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アンヘルハント~人類に仇なす天使を狩りつくせ!!~  作者: 兎束作哉
第1部 復讐者と記憶なき天使
14/41

Capture3ー3 同期たち



「――アンタ、ションベンだっていっただろ!? 遅すぎ!」

「悪ぃ、悪ぃって。腹痛くなっちまって」

「……チッ」

「なーんで、舌打ちするんだよ。あれか、優等生か!? 時間通りに席に着いてなきゃ落ち着かないタイプか!?」

「もう、つべこべ言わず、部屋入るぞ」



 B会議室は、自動ドアのため、勢い余った二人は、ドアに激突し、二人の顔面は強くドアにぶつかってしまった。そのおかげで、鼻が少し赤くなってしまい、ミカヅキに関しては痛みはないものの、痒さと気恥ずかしさが込み上げていた。



「だ、大丈夫?」



と、目の前に差し出された小さな手に、ミカヅキは目を丸くする。見上げるとそこには、紫紅色のボブヘアの少女が心配そうに、群青色の瞳でミカヅキとツバサを見つめていた。落ち着いた黄色のカチューシャには、赤い牡丹の飾りがついていた。服装は、≪対天使専門医師トレイター≫の正装、黒い軍服のような制服に、黒衣を纏っていた。



「大丈夫、ありがとう」

「……どういたしまして」



 ミカヅキが少女の手を取ると、、少女もにこりと笑った。身長は低く、童顔な顔立ちの少女だが、その制服が示しているとおり、彼女は≪対天使専門医師トレイター≫なのだろう。

 少女は鼻を抑えながら悶絶しているツバサにも声をかけつつ、B会議室の扉を開き中へ誘導する。



「うち、牡丹ぼたんいろはっていうんよ。第六支部から異動してきた、≪対天使専門医師トレイター≫・≪誘導隊員セージ≫。よろしく」



と、両手を差し出し、ツバサとミカヅキに握手を求めて来た。先ほど手を貸して貰ったばかりなのに、とミカヅキが遠慮気味にツバサを見遣ると、彼は牡丹いろはの小さい手をぎゅっと握って上下に振った。



「よろしくな! 俺、有栖ツバサ! んで、こっちは俺の相棒のミカヅキ」

「有栖くんと、ミカヅキくん。話にきいとるよ。ミカヅキくんは、天使やったね」

「……あ…………ああ」

「ああ、そんな。差別意識とかやなくて。珍しいなと思っただけで。そんな、こわいーとかおもってないかんね」



 牡丹と名乗った彼女は、どうやらミカヅキが天使という情報を事前に知らされていたようで、何のためらいもなく彼に話しかけていた。ミカヅキとしては、”天使”と呼び慣れていない、わけではないが、元が人間である故か、しっくりこないため、そう言われると壁を感じてしまうのだ。

 牡丹は、申し訳ない、と頭を下げつつ「きょ、今日から、よろしく」と、自らミカヅキの手を握った。彼女がはにかむように笑うので、ミカヅキは、その笑みが偽物だと思わず、彼女の手を握った。



「ども……」

「あーこいつ、ちょーっと面倒くさい性格だけど、いいヤツだから。な!」

「おい、有栖。僕のこと――」

「煩いわね。早く席に着きなさい」



 ドア付近で、三人で固まっていると、部屋の中央から、凛と鈴が鳴るような声が響き、ツバサとミカヅキはその声の主の方を見る。牡丹は「ごめん、ネガウちゃん」と、パタパタとネガウと呼んだ少女の元へ走って行く。

 会議室のモニターの前に座っていた、そのネガウ、という少女は、美しい亜麻色の髪が腰まで伸び、白いリボンを三つ編みに絡ませていた。スッと上に伸びた長いまつげのしたに覗く瞳は、オパールを彷彿とさせ、照明の光を浴び、七色の光を放っているようだった。顔立ちは大人っぽく、だが、幼さが残っているような、一言で言えば絶世の美人が、そこに座っていた。

 牡丹から「ネガウちゃん」と呼ばれているということは、牡丹の相棒であり≪対天使専門医師トレイター≫・≪救護隊員セイヴァー≫で間違いないだろう。そして、彼女が第六支部からの異動者で、珠埜のいっていた同期だと、ミカヅキは瞬時に察した。



白兎願羽はくとねがうちゃん。うちの相棒やんね」

「……自己紹介はいいわ。牡丹。そこの二人、早く座りなさい」



と、願羽はため息交じりに呟くと、目をつり上げ睨み付けるように、二人をみた。


 ミカヅキは、凡そ自分たちと年齢が変わらないであろうネガウに命令されたことに苛立ちを覚えていたが、隣の馬鹿は違うようで、あれだけいたがっていた鼻から手を下ろし、ネガウの方へ駆け寄ると、机を叩く勢いで詰め寄った。



「めっちゃ、タイプ。惚れた!」

「……」

「俺も、ネガウって呼んでいい?」

「…………はあ、聞えなかったの? 座りなさい。有栖ツバサ」



 ネガウは、ツバサとミカヅキに睨みをきかせ、自分とかなり離れた席を指さした。部屋に置いてある椅子と席は、二十組以上あるのに、一番遠い席をネガウは指さしたのだ。それだけで、近寄るな、という彼女の意志が感じられ、ミカヅキは面倒くさい女だな、とツバサの方を見る。しかし、ツバサは完全に惚れたのか、それすらも嬉しそうに受け止めていた。



「貴方にもいっているのよ。天使。相棒なら早くそいつを座らせて」

「……っ、はあ。僕には名前が――」

「天使に名前なんてないのよ」

「……」

「――席は、なるべく前で座って貰えると助かるわ。有栖くん、ミカヅキくん。それと、白兎さん。ここは第八支部。牡丹さんと相棒を組んでからまだ日が浅い貴方は、彼らの同期よ。今からぎすぎすして何になるの」



と、部屋に入ってきたのは帽子で、黒衣をはためかせながら、モニターの前にたち、ツバサたちに早く座るよう促した。


 ツバサは、呆然としていたが、ミカヅキに引っ張られ、何とか着席する。その際、ツバサがミカヅキの右側、そして左にはネガウという席順になってしまい、嫌な女の隣か、とミカヅキはため息を漏らす。ネガウはそれに何も言わなかったが、確実にミカヅキを睨み付け、前を向く。



「ええ、今から、≪対天使専門医師トレイター≫の講習を始めるわ。白兎さんと、牡丹さんは、第八支部に異動になったと言うことで改めて免許証が発行されると思うから、それをしっかりと受け取るように。それと、牡丹さんはまだ≪誘導隊員セージ≫になって日が浅いわよね」

「は、はい!」

「今回は、知っている情報もあるだろうけれど、もう一度≪対天使専門医師トレイター≫の仕事、精神世界での立ち回り、『天使病』についておさらいするわ。メモをとるなりして聞いてちょうだい。あと、この講習の後にシンクロ率を図るための、テストも行うから勝手に帰らないでちょうだいね」



 帽子はそう言うと、部屋の照明を消した。モニターがヴーンと音を立てつき、青白い光を発しながら、≪対天使専門医師トレイター≫特別講座という画面が浮かび上がる。

 メモをしろといわれたが、メモをするものがなく、ミカヅキが困っていると、ネガウの後ろ側から、スッとペンとルーズリーフが数枚手渡された。



「使って」

「……あ、ありがとう」

「へへ。同期やん。一緒に勉強しようね」



 牡丹は、ミカヅキにだけ見えるように、ピースサインをして見せた。



「まず≪対天使専門医師トレイター≫についてだけど、『天使病』の患者の精神世界に潜り込み治療を行う≪救護隊員セイヴァー≫と、精神世界への誘導および現実世界への帰還……精神世界と現実世界を結ぶ役割を担う≪誘導隊員セージ≫の二人一組で動くのが基本の形。有栖くんと、ミカヅキくんに関しては少し違うけれど、ミカヅキくんは主に≪誘導隊員セージ≫としての役割が多いようね。治療に当たるのは、有栖くんだから、有栖くん≪救護隊員セイヴァー≫、ミカヅキくんが≪誘導隊員セージ≫としてこれから動いて貰うわ。免許証にもその有無が記載されると思うから確認するように」

「まあ、天使だから勝手が違うもんな……」

「有栖」

「何?」

「いや、何でも……メモ、とっとけ」

「俺、字、汚いから読み直せないし、ミカヅキがとっといてくれよ」

「おい……」



 本当に、学ぶ気はあるのか、とミカヅキは怒鳴りたくなったが「静かにしてなさい」と帽子にいわれ、ミカヅキは仕方なくメモをとる。

 帽子や、ツバサのいうとおり、天使は、自由に精神世界に入り込むことができる。また、適性のある人間を精神世界に招くことができるというのも特徴だ。だから、その役割だけで見れば自分は≪誘導隊員セージ≫ともいえなくはないだろうと、ミカヅキは納得する。それでも本来の≪誘導隊員セージ≫と違うところといえば、自分自身も、精神世界に入り込み、≪救護隊員セイヴァー≫の剣となり盾となり戦うという所だろう。

 ちらりと横を見れば、ネガウも熱心にメモをとっており、ミカヅキの視線に気づく様子もなかった。



「≪誘導隊員セージ≫は現実世界で、≪救護隊員セイヴァー≫の帰還まで待機しているけれど、≪救護隊員セイヴァー≫が精神世界で何らかのトラブル、もしくは、瀕死状態に陥った場合は強制帰還させることができるわ。≪誘導隊員セージ≫は≪救護隊員セイヴァー≫を守る役目もあるの。その手を離せば、自力で戻ることができない≪救護隊員セージ≫は精神世界から帰る手段を失う。≪誘導隊員セイヴァー≫の現実世界での役割は大きいわ」

「でも、この間、ちは兄は強制帰還させられなかっただろ?」

「……伊鶴くんから聞いたわ。これは、諸説あるけれど、相棒とのシンクロ率の問題と、思いの強さの問題ね。珠埜くんの方が経験も長いし、伊鶴くんからの、強制帰還命令を却下することができるの」

「ほー、本当に、精神世界って複雑だよな。≪対天使専門医師トレイター≫っていう職業もだけどさ」



と、有栖は、先ほどミカヅキに渡された消しゴムを彼に投げつけた。



「対して、≪救護隊員セイヴァー≫は、精神世界にて天使ウイルス……天使そのものと戦い、治療を行う役割を担っているわ。今日は、とあるモデルを見て貰いたいの」



 そういって、帽子はポータブルのようなものを取り出し、モニター前の机においた。すると、それが光を放ち、まるでそこに存在するかのように珠埜の使っていた漆黒の剣が浮かび上がる。



「これは、知っていると思うけど珠埜≪救護隊員≫が使っている、漆黒の剣……彼は≪黎明の剣(デイブレイク)≫と呼んでいるわ」

「かっけー!」

「ごほんっ……それで、≪救護隊員セイヴァー≫はこのように、精神世界にて、天使と戦うための武器を一つ形成できるようになっているわ。珠埜くんは≪黎明の剣(デイブレイク)≫を。これは経験と、シンクロ率……そして、その者の心の強さ――≪心強しんし≫によって形作られるものであり、攻撃力、方法も変わってくるそうよ。有栖くんと、ミカヅキくんはさっき同様、少し違うけれど。大凡、作りは一緒だと思うわ。その者が望む形が武器として現われるの」



 帽子の言葉に、ミカヅキは成る程、と自分があの大剣の形になった理由を理解した。

 珠埜に憧れるツバサがイメージしたのが、あの三日月型のエンブレムが入った大剣なのだろう。色が違うのは、ツバサの心の表れか、それとも自分が天使故に刀身が白なのかは分からない。しかし、あれがツバサのイメージしたものであり、心の形。ツバサの武器であることは間違いないのだ。

 精神世界の研究は難しく、心強についても、イメージと心の持ちよう、と何とも曖昧な言葉しか使われず、研究が進んでいないようで、とにかく、精神世界では、経験と、意志の強い者が天使と戦えるということだった。

 その後も、≪対天使専門医師トレイター≫の主な仕事や、収入、第八支部の施設の簡易的な説明が行われ、場所を移動すると、帽子は部屋を出ていった。

 ツバサとミカヅキは授業が終わった学生のように、うーんと後ろに伸び立ち上がって腰をさすったりした。ミカヅキは、痛みも疲労も感じていないが、思った以上に情報量を詰め込んだことにより、ため息が無意識に出た。



「有栖くん、ミカヅキくん。お疲れー」

「お疲れ、牡丹。いやあ、なんか初めて知ることばっかで、頭パンクしそう」

「あはは。でも、これから一緒にやっていくんやから、仲良くしようね」



 牡丹は、座ったまま背伸びしているミカヅキと目線を合わせ、ニコニコ微笑んだ。そんな、牡丹の言葉に、ツバサは鼻の下を伸ばしながら勿論だ、と笑った。だが、ミカヅキがその笑みを無視すると同時に、隣に座って下を向いていたはずのネガウがゆっくり立ち上がった。

 ネガウのその行動にいち早く動きを見せたのはツバサだった。彼も彼女も何を言うかわかったようで立ち上がったのだ。



「何をしているの。帽子さんに言われたとおり、次の部屋へ移動するわよ」



と、ネガウは振返らずいうと、すたすたと部屋を出て行ってしまった。全く協調性のない、とやはりここでも引っかかり、ミカヅキは口を曲げる。



「ああ、あんね、ネガウちゃん、悪い子じゃないかんね。ちょっと、きっと、緊張してるんよ」

「はああ……ネガウってめっちゃ、クールで格好良くて、美人だな!」

「そうやろ!? 有栖くん、一目惚れしたん?」

「そりゃ、あんだけ可愛けりゃ、誰だって、イチコロじゃね? 俺アタックしてみよっかなー」

「あはは……上手くいくとええね」



 ミカヅキとは違い、ツバサは好印象のようで少し頬を赤らめていた。本当に恋する男子高校生、という感じで、ミカヅキは視線を外す。同族嫌悪か、それとも、鼻につくだけなのか。どちらにしろ、ミカヅキはあのネガウという少女のことを好きになれそうになかった。

 ツバサもツバサで、これまでちやほやされてきたから、あんなに冷たくあしらわれたのが初めてで、それが新鮮みがあって恋と勘違いしているだけだろうとミカヅキは思う。



「ミカヅキ」

「何?」

「移動しようぜ。次、実技だってよ」

「……授業みたいに。はあ……」

「で、で、で。俺の恋応援してくれよなー!」



と、ツバサは、相変わらずのテンションで肩を組む。


 しかし、ミカヅキは「しない」ときっぱり言って、ツバサの手を払いのけた。



「何だ嫉妬かー? 相棒が、他の女の子に意識向けたから」

「そんなんじゃない。ただ、いけ好かないだけだ」



 ミカヅキは、いくんだろ、と自動ドアをくぐって出ていく。そんなミカヅキの背中を見つつ、牡丹に背中を押され、ツバサも移動することにした。

 人がいなくなった会議室は、スッと電気が消え、先ほどの賑やかさなど忘れたように静まりかえっていた。



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