Capture5ー4 花と月、相棒見守り隊!
「い、いきなり電話して、迷惑やなかったかな」
「別に。暇してたし……てか、天使になってやることも何もないから」
「うちも、今学校休みやしな。あと、二週間ほどで新学期始まるんやけど」
連絡を受け、ミカヅキは牡丹と合流した。牡丹は、明るい色のワンピースを着こなしており、トレードマークの牡丹のカチューシャは今日も相変わらずつけている。≪対天使専門医師≫の制服である黒衣ばかり見ていたが、ワンピースを着ていると年相応、それよりも若いくらいに見える牡丹の顔は、童顔といえるのだろう。
何を話せばいいのかわからず、ミカヅキはただ黙って牡丹の隣を歩く。すると、牡丹が突然立ち止まったのでミカヅキも足を止める。
そういえば、牡丹も学生だったことを思い出し、ミカヅキは、自分も学生だったんだろうなということを思い出そうとしていた。しかし、やはりといっていいのか、断片的なことすら思い出せず、本当に記憶を全て消去してしまったように、天使になってからの記憶しか無かった。それか、若しくはここ数週間の≪対天使専門医師≫ミカヅキとしての記憶しか。
「ミカヅキくんも、あんま喋らんね」
「……何を話せば良いか分からない」
「き、気、使わんくてええよ! 仲間……友達やし」
「友達」
「違った?」
と、牡丹は少し不安げに振返る。彼女の瞳が揺れており、自分の発言に自信が持てていないことをミカヅキは察した。
友達、といわれたのが、しっくりこないような、意外なような。そんななんともいえない感情になりながらも、友達といってくれた牡丹には、それなりに心を許していたため、コクリと小さく頷いた。
「いや……友達」
「やった……って、ごめん。うちが、押しつけてたらごめん……やけど」
「いい。そう、いってくれたのが、珍しくて、こっちも驚いただけ。同じ≪対天使専門医師≫だし、仲間ではある……と思うから」
天使でも――と、自分でいうのも辛かったため、ミカヅキは口を噤んだ。天使の自分をどこまで許容してくれるのか、まだ不安だったからだ。
しかし、ミカヅキの心配などなくていいように、牡丹はパッと顔に花を咲かせ「友達やね。うん、友達やうちら」と納得したように笑った。その笑顔に救われながらも、今日、呼び出された理由についてミカヅキは尋ねてみる。大方先ほど連絡を貰ったとおりなのだが、牡丹も心配性だな、と彼女の方を見る。
「で、あいつらがどこにいるか知ってるわけ?」
「わ、分からんけど、ネガウちゃんが、好きなところ……しっとるから、そこを手当たり次第まわってみる感じ」
「ふーん」
「よ、呼び出しておいて、ごめんやね」
「……牡丹も、気にしなくていい。僕は、別になんとも思ってないから」
「ミカヅキくんは、優しいんやね」
牡丹は安心したように笑うと、スマホでネガウが行きそうな場所をピックアップし始めた。
「なんか、ミカヅキくんと話してると、ちょっと喋るようになったネガウちゃんって感じで、なんか面白い」
「あいつといっしょにするなよ」
「ミカヅキくんは、ネガウちゃんのこと嫌い?」
「嫌い……というか、同族嫌悪」
それって、嫌いってことやない? と牡丹にいわれ、確かにそうかも知れない、と反論できなくなった。しかし、視界に入れたくないほど嫌いというレベルではなく、本当に同族嫌悪、似たもの同士だから合わないという認識だった。牡丹は、「仲良くしてくれると嬉しいんやけどな」と、親のような目線で言葉を零す。
「アンタと、白兎は仲良いの?」
「うちと、ネガウちゃん?」
「相棒なんだろ? ≪救護隊員≫と≪誘導隊員≫……二人で一つの≪対天使専門医師≫」
「そ、そうなんやけど……仲、ええんかな」
と、牡丹はまた不安げに、疑問系で答えた。
「うち、ネガウちゃんと相棒になってまだ日が浅くて。同じ女の子同士なんやけど、ほら、タイプ違うやんか。それに、ネガウちゃん……強い≪救護隊員≫って聞いてたから、うちなんかが、ネガウちゃんの相棒つとまるんかなって。今でもそう思ってて」
「……てか、≪対天使専門医師≫ってどうなるの、普通は。僕と……あいつ、は、正規ルートじゃないっぽいから。あれを宛てにはできないけど」
「なんか、適性検査っていうのがあるんよ。中学校ぐらいやったかな……義務教育の間に、≪対天使専門医師≫の素質があるかどうかのテスト? みたいなのを受けるんよ。まあ、殆どはひっからなくて。いっちゃえば、宝くじに当選したくらいの確率らしくて……それでやね、うちは、それに当たった? ひっかかったんよ」
「ふーん、そんなのがあるんだ」
「ミカヅキくんも、記憶思い出したらきっとやったなあ、ってなると思うで」
牡丹はクスリと笑うと、位置が確認できたようで、ポケットの中にスマホを入れた。
ミカヅキは、≪対天使専門医師≫はやはり素質がなければなれないのか、と天使として新たな知識を入れつつ、では、その≪対天使専門医師≫《トレイター》になる素質というのは、ただの運なのか、それとも法則性があるのか気になった。天使は誰しもが精神世界には入れるが、人間は違う。選ばれた人間しか、精神世界には入れない。また、精神世界と現実世界を繋げないのだ。
相棒であるツバサはその素質があった。しかし、相棒がいなくて≪対天使専門医師≫にはなれなかったと。
十三年経った今でも解明されないことは多いらしく、『天使病』を治す為の薬がないのもその一つだろう。
「でも、まあ≪対天使専門医師≫の素質があるって事は、誰にもいえんくて。学校の先生にもいったら、注目の的になるからって……やんわりと。そもそも≪対天使専門医師≫の仕事っていうのはあんまり知られてへんしな」
「≪対天使専門医師≫が二百組しかいないって、本当に相当な確率ってのは、まあ分かる。だから、重宝されるっていうのも」
「日本に、二百組しかいないってだけで、外国にはもっといるんよ? 日本支部が十三支部で、本部はイギリスやし」
「そう」
「でも、『天使病』の患者が多いのは日本やね。日本ダントツ!」
と、牡丹は人差し指を立てる。それは、あまりいいことではないだろうと、ミカヅキは息を吐く。
『天使病』患者が多いということは、自殺志願者が多いということの裏返しだ。そんなのは、誉められたものではない。
牡丹も、いややね、と付け加える。
とくに、この街――天ヶ丘市は、『天使病』の患者が多いらしい。
「それから、色々あって、ネガウちゃんと出会ったんやけど。うち、あんまり自分から話しかけられるタイプやなくて。ネガウちゃんも、そういうタイプやないから、打ち解けるまでに時間かかって。今でも、ネガウちゃんのことよく知らないし……もっと知りたいって思ってるんやけどな」
「そう? 牡丹は、社交的だとおもったんだけど……ほら、初対面で、話しかけてくれたのはそっちじゃん」
「ああ、あれは、同い年の≪対天使専門医師≫にあったのが、ネガウちゃん除いて、初めてやったから。仲良くしよーって頑張ってやね」
牡丹が内向的なタイプだったら、誰が社交的なんだ、とミカヅキは想像し、真っ先にツバサや珠埜が頭に浮かんだ。珠埜の相棒である伊鶴は確実に違うだろうし、ネガウもそういうタイプではない。もしかしたら、内向的なタイプの方が素質があるのではないかとすら思えてきた。実際どうなのかは分からないが。
しかし、牡丹が自分を変えようと努力している姿を見て、ミカヅキは、自分がいかに人に歩み寄ろうとしていないか、その差を自覚し、変わった方がいいのかとも思った。牡丹がいうように、≪対天使専門医師≫で仲間なのだから。
(けど、あの白兎はいけ好かない……多分、相容れない)
同族嫌悪、似たもの同士。ツバサは、真逆であったが、絆された、という形でなんとなしにやっていけているが、ネガウに関しては違うだろうと思う。
「だから、こうして話せるのすっごく嬉しいんやで」
「……そう、僕も、牡丹が話しかけてくれたの、嬉しい、かも知れない」
「かも知れないって……素直やないなあ。そこは、有栖くんみならってみたらええんやない?」
「うっ……いきなり毒舌。有栖なんて、あんなの手本にもならない。馬鹿だし」
「でも、ミカヅキくんの相棒やろ? ネガウちゃんとのデートも取り付けて。行動力あるなあ、あの子」
牡丹は感心したようにそう言うと、フフっ、と嬉しそうに笑った。
ツバサの行動力は、確かなものでヒーローになりたい、≪対天使専門医師≫になりたいという明確な目的を持ってそのために突っ走っていた。これも自分に無いものであり、羨ましくも真似できないものだとミカヅキは思っている。ツバサにはなくて、自分にある部分もあるので、凹凸を組み合わせて、補っていっているのでは無いかとも感じていた。
「だからこそ、応援したいんや! 有栖くん、めっちゃいい子っぽいし、ネガウちゃんのこと幸せにしてあげられると思うし!」
「あんな馬鹿でいいのか……」
「ほら、結婚するなら、互いの弱点補える方がええっていうやん」
「いうのか……な」
「ともかく! うちとしては、有栖くんのことも応援しとるし、ネガウちゃんの幸せもねがっとる!」
「他人のためにそこまで頑張れるアンタは凄いよ」
腹の中見えない他人のために頑張れる人間は、優しい人間だ。自分はそうではない。博愛主義者でもなければ、自己犠牲をよしとするタイプでもない。しかし、牡丹とツバサは違う。牡丹のその他人を思いやる気持ちに感銘を受けつつ、ミカヅキは、空を見上げた。高い位置にある空は真っ青で、ツバサの透き通るあの瞳を思い出していた。
(少しは……自分のことも大切にして欲しいところだけど)
「アンタが、相棒思いなのも、他人のために頑張れる人間ってのも分かった。白兎のことも、よく知らないようだし」
「え、なんて? ああ、ネガウちゃんのこと……知らないから、知りたいっては思ってるんやけどな。そこも頑張るで!」
「……まあ、ほどほどに」
≪対天使専門医師≫ではなく、ただ一人の少女はそう頑張る! と意気込んで、少し大股で歩き出した。すると、暫くしてその足を止めて「ミカヅキくん、隠れて!」と指示を出す。潮風が頬にあたり、少し寒さを感じつつ、ちょと先を見れば、見慣れた鮮血の髪と、亜麻色の美しい少女を見つけた。
「しーやで!」
「盗み聞き……」
「ええんやって。これも、相棒を知るための……調査や! それと、有栖くんの恋が成就するように……見守り隊や!」
と、牡丹は意気揚々というと、グッと親指を立てた。




