Capture3ー4 模擬戦闘
「今から行うのは、疑似精神世界にての模擬治療……といっているけれど、まあ戦闘訓練ね。この機械に入って、疑似精神世界に入り込んで貰うわ。精神世界の入り方は同じ。≪救護隊員≫と≪誘導隊員≫が手を繋ぐことによって完了するわ。今回は、シンクロ率も見るから、電子パットを当てさせてもらうわね」
「訓練機械ってことっすか」
「そうね、有栖くん」
「じゃあ、また練習したいって時は、許可とって使っても?」
「はあ……訓練機械は他の場所にあるから。これは研究用のため。強くなりたいのは分かるけど、大事なのは、相棒とのシンクロ率よ」
帽子は、向上心はありつつも、治療……天使を倒すことしか考えていないツバサに呆れつつも、目の前にある、卵形の特殊な機械に入るよう促した。ネガウはいち早くそこに寝転び、それに続くように、隣に置いてあった椅子に牡丹は座る。
卵形の機械は、ふかふかなベッド状で、仰向けになったネガウは興味なさそうに、ツバサとミカヅキを視界に入れることなく目を瞑った。
ツバサもそれに続こうとしたが、ミカヅキがついてこないことに驚き振り向いた。
ミカヅキは機械の少し手前で立ち止まり、じっとそれを眺めている。物珍しさ足を止めているらしく、何にも無関心そうなミカヅキが、関心を持ったことに、ツバサは一種の感動を覚え、ミカヅキの背中に近づき声を掛けた。
「あーいぼうっ」
「うわあっ!」
「うわあっ! って、ひっでぇ。俺たちも、早くいこうぜ。また、ネガウに怒られるだろ?」
「怒らせておけ、あんなやつ」
そうはいいつつも、帽子に急かされ、ツバサとミカヅキは卵形の機械に寝転がった。確かにふわふわとしていて、目を閉じれば眠ってしまいそうなくらい心地よかった。それから、帽子や、入ってきた白衣を着た研究員達に、電子パットを首と手、額に取り付けられる。そうして、人の気配が消えると、帽子に「準備ができた人間から≪接続≫しなさい」との指示が入る。
隣に横たわっているツバサが手を差し伸べ、ミカヅキはその手を掴んだ。これが三度目の≪接続≫だ。
「何笑ってんの」
「いや、なんかもう慣れたなあって」
「あっそ……」
「まあ、相棒。頑張ろうぜ」
そんなミカヅキの眩しい笑みを正面で受けつつ、ミカヅキは、すぅっと息を吸った。
「≪接続≫――!!」
ツバサとミカヅキの声がハモり、瞬間意識が遠ざかり始め、眠りにつく前のように深い世界へと誘われた。
「――……っと、ここが、疑似精神世界? なんだな。なんか、あれみたい、あー」
「分かんないのに、口にするな。ややこしい」
「いや、疑似精神世界っていうぐらいだからさ、また、あの荒野とか? 黄金草原とか? みたいな所だと思ってたんだけどさ」
目が覚めると、そこには、一メートル単位に線が引かれている、白い空間が広がっていた。
ミカヅキは手を口に当て考えこみながら周囲を見渡す。部屋は広く、身を隠せるような障壁も何もない。殺風景。白い床に壁に天井。本当にただ線が引かれているだけのように見える。
「で、テスト内容なんだったっけ?」
「忘れたのか? シンクロ率……いや、戦闘……」
「ミカヅキも分かってねーじゃーん。まあ、指示が――」
「戦闘であってるわよ」
と、鈴のような凛とした声が響き、ツバサとミカヅキは同じタイミングで声のした方を見た。そこにいたのは、あの亜麻色の髪の少女ネガウで、黒衣に身を包み、手にはクリスタルのようなレイピアが握られていた。
「ネガウ!」
「気安く話しかけないで。それと、早く準備をしなさい。これは、≪救護隊員≫としての力を見極めるテストでもあるのよ」
ネガウは陶器のような肌に、皺を寄せつつ、そっけなく振舞いながらも、戦闘準備を促す。
理解した、とミカヅキはツバサに手を差し伸べたが、ツバサはそれをとろうとしなかった。
「弱者は、二度と≪対天使専門医師≫を名乗れなくなるわ」
「戦闘? ネガウとか」
「私以外、誰がいるのよ。準備万端?」
「いやあ、女の子相手に、な! ミカヅキ、戦えるわけないよな」
「僕に話をふるな」
ミカヅキは、女の子が相手だからと、戦う気がないというツバサをどうにかしようと試みたが、この単純馬鹿で、でも一度いったことは曲げない性格を知っていたから、説得は無理だと早々に諦めた。
しかし、それをネガウが了承するわけもなく、冷たく冷気を放つように、二人を睨み付けた。
「――それって、私が弱いってこと……?」
「そういうことじゃなくって、ほらさ、精神世界で受けたダメージって、現実世界でも、目眩とか、吐き気とかに還元されるわけじゃん。だから、ネガウにそうなって欲しくないなあって」
「……貴方、≪対天使専門医師≫舐めてるの?」
「舐めてるっつうか。俺たち強いし、ネガウに怪我でも負わせたら」
と、ツバサは、紳士的に振る舞おうとしたが、それが返って彼女の神経を逆撫でしたようだった。
ネガウの殺気をいち早く感じ取ったのは、ミカヅキで、まずい、とツバサの手を自ら掴む。ツバサは、一体どうした? と状況が理解できていない様子だったが、一瞬にして距離をつめたネガウのレイピアの剣先がすぐ目の前まで迫っていた。
「≪合体≫――ッ!」
ミカヅキの機転を利かせた≪合体≫により、ネガウの攻撃を、何とか防ぐことができたが、剣の形になったミカヅキには、感じなかったはずの痛みが駆け巡り、顔を歪める。
『……ってえ』
「み、ミカヅキ!?」
『いいから、戦え。あっちは、本気だぞ。アンタ、殺されても何も文句言えない』
「つっても……!」
「――よそ見かしら。私も、舐められたものね」
ネガウは、攻撃を防がれ一瞬動きを止めてしまったものの、すぐにまた剣を構え直した。今の一瞬で何が起きたのか分からなかったツバサは目を点にして驚いていた。
しかし、ネガウはそんなツバサに容赦無く突きを喰らわせ、防ぎきれないその攻撃に、腕や、脇腹、足と切り裂かれていく。一瞬にして、精神世界の≪対天使専門医師≫の黒衣は真っ赤になる。
「あああっ!」
ツバサの叫びが響き渡り、床に足をつく。
「いてえ……めっちゃ、いてえ……」
『有栖、立て。次の攻撃くるぞ!』
「……見えねえんだよ。攻撃が!」
シュン、シュン――と、とんできたレイピアによる攻撃を、転がってどうにか避けるが、そのレイピアの猛攻はやまない。
ミカヅキはそれをツバサに指示するが、彼は切られたダメージが酷いようで、意識を保つので精一杯のようだった。
シンクロ率――それは多分、≪救護隊員≫と≪誘導隊員≫の意識だ、とミカヅキは察する。どちらかの精神が乱れれば、シンクロ率は下がり、そして、≪救護隊員≫に関しては、攻撃によってダメージを喰らいやすくなる。また、攻撃が弾かれることも。この間の治療にて、ツバサと珠埜の差は明らかだったし、勿論、それは場数と才能の差ではあったが、珠埜は相棒である伊鶴とのコンビネーション、シンクロ率が高かったのだろう。だから、彼の攻撃は弾かれず、ツバサの攻撃は弾かれたと。
ミカヅキは、剣越しに彼女を見るが、ネガウの表情からは何の感情も読み取れない。ただただ冷たく見据えているだけで表情から察することはできなかった。分かるのはただ、彼女が相当な手練れであり、治療――戦闘に置いて、非常にセンスの優れた強者だということ。
『くそ……あの馬鹿のせいで』
ミカヅキは、ぎりっと歯噛みして悔しそうに言葉を吐き出したが、その後すぐに状況の悪さに舌打ちをする。
攻撃されればされるほど精神世界のダメージは大きくなっていく。試験とはいえ、攻撃を喰らい続ければ、現実世界にも大きく影響が出る。それに、ツバサは、ミカヅキで攻撃を防いでいるが、こっちの世界ではミカヅキにも痛覚が存在するようで、ネガウのレイピアの先が当たるたび、突き刺されるような痛みが駆け巡っていた。このままでは、共倒れになる。
しかし、今のツバサでは、絶対にネガウに勝てない。
「口ほどにもないわね。貴方、≪救護隊員≫の珠埜千颯を目指しているんじゃなかったかしら?」
「……何で、それを?」
「彼は強いわ。でも、貴方は弱い。口だけの人間に、憧れの存在の背中を追う資格はないわ」
そう言うと、ネガウは、レイピアを床に突き刺した。レイピアが突き刺さった床から、パキパキと音を立てて、氷が形成され、今度はその氷の柱がツバサとミカヅキを襲う。ツバサは、ミカヅキを横に強く振り、氷を砕いて見せたが、すぐさま砕かれたそれは復活し、氷の塊は二人を追尾。その間にも、床から生えてくる氷の柱による攻撃はやまなかった。
「何だあれ……!?」
『あれが、帽子さんのいっていた≪心強≫じゃない? イメージで、心の持ちようで、どれだけでも≪救護隊員≫は強くなれる。でもあれは――』
――違和感。しかし、それがなんなのかミカヅキには分からなかった。
「シンクロ率下がってる感じ……? 悪ぃ、でもやっぱり、女の子相手って気が引けるわ」
『まだ、そんなこと言ってるのか』
「……てのは、冗談で。そろそろ本気出さねえと、ちは兄とか、煙岡さんにまで俺のかっこわりぃ話届いちゃいそうだし。いっちょやるか」
体の節々が痛むが今はそんなこと気にしている場合ではないと、ツバサは立ち上がる。やらなければやられる。それは理解し、そして、ネガウの攻撃が≪心強≫によって生み出された、付属品、魔法のようなものだとも感銘を受けていた。あんな使い方もできるのかと。またきっと、この間の珠埜が、本気ではなかったことを思いだした。まだ、きっと何か隠していると。それが何なのかは、また一緒に戦って実際に見なければ分からない。
『勝てる保証……あるの?』
「ある!」
『いうね……』
目指すべきは、珠埜や、煙岡。それでも、目の前に、同期に自分より強い、それも女の子がいると、ツバサはようやく、自分の非力を痛感する。自分の無知を。井の中の蛙だと。
ツバサは、ミカヅキを横向きに構えると、腰を落とし、それを見据えた。
「やっぱさ……戦闘で大切なのは覚悟だと思う」
『その割にはシンクロ率下がってるんだけど』
「悪かったな! ……でも、決めた。やってやるって!」
『……はあ、いいよ。馬鹿。手伝ってやる』
ツバサはそう言うと集中し始め、握る手を強めた。そして、ミカヅキと心を一つにする。それはまるで、剣そのものと一体になったような感覚だった。
「いくぜ! ネガウ! 恨みっこなしだぜ!」
ツバサは白い床を駆け、一直線にネガウの元へと向かう。どうせ、単調な攻撃だ、とネガウは、レイピアを構えつつも、余裕でそれをいなそうとした。しかし、ツバサは止らない。馬鹿正直に突っ込んでくるのだ。ネガウは、呆れた、とレイピアを一振りし、氷柱のような鋭利な刃がツバサめがけて飛んでいく。ツバサは、それを華麗に避けつつ、致命傷になりかねないものは、そのまま受け流し、ネガウに距離をつめていく。握られたミカヅキの剣にさえ、気をつけていれば問題ないと、ネガウはツバサの行動を目で追っていたが、次に飛び出した、ツバサの行動は予想外だった。
「剣、を……投げた? ――ッ!」
ネガウの目の前までくると、ツバサは剣を投げ捨て、捨て身でネガウに飛びかかった。拳を握っていることから、そのまま殴られるのだと思い、その前に、とネガウはレイピアでツバサを刺す。ツバサは、それを目で追いつつも、手のひらで受け止めた。正確には、ツバサの手の甲をレイピアが貫通した。
「な、何……馬鹿、なの?」
「いーや、正解。これも、俺の戦術の一つ――動揺してくれただろ? ネガウ」
「……っ! しまったっ」
まさかそんな方法で、止められると思っていなかったのか、ネガウは驚きの表情を見せつつ後ろに飛びのこうとした。しかし、レイピアを掴んだツバサによって、その場から動くことができなかった。引き抜こうとしても、抜けず、本当に肉に食い込んだようで、ネガウは焦りの表情を見せた。
「≪心強≫によって作られた武器は、形にしてる最中、手放したらその場に残るって聞いたことあってさ。俺から引き抜かなきゃ、攻撃の手段がないんだろ? だったら武器を奪って、その隙に――ミカヅキ!」
『僕に、命令するな』
ネガウが、突拍子もない攻撃に出てきたツバサに動揺を隠せずにいれば、投げ捨てられたはずの剣の形のミカヅキが現われ、背後をとる。
ネガウや、珠埜は、普通の≪救護隊員≫だ。しかし、ツバサとミカヅキは例外……彼らが扱う≪心強≫と違い、剣自体が意思を持ち変形し、動くことができる。
「これで、勝負あったな。ネガウ」
「……」
「俺たちの勝ち」
ニッと笑ったツバサを、ネガウは忌々しそうに睨み付け、その瞬間ビ――――ッ! と試合終了を伝えるホイッスルのようなものが、疑似精神世界に鳴り響いた。