Capture4ー2 好きなタイプ
「――要するに、ネガウに電話かけたとき現地で集合っていわれたってことか? なんか、珍しいタイプだよな。人とは違うっていうか? そこが、格好いい! ネガウのことますます知りたくなってきた」
「ただたんに、団体行動ができないって事でしょ」
忘れた免許証を、ツバサにわたし、ツバサの相変わらずなネガウ一途思考にミカヅキはツッコミを入れつつ、団体行動ができないネガウについて牡丹から話を聞いていた。
今日の『天使病』の患者は、大学生のようで自宅療養をしているらしい。発見したのは母親であり、いつから『天使病』にかかったのか正確な日数は分からないのだそう。末期患者じゃなければいいと願うばかりだが、発見したときには……ということは、その母親と大学生は頻繁に連絡を取り合うような仲ではなかったのかも知れない。そうなると、末期患者という可能性もなきにしもあらずで。
「ネガウちゃんはね……ちょっと、人と関わるのが苦手っていうか、一人が好きみたいなんよ」
「じゃあ、なんでアンタが相棒に?」
「ううん、相棒って志願制……とかやなくてね、シンクロ率の高さやから。うちも、ネガウちゃんみたいな美人さんと相棒なんてびっくりやったし、今でも、自分が力不足なんじゃって思ってるから」
「そういや、牡丹は≪対天使専門医師≫になったのはいつなんだ?」
牡丹は、自分が非力だと嘆きつつも、ツバサの質問に対し笑顔で対応する。
「中学三年生の終わりからやね。今は、高校一年生。今年の春で二年生になるんよ。ていっても、うちの相棒……ネガウちゃんと相棒になったのは、高校に上がってからやけど」
「たしかまだ日が浅いっていってたな」
「そう! あとね、あとね。うち、第六支部所属やったんやけど、ネガウちゃんと相棒になって異動になったんよね。ネガウちゃん強いから、第八支部に是非欲しいって」
支部異動は、どんなふうに決められるのかツバサもミカヅキも分からなかった。しかし、ネガウが強い、というのは共通認識であり、牡丹がネガウの相棒になる前にも、ネガウは誰かと相棒だったのか、と気になってしまった。牡丹に聞くと、それはよく分からないけど、もしかしたら≪誘導隊員≫の相棒を失って、治療できない状態だったのかも知れない、と話した。
「そうや、有栖くんは、ネガウちゃんのこと好きっていってたんよね」
「ああ! そう! ネガウのタイプとか牡丹、何かしらね?」
「あんま、ネガウちゃんとしゃべれんからなあ……あと、そういう話しいひんかも」
「そっか……ネガウどうしたら、振向いてくれっかな」
「で、で、で、有栖くんはネガウちゃんのどこが好きなん?」
と、いかにも女子高校生が好きそうな恋愛はなしを牡丹はツバサに振った。
ツバサは、全く隠す様子もなく、自らの内を打ち明けていく。ミカヅキはそれにあきれつつ、黙って続きを聞いた。
「えー……美人だし、強いし……」
「うんうん」
「俺、ああいうタイプの女性に会ったことなくて。てか、一目惚れ! 俺に興味がないのも、なんか、こう……最初は悲しいなって思ったけどさ、もしネガウが興味を持ってくれたらって考えたら、ヤバいなって。いや、マジで綺麗だよな、ネガウ!」
牡丹はつたないながらも熱い恋愛模様があることに嬉しそうに笑っていた。
恋愛のレベルが小学生以下だ、とミカヅキは思いつつも、確かにネガウの容姿はとても美しかったことを思い返す。腰まで伸びた亜麻色の髪は、光の当たり方によっては黄金にも見え、オパールの瞳は宝石のように美しい。しかし、その人実は鋭く、何にも関心を持っていないようにも思えた。ミカヅキからすれば、あの瞳で睨まれたら、二度と恋愛感情や、初対面で好感を持てないだろうに、ツバサだけは違うようで、その冷たさがいいとさえいうのだ。ミカヅキはネガウの瞳に見つめられると、自分の考えや本質が見透かされそうで苦手だが、それでもその美しさを認めざる終えない。
「ネガウちゃん、めっちゃ美人やもんね。うちも、あんな顔で生れてきたらモテたんかな」
「牡丹も、可愛いと思うぜ」
「お世辞ありがとやね」
と、二人は意気投合したように笑い合っていた。ここにはいない、ネガウを中心とした会話なのにこれほど弾むのかとミカヅキは、少しの疎外感と、居心地の悪さを感じつつ、二人を見ていた。
「ミカヅキのタイプはどんなんよ」
「は? 僕?」
「あっ、それ、うちも聞きたい」
「ぼ、牡丹まで……」
いきなり立ち止まった二人に、期待の目を向けられ、ミカヅキは困惑に眉をひそめた。
そもそも、天使になる前後の記憶も薄く、自分がどういう人間で、どんなものが好きだったのかも思い出せない。その状況で、どんな人がタイプか、と聞かれ答えに迷った。
「やっぱ、あれか? 大人のお姉さん……」
「違う。この間も、いった。違う」
「でも、ネガウちゃんみたなタイプは苦手っていってたんな」
「苦手……確かに、同族嫌悪みたいな」
「ミカヅキくん、確かにネガウちゃんに似てるかも!」
「そー言われれば、そーかもな。でも、断然可愛さはネガウだな! ミカヅキは、なんか、懐かない動物みたいな?」
「猫みたいな感じかなぁ? にゃーんって」
牡丹はそういうと、猫や兎の真似をした。それを見て、爆笑するツバサは「確かに」と口に出しつつミカヅキを見た。
「あれだな、あれ! ミカヅキって、兎っぽくね?」
「兎……? 猫とか、犬とかじゃないの……普通、例えるとしたらさぁ」
「えーなんか、兎っぽいなと思って。ほら、真っ白だし」
「天使特有の髪の毛で判断すんな! 白って!」
ミカヅキはぐいっとフードを深く被り、自身の髪の毛を隠した。兎みたいだ、といわれて、全く自分にそれが当てはまらないような気がした。ネガウに関しては、名前から連想したのではないかとすら思う。
「――で、どんなんがタイプよ?」
「まだ、その話…………だから、天使になってから記憶殆ど忘れてるから、分からない。でも、強いていうなら――」
そこでミカヅキは息を継ぐ。ツバサと牡丹の期待の目が彼に集中する。
「――僕のこと嫌いにならないでいてくれる人」
ミカヅキはそういうと、二人を見た。ツバサも牡丹も少し驚いたような顔をしつつ、目をあわせていた。しかし、その後直ぐに二人は笑みをこぼす。
「それ、タイプやなくて、理想の恋人やん。ミカヅキくんやるやん」
「あーなんか、そうっぽい。ミカヅキ、あれだもんな、寂しがり屋だもんな!」
「誰が、寂しがり屋だ。もう、いい、忘れろ!」
その言葉にミカヅキは嫌そうな顔をしたが、それを見ると更に二人は笑ったのだった。
赤信号で待っていた、前方の交差点の信号が青に変わり、ツバサが真っ先に、横断歩道の白線へ飛び出す。
「ミカヅキ! ふて腐れてないで、早くいくぞ」
「……煩い」
ツバサと牡丹が先を行く。からかってきた、二人だったが、先ほどよりは居心地が悪くない気がしたのだ。吹き付ける風に、フードが取れないよう抑えながらミカヅキは一歩踏み出す。
(……さっきの、あれ。好きな人のタイプ…………あながち、記憶を失う前から変わんないんだろうな)
ミカヅキは、そうちょっと前に自分がいった発言を思い出していた。自分を嫌わないでいてくれる人。そんな人……というか、人間誰しも、そういう人間と一緒にいたいものではないだろうかと。これは、タイプや、理想の恋人という枠ではなく、もっとただ純粋に、人間として好きな相手、というふうに捉えられるのではないかと。
「…………というか僕……記憶を失う前の僕は、好きな人、いたのか?」
思い出せずにいる記憶。それは、箱に凝縮されて、大海原に投げ出され帰ってこないかも知れない。ミカヅキは、二人の後を追って、少し早足に、点滅しかけた横断歩道を渡りきった。