……貴方自身は覚えていないの?」

「断片的に! って感じ? 嫌な記憶って忘れるもんじゃないの?」

「記憶喪失とかならね。でも、嫌な記憶っていうのは、ずっと付きまとって、嫌でも思い出してしまうものよ。思い出になって欲しくないのに、刻まれてふさぎ込んでも漏れ出てくるようなもの」



と、ネガウはいうと、ツバサの方を見た。ツバサは、重い過去だ、というわりには顔色は全く曇っても、暗くもなく、他人の記憶を話すような感じで話を続けた。



「父親が俺と母親に暴力振るってて……母親……母ちゃんが、それに耐えられなくなって『天使病』にかかって。んで、そんな母ちゃんを見捨てて父ちゃんは出てって。母ちゃんが『天使病』で死んだ頃に、父ちゃんが事故で死んだって話し聞いた。七年前」

「七年前……」

「だから、あんま覚えてなくて。てか、物覚えマジで悪ぃから。そっから、煙岡さんとちは兄に……第八支部の皆にって感じで、育てて貰って。恩を返そうと思いながら、あ


と、普通に煙岡さんとか、ちは兄に憧れて、≪対天使専門医師トレイター≫に憧れてなりたい! って努力してきたわけ」


 話し終えるとツバサは、もう一度立ち上がり、腕を上にうーんと伸した。



「そう、だったの……第八支部の人達は家族のような存在なのね」

「そっ。すっげえ、優しくて。俺の居場所」

「いいわね、そんな場所があって」

「ネガウだってそうだろ? ≪対天使専門医師トレイター≫は皆仲間! 第八支部の≪対天使専門医師トレイター≫ってことは、ネガウも家族だろ?」

「……凄い、極論ね。私はそうは思わないわ。貴方のような過去がある訳でもないし」



と、ネガウはいうと瞳を閉じた。思い出されるのは母親との思い出。母親が死ぬその瞬間……ネガウにとって、耐えがたいものであり、確かにその時死にたいと思ってしまったかも知れない。死にたい……というよりは、自分を連れて行ってか。それでも、自分は生きていると。



「少しだけ、興味が出たわ」

「何に?」

「貴方によ。気を遣ってくれたんでしょうけど、確かに似ているわね。親を失っているっていう点に関しては――」

「ああ、バレてた? てか、俺に興味出てきたってそれってつまり、す――」

「勘違いしないで」

「はい」



 ネガウに釘を刺され、項垂れるツバサ。しかし、自分に興味が出てきた、といわれたことは単純に嬉しく、頭を下げつつも、その顔は笑っていた。

 ついこの間までは、興味もなければ、近寄るなといわれていた、意中の少女に興味が出た、といわれて喜ばない男はいないだろう。単純なツバサは、ただそれだけでもにやけてしまうのだ。



「貴方という人間に興味が出てきただけよ。有栖ツバサ」

「俺のこと、ツバサって呼んでもいいんだけどなあーネガウ」

「馴れ馴れしい」

「……だって」

「だって何よ?」

「……いや、別に。また、細かいこと気にしてるーとかいわれそうだから」

「……名前の話? 確かに、貴方の事、皆『有栖』って呼ぶけど」



と、ネガウはツバサがいおうとしていることに気づき、先に口を開いた。ツバサはその通り! と顔を上げると、頭を掻いた。


 仲がいい珠埜でさえも、『有栖』呼びなのだ。確かに、『有栖』はいいやすいのだろうが、家族というのなら、苗字ではなく、名前で……と、ツバサは何度思ったことか。しかし、そんなこといちいちきにしているようじゃ、といわれかねないのでずっと内に秘めていた。

 ネガウは、そんなツバサの様子を観察しながら、はあ、とため息をつく。



「もう少し、親密な関係になってからね」

「それって、恋人になったらってことか!?」

「……」

「まっかせろ。絶対、惚れさせてみせるからな! ネガウ!」

「それを、本人にいうって言うところが、単純馬鹿なのよ」

「また馬鹿って」

「馬鹿でしょ? 馬鹿有栖」



 馬鹿馬鹿、と連呼され、ツバサは「ひでえ」と言いつつ、笑顔を見せた。希望が少し見えたからだ。



「――でも、この間のことは馬鹿だと思ったけど、感謝してるわ。あの時、精神世界で助けてくれたこともそうだけど、貴方が庇ってくれたときのこと」

「あの時……ああ、≪対天使専門医師トレイター≫としての責務は果たしたし、こっちに非はない……あるかもだけど、やるべきことはやった、その結果があれだったって。んだけ。ネガウが叩かれる必要なかったしな」

「けど、貴方が叩かれたじゃない」

「俺はいーの」

「……あの時みたいに、≪対天使専門医師トレイター≫としての顔ずっとしていてくれた方が、まだマシに見えるんだけど」



 あの時のツバサは、ツバサじゃないように見えた。全て理解している。そんな、大人の顔をしていたのだ。けれど、今目の前にいるのは夢見がちな少年。あの時の彼は見間違いだったのだろうかと思えるほどに。



「あとさ、精神世界で助けてくれたっていったじゃんか。あれ、普通じゃね? 仲間なんだし助けるのは当然だろ?」

「そのせいで、貴方が死ぬようなことになったら? 私に、罪悪感押しつけて、記憶に残らせるっていう戦法?」

「戦法? いや、よく分かんねえけど。俺死なないぜ。強いし」

「私の方が強いわよ。貴方は、まだまだ。経験も浅いし、立ち回りも下手くそ」

「ネガウだって、まだそんなに≪対天使専門医師トレイター≫って時間が短いんじゃ」

「長いわよ。確かに、珠埜千颯に比べれば短いかもだけど。それなりに、経験はあるわ。精神世界でのね」

「へいへい。じゃーネガウ先輩」

「ネガウでいいわよ。面倒くさい」



 ネガウは、ツバサの言葉を制すように遮ると、立ち上がると髪を整えた。スカートの裾をひらひらと揺すると、風に揺れる花のようだ。

 ツバサはそんなネガウに見とれつつ、自分も立ち上がる。そして、少し考えてから口を開くと、ネガウは腕を組み「出てきなさい」と一言、ベンチの後ろの植木にむかっていった。



「ほら、バレただろ」

「完璧な尾行やと思ったのに……」

「ミカヅキ……それに、牡丹まで!?」

「ああ、こんにちは。有栖くん……と、ネガウちゃん」

「ええ、ずっとつけてきたってことかよ!?」



 植木の後ろから姿を現したのは、牡丹とミカヅキで、ミカヅキはバレバレだったんだろうな、と呆れたように肩をすくめた。牡丹は、申し訳なさそうに、頭を下げてネガウに謝った。



「ご、ごめん。ネガウちゃん。気になってまって」

「いいわよ。別に怒ってないし」

「で、でも、デートまだ、続けるんじゃないん?」

「この後用事があるから。いいわよ。それに……私のこと、気になってきたんでしょ?」

「気に、気になって……うん。そ、そうやね……」



と、牡丹はしどろもどろに答えた。その様子を見て、ネガウは肩に掛かった亜麻色の髪を払いながら牡丹の方に近付いていく。牡丹の肩はビクンと跳ねて、怒っていないと彼女が言った言葉が本当は嘘で、怒っているのではないかと身体が硬直する。それを察してか、ネガウは、優しく牡丹の肩を叩いた。



「え、えっと……」

「本当に気にしていないから。それに、こんなのはデートといわないわ」

「は、はあ!? 俺は、デートだって思って……」

「牡丹。私の顔色はあまり気にしなくていいわ」

「え、でも、ネガウちゃん、うちといても、あんま楽しそうじゃないって顔してるし」

「……あまり、笑うのが上手くないだけよ。私も、心おきなく話せる女の子の友達、少ないから」



 そうネガウは恥ずかしそうにいうと、牡丹からやや視線を離した。ツバサ側からでは、その顔が見えず、牡丹が目を輝かせていることしか分からなかったため、覗こうとすれば、ミカヅキに止められた。



「な、何すんだよ」

「ああいうのは、女の子の秘密……じゃないけど、女の子が話しているところに、割って入るのどうかと思うけど」

「ミカヅキはどっちの味方なんだよ」



 むすくれた口で、ツバサはミカヅキに反論する。しかし、ミカヅキはそれに付合うことなく、牡丹の方を見ていた。牡丹は、自分だけがネガウのことを追いかけているように感じていた。だが、実際は、どちらも歩み寄ろうとして一歩引いているだけという状態で、互いに互いを知ろうとしていたのだ。



(不器用ってヤツ……かな)



 牡丹側の心情しか知らないが、ミカヅキにはそう思えた。ツバサは何のことだか分からず、そもそも、ここにミカヅキがいることすら不思議でならなかった。尾行、といっていたため、ずっと付きまとわれていたのだろうが、全く気づくことができなかった。ネガウの方は違うようだったが。



「有栖」

「な、なんだ? ネガウ」

「私、これから用があるから。今日のデートもどき、楽しかったわよ」

「お、おう。それなら、よかった……て、もどきって。これは、デートだろ!」

「デートじゃないわ。今度、があるならもっと計画を立てて誘うことね。いきましょ、牡丹」

「ネガウちゃんこれから用事あるって」

「貴方とお買い物したくなってきたの、それじゃ駄目?」

「駄目じゃない!」



と、牡丹はパッと再び顔に花を咲かせた。そして、嬉しさのあまり、ネガウの腕に抱き付き、子犬のようにすり寄った。ネガウはそれに一瞬戸惑いの表情を見せたが、少しだけ口角を上げて、「じゃあ」とツバサに背中を見せて歩いて行く。その様子は、姉妹のようにも見え、仲のいい友達にも見えた。



「ちえっ……もっと話したいこととかあったのに。てか、ミカヅキ気になってついてきてたのか」

「牡丹が……別に、僕は気になってない」

「そういってー一人は寂しかったんだろ~? まあ、時間作って俺らもネガウ達みたいにどっかいこうぜ」

「別に、僕はアンタと一緒に何処か行きたいわけじゃない」

「あっそ? でも、一緒にどっかいったら、記憶戻るかもよ?」

「……とってつけたように」



 少し不満の色が見えたが、ツバサは途中でデートを中断されたことに対して、そこまで怒っている様子はなかった。それほど、あの数時間が彼にとって有意義で、意味のあるものだったんだろう。

 それで満足できるならいい、とミカヅキはもう見えなくなった彼女たちの背中を思い出し、隣で背伸びをするツバサの方を見た。

 ここに住んでいたんだろう、という記憶は曖昧ながら……いや、感じる。天ヶ丘市――確かに、この街を探索することで、自分の生きた証が見つかるかも知れないというのは、あながち的外れなことではない。



「なんか、帰りにファミレスでもよって帰ろうぜ」

「いいけど、お金あるの? てか、僕の髪色……」

「今思ったんだけどさ。その天使の羽さえ見えなきゃ、天使って気づかれなくね? ほら、白色に染めてるやつとかいるしさ」

「た、確かに……」

「んじゃ、ファミレスに! レッツゴー」

「調子いいな……」



 鮮血の髪が潮風に揺られていた。自分に背中を向けて歩くツバサを少し長めながら、ミカヅキは、肩をすくめ、一歩大きく踏み出した。



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